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武術大会2日目⑤

「み、皆様、どうかお静かに願います!」


 ざわめく観客を宥めようと必死に呼び掛けるフローリア先生。しかし彼らの不満は解消されず、ディメンションルームに響く喧騒は収まる気配を見せない。


「んな事言ったってよぉ……なぁ?」

「まったくだね。こんな茶番を見せられては、しらけるのも無理はないであろう」

「そうですわ。もっと血渋きが飛び散る惨劇を期待してましたのにガッカリですわ」


 ――とまぁ一部の物騒な発言はスルーするとして、なぜ不満を募らせているかというと、9試合目と10試合目がまともな試合展開を見せずに終わってしまったからよ。


「やっぱりあの2人は親密なんだろうな」

「イトさんとアヤメさんの事?」

「ああ。トリムもそう思うだろ? まるで姫君に仕える女騎士みたいだったぜ」

「うんうん、確かにグラドの言う通りかも。劇場でのワンシーンかと思ったわ。アヤメさんが男子だったら盛り上がったのにね」

「いや、盛り上がるわけないだろ……」


 最後にリュースのツッコミが入った会話の通り、9試合目はイトさんとアヤメの試合だった。

 けどあろうことかアヤメったら「主君に牙を剥くなどもっての他!」って言い出して、試合を放棄しようとしたのよ。

 フローリア先生がディメンションルームだから問題ないって説得を試みたけど、最後まで首を縦には振らなかったわね。

 そこでやむ無くって感じにイトさんが降参し、アヤメが勝ち進む事になったわ。


 これだけならまだよかった。続く10試合目にも想定外(ある意味想定内)の事が発生したのよ。


「あたし、午前で敗退しててよかったと思う。だってあのキモい女子に付きまとわれたくないもの……」

「オリガの事か? あれはアヤメって奴とは違って()()だからな。今まで知られてなかっただけで、今回で学園中――いや、街中に広まっただろうな」


 情報通のグラドも知らなかったオリガの痴態――というより存在そのものは、武術大会を通して多くの貴族が知ることとなった。

 あまり思い出したくはないけど情報整理のために仕方なく振り返ると、10試合目の開始と同時にオリガがサフュアに抱きついたのよ。涎を垂らしながらね。

 これによりサフュアは口から泡を吹いて失神してしまうという事態に。

 つまり、2試合ともまともな試合ではなかったって事よ。


「そ、それでは第11試合を始めます。Gクラスのリュック君、こちらへ」

「は、はい!」


 少しだけ喧騒が収まったのをみて、フローリア先生を呼び出しをかける。

 それを受けリュックがステージに上がり、私とペサデロ――そしてカゲツに視線を送ってきた。

 できれば私とは当たってほしくないんだけれど……


「続いてSクラスのカゲツ君、こちらへ」

「…………」


 呼ばれたのはカゲツで、口を一文字に結んでステージに向かう。緊張してるんじゃなく、集中してるって感じに。

 一方のリュックは、向かってくるカゲツを親の仇かのように睨みつけていた。

 私は気にしてないって言ったのに、いまだに怒りが収まってないのかも。挑発に乗らなきゃいいんだけど……。


「それでは第11試合――始め!」


 ダッ!


 先に動いたのはリュックで、いまだに棒立ちしているカゲツの側面へと回り込み、剣を振り上げた。


「くたばれぇ!」


 ガキィン!


「くっ!?」

「バカめ、自分の動きを相手に知らせてどうする? それでは正面から斬りかかるのと変わらんぞ?」

「チッ!」


 難なく短刀で防がれ、リュックは悔しそうに飛び退く。

 カゲツはというと、反撃に転ずることもなく何故かその場に留まり続けていた。


「どうした、さっさと攻めて来い。それとも怖じ気づいたのか?」

「……なに?」

「お前が納得いく形で勝負してやると言ってるんだ。分かったら本気を出してみろ」

「この……言わせておけば!」


 いけない、リュックの呼吸が乱れてる! カゲツの奴、挑発して体力の消耗を加速させるつもりね!?


「くらえ――ベノムスラッシュ!」


 ザッ!


「何!?」


 距離があったせいか命中には至らず、天井付近まで高く飛び上がったカゲツが急降下を始めた。


「雑な動きでは回避してくれと言っているようなものだ。俺が真の戦い方を教えてやろう」


 ああもうリュックったら、相手に乗せられて動きを止めたら――



 ザシュ!


「うぐっ!」


 真上から斬り下ろされ、上半身が真っ赤に染まる。

 それでも剣を構え直したところを見ると、思ったより傷は浅い?


