武術大会2日目④
「午前の武術大会は終了致しました。残りの4試合は昼休み後に行いますので、観客の皆様は速やかにディメンションルームから退室願います」
ベスト8が出揃ったところで昼休みとなり、観客達がゾロゾロと退室していく。
但し、私を含む8人は学園長から賛辞を贈られるらしく、ステージで待たされることに。
「やったねアイリさん。ここまでこれたのもアイリさんのお陰だよ」
「ありがと。でもそれはリュックの努力が実を結んだからよ?」
「そ、そう……かな?」
「うん。だから自身を持っていいと思うわ」
ザードとアンジェラの特訓は、決して生ぬるいものじゃなかった。
嫌なら途中で止めても責めたりはしないし軽蔑もしなかったでしょうね。けれど4人は最後までついてきたし、それが結果として表れてるだけ。
まぁリュースに関しては可哀想な展開になったけれど。
「それにしても緊張するね。こうして上位クラスの人達と肩を並べてる自分が今でも信じられないよ」
「そう?」
「アイリさんは緊張しないの?」
「そうねぇ……」
リュックに言われて周りを見る。
私の隣にはアヤメっていう生意気な女がこちらを警戒してて、更に隣にはイトっていう栗色の髪をストレートにした女の子がキョロキョロと周りを見渡してした。
あ、偶然にも目が合って、ニッコリと微笑んでる。
そんなキュートなイトさんの隣にはあの面倒くさいサフュアが居て、横に視線を移せばサフュアとペサデロに挟まれたオリガが、2人を交互に見比べつつ涎を垂れ流していた。
うん、オリガはもう手遅れかもしれない。
そして最後の一人なんだけど……
「…………」
ギロッ!
「っ!」
うっわ~、なんかすっごい睨まれてる。
ただ目が合っただけなのに、このカゲツっていう男子生徒からは殺気すら伝わってくるようだわ。
「貴様、俺に文句でもあるのか?」
「……別になにも」
「フン。だったらこちらに視線を投げかけるな。正直目障りだ」
「あっそ、悪かったわね」
確かコイツもSクラスだったはずよ。
ったく、アヤメといいコイツといい、どうしてSクラスってこんな奴が多いんだろ……。
「おい、お前!」
「ちょ、リュック!?」
鬼の形相をしたリュックがカゲツに掴みかかっちゃった!
「……なんだ貴様は?」
「僕の事はどうでもいい。アイリさんに対しての非礼は許さないぞ!」
「ちょ、ちょっとリュック、私は気にしてないから落ち着いて!」
「フン、何を言い出すかと思えば。何故貴様に許しを乞わねばならんのだ?」
「うるさい! そんなことより早くアイリさんに謝れ!」
ああもうどうしよう、リュックが怒り心頭で暴走しちゃったじゃない!
「あ、あの……お二人ともどうか落ち着いてくださいまし」
「イトさんの言う通りですわ。見苦しいですわよ貴方達」
イトさんがオロオロしながら、サフュアは腰に両手を当てて戒めてきた。
私としても騒ぎ立てるつもりはないし、ここは同調しとこう。
「そうよリュック。喧嘩しに来たんじゃないんだから」
「う、うん……」
ふぅ、なんとか落ち着いてくれた。
「イト様、見知らぬ男に関わってはなりません。男を見れば蛮族だと思え――そう教えられたではありませんか」
「ご、ごめんなさい……」
「はぁ……野郎同士のイザコザとか、ワチキにとっちゃどうでもいいです」
蛮族は言いすぎでしょ。イトさんのお姫様説は信憑性が増したけども。
あと分かってたけど、オリガは男に興味がないっぽい。
でも私に近付いたら燃やす!
「オッホン。待たせてすまないな」
落ち着いたタイミングを見計らったかのように学園長が入室してきた。
もっと早くに来てくれてればイザコザも起こんなかったでしょうに。
「日々の鍛練を怠らず、よくぞここまで勝ち上がった。特にGクラスの2人は成長が著しく、このカーバインも大変驚いておるよ。いったいどのようにして向上させたのか大変興味深いところではあるが、まずはベスト8進出おめでとうと言っておこう」
学園長がわざとらしく一部分を強調してきた。
リュックもそうだけど、他3人も異常な成長を遂げたからね。さすがにストロンガー先生の指導だけじゃ無理があるって、ハッキリと理解してらっしゃるようで。
と言っても学園長は私の正体を知ってるから、客観的に見ると異常だから目立ってるぞって言いたいんだと思う。
「恐らくはこの中の何人かは貴族からの勧誘を受けることだろう。そうなればワシとしても鼻が高いというものだが、勿論強制するものではない。貴族に仕える仕えないは、各々でキチンと考えて決めるように」
そうなのよねぇ。目立っちゃったから貴族からの接触は避けられない。
だけど私の場合はビルガさんに協力してもらってるから、そっちの心配はないけどね。
「簡単ですまないが、話は以上だ。では午後の試合を楽しみにしているよ」
待たされた割には手短に終わったわね? それに異常に待たされた気がするんだけど、何かあったのかしら?
