ガルドーラの貴族
「ヒューーーッ! 早くもDブロックは決まっちまったぁぁぁ! ラストオーダーは……この8人だぁぁぁ!」
ストロンガー先生によるオーバーリアクションで、観客の視線が集中する。他のブロックはまだ試合中だし余計にね。
「ア、アイリ……俺様と一緒に、け、け、決勝に……」
密かにゲイルも生き残ってたりする。キモかったから割と本気で燃やしたはずなんだけど、その根性だけは認めてあげてもいい。
「な、なんて卑怯な……。神に選ばれし私を火炙りにするなんて!」
卑怯でもなんでもない。光魔法をブチまけながらロッドを振り回すサフュアは正直ウザ過ぎたったし、得意の火魔法で燃やしてやったのよ。
それでも辛うじて生きてるのは称賛するわ。
「ああ、僕の可愛い子猫ちゃん達zzz」
ナンパ野郎ことナンパールも別のベクトルでウザいから、速攻で眠らせてやった。
今頃くだらない夢でも見てるんでしょうね。
「ワ、ワイのアイリちゃん……」
「アイリたんのアッツアツ炎……堪能しちゃった!」
「オ、オ、オデは見たんだな。チチチ――チラっとだけど、飛び上がった瞬間にピンクのパンツが。グヘヘへ……」
「キャフフフ♪ さすがワチキのお姉様ですわ。これはもう決まりかしら♪」
そしてこのキモい4人が生き残ったわ。
というか3番目の奴、後で目ん玉くり貫いてやるから覚悟しなさい。
パチパチパチパチパチ!
「ん?」
ギャラリーの中から爽やかな笑顔を見せた青年が、拍手と共に近付いてきた。
格好からして貴族だと思われる。
「いやぁ、素晴らしい――実に素晴らしい試合だったよ!」
「あ、ありがとう御座います。え~と……」
「おっとゴメンよ。僕の名前はビルガードノフトーレ。これでも子爵を賜っているよ」
やっぱり貴族だった。深く関わるのもアレだし、テキトーに流しとこ。
「ええっと……わ、私はアイリっていいます。ご、ご声援いただきありがとう御座います。ビルガードノ――」
「あっと、度々すまない。そのままだと呼びにくいだろうから、ビルガと呼んでくれ」
「……コホン、では改めて。ありがとうビルガさ――じゃなかった、ビルガ様」
「あ~いやいや、様もいらない。今後はさん付けで頼むよ」
「分かりました、ビルガさん」
自己紹介の後に手を差し出してきたので、その手を取って一礼した。
コレは目上からの友好の印だから、手を取らないという選択肢はない。
「それでね、キミの闘いを見た感想なんだけども、それほどの実力者ならきっと国家主席の目にも止まる思うんだ。そうなれば正式に国軍入りだし、将来は安泰だね。実に誇らしいことだよ」
「えっ!?」
それは困るわ。私はただ普通に学園生活を送りたいだけだし、国に召し抱えられるのは遠慮したい。
「あの~、それって断ることはできないんでしょうか?」
「ん? 断るというのは……あ、そうか、すでに先約があって、仕える貴族が決まってるんだね」
「いえいえ、そういう意味ではなくてですね、特定の国に所属するつもりはないというか、ええと……上手く言えないですけど、普通に暮らしたい――と言えばいいですかね」
「え? もしかしてフリーでいるつもりなのかい!?」
「そういう事になります……」
「ふむ……」
顎に手を添えて難しい顔をしてらっしゃる。
やっぱり国か貴族か、どちらかに支えるのがセオリーなのかもしれない。
「もしかして、冒険者になりたいとか考えているのかな?」
「ええ、そんなところです」
「そっか……。でも難しいと思うよ? 国家主席もそうだけど、どの貴族も有力な人材を求めているから、それらの勧誘を断り続けることになる。そうなればこの国に居づらくなるのは必然かもね……」
なんとなく想像がつく。
卒業生は貴族と契約したり軍に入ったりする事でステータスになるから、そのために通ってる生徒が多い。
そんな