「今のは加減しておいた。幕引きには少々早すぎるのでな」

「加減……だと?」

「そうとも。本来であれば首を落として終わったところだ」

「ふざけたことを! 大方その短刀だと致命傷にならなかっただけだろう」


 それはないと思う。

 さっきのは明らかに致命傷になりかねないものだった。恐らく、カゲツの言ってることは事実……。


「そう思うのならそれでも構わん。だが――」


 シュン!


「!?」


 突如としてカゲツが視界から消え去り、リュックが注意深く気配を探る。

 勿論私には()()()()わよ? その場に留まり、正面からリュックの隙を(うかが)っている姿がね。


「クソッ……どこだ?」


 カゲツが使ったのはシェマーっていう火魔法ね。

 これは術者が動かない限り周囲からは認識されないという阻害魔法で、使いどころが凄く難しいのよ。


「…………」


 リュックが目を(つむ)った。神経を耳に集中させてるのね。

 だけどシェマーは気配すら消しちゃう魔法だから――




「そこだぁぁぁ!」

「……っ!」


 カッと目を開き、正面に向かって斬りかかっていく――って、見破ったの!? 気配じゃ探れないはずなのに……。

 さすがのカゲツも目を見開いて飛び退いたわ。


「――っと、まさかこの術を見破るとはな」

「見破っちゃいないさ。どこにも気配が感じられないから、そもそも動いてないんじゃないかと思っただけだ」

「ほぅ? 貴様――中々見どころがあるな。実戦でもその思考が出来るのであれば、更に高みを目指せるだろう」

「お前に誉められても嬉しくはないな。僕が認めてほしいのは一人の女性だけだ――ベノムスラァァァッシュ!」


 ザン!


「フッ、しかし惜しくも貴様の精神はまだまだ未熟。未成年であれば仕方がないのかもしれないが」

「チッ、また避けられたか……って、お前も未成年だろう!」

「む? ……ああ、すまない。()()そうだったな」

「は? それはどういう――」

「答えは俺に勝てたら教えてやろう」


 何やら意味深な台詞を吐き出して天井付近まで飛び上がり、両手を目の前に合わせて詠唱を開始した。

 

「我が名は火月(カゲツ)。我に宿りし火の化身よ、その力の一部を解放し、今ここに示さん――全包火炎龍(ぜんぽうかえんりゅう)!」


 ゴォォォォォォ!


「これは!?」


 和式のファイヤーストームがリュックを取り囲み、ジリジリと燃やそうと狭めていく。早く抜け出さないと大火傷で致命傷に!


「さぁ、見事脱っしてみせよ!」

「く、くそぉぉぉぉぉぉ!」


 自棄くそ気味に一点を目指して走るリュック。火柱に突っ込んでもその場から離れることが出来れば、最低限のダメージに抑えられると考えたのね。


 ボォウ――ボォウボォウ!


 え? ファイヤーストームが行く手を阻むようにリュックの正面で分厚い壁を!?


「な、何だと!?」

「簡単に逃すと思うか? この火炎龍は俺の意思で自在に動かせるのだ」

 

 このカゲツって奴、予想以上に強いのかもしれない。少なくとも今のリュックじゃ敵わない相手よ。


(このままじゃ何も出来ずに負けてしまう。せめてアイツに一撃くらい叩き込まないと!)


「いくぞぉぉぉ!」

「……何?」

「ちょ、リュック!?」


 厚くなった炎の壁に突っ込んで何をするつもり!?


「万策尽きて自棄を起こしたか……」

「自棄かどうかは、これを見てからにするんだな――アップヒート!」


 前之浜試合でも使った魔法で、自身の力を強化した。でもそれだけじゃ危機を脱することには繋がらないわ。例え強化したところで炎の壁を突破するのは……


「ベノムスラァァァッシュ!」


 ドゴォォォン!


 地面にベノムスラッシュを打ち込むと、その勢いで飛び上がった!


「これで――どうだぁぁぁ!」

「何!?」


 これにはカゲツも反応が遅れ、見事リュックは脱出に成功した。厚くなった壁に突っ込むよう見せかけて、カゲツを困惑させたのが功を奏したみたい。


「フッ、貴様の心意気――しかと見せてもらったぞ」


 ザシュ!


「グァッ! く、くそぉぉ……」


 飛び上がったまでは良かったけれど、その先でカゲツに首を落とされちゃった。


「試合終了。Sクラスのカゲツ君の勝利です」

「「「おおおおっ!!」」」


 2つの試合がアレだっただけに今回の試合は見どころ充分とあって、観客からは惜しみ無い拍手と歓声が送られる。

 リュックは残念だったけど、よく頑張ったと思うわ。


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