★★★★★
遡ること30分ほど前。
午前の試合が終わり、一足前に学長室に戻ってきたカーバイン学園長は、茶をすすりながら生徒達の情報を整理していた。
その中には当然のようにアイリも含まれており、彼女の書類を手に取って深々と頷く。
「うむうむ。アイリ君の実力を省みれば予想通りの展開だな」
何せ学園を訪れた当日に、軍や騎士団を動かさなければならないであろうBランクの魔物を何食わぬ顔で倒したのだ。そんなアイリにとってはこの学園の生徒など赤子の手を捻るようなものだろう。
「恐らくはこのまま――」
ドタドタドタ――バタン!
「学園長ーーーっ!」
「ブフッ――だぁぁぁっつぅぅぅ! な、何事かね、カーネル先生」
勢いよくなだれ込んできたのは、Sクラスの担任であるカーネルという白髪の初老男性教師だった。
「呑気にお茶をブチまけてる場合ではありませんぞ! つい先ほど結界に穴が空いてることが判明したのですからな!」
「なんと、結界に穴だと!?」
このウィンザー学園では敷地をぐるりと囲んだ結界が施されており、それにより魔物の侵入を防いでいるのだ。
しかし穴が空いてるとなれば話は別で、いつ魔物が入り込んでもおかしくない。
「して、すぐに塞いだのか?」
「勿論です。しかし修復は致しましたが、どうもディメンションルームの反応と共鳴しておるようでして……」
「なんだと!?」
驚きのあまり、思わず立ち上がってしまった学園長。
結界修復の際に共鳴反応が出たという事は、すなわち、結界に穴を空けた存在が近くにいるという事実を示唆しているのだ。
それがディメンションルームからとなると……
「勝ち上がった8人の中に曲者が紛れておる――そういう事だな?」
「その通りです」
最悪である。
今いる8人はウィンザー学園においてベスト8という実力者なのだ。その中に紛れてるという事は、この上なく危険だと言っていい。
「一人ずつ尋問いたしましょう。さすればすぐにでも――」
「それはならぬ」
しかし学園長は頭を振ると、今一度椅子へと座り直す。
「何故です!? こうしてる今も生徒達に危機が迫っているのですぞ!?」
「落ち着け。なにも生徒を見殺しにしろと言うのではない。寧ろ尋問を行うことによって何を仕出かすか分からなくなる方が厄介だ」
「た、確かに……」
学園長に言われ、教師カーネルも落ち着きを取り戻す。
「向こうにこちらの動きを悟られぬよう、然り気無く動向を注視するのだ」
「し、しかしですぞ? もしも穴を空けたのがアイリという生徒であれば――」
「それはない」
カーネルがアイリを疑うと、学園長は透かさず否定した。
そして真っ直ぐにカーネルの目を見据え、自信満々に述べる。
「彼女ならば可能だろうが、その場合は既に我々は死んでおるわい」
「え、え~と……」
「つまりな、アイリ君がその気になれば、この国は1日で滅んでおるよ」
「そ、そ、それほどの実力者なのですか?」
「そうとも。それにアイリ君のダンジョンは大変栄えておるらしいぞ? 四方を大国に囲まれておってもな。そんな彼女が裏でコソコソと動くメリットはないのだよ」
学園長の言う通り、ガルドーラが気に食わないのであれば堂々と正面から叩き潰せばよいのであって、一々策を練る必要はない。逆に手間が掛かるだけである。
「ダンジョンマスターでありながら強者であると認識はしておりましたが、まさかそれ程とは……」
「こちらが敵対するような事がない限り、手を出しては来ぬだろう。そこは安心してもいいとは思うがな」
「では如何致しましょう? 彼女を除外したとしても危機が去ったわけではありませぬ。何か別の手を――」
「フッ、そこはワシにも考えがある」
ニヤリと口の端を吊り上げ、学園長が不適に笑う。
「何者かは知らぬが、必ずや正体を暴いてやろうぞ」
再度立ち上がると、窓の外に写るディメンションルームを見下ろすのであった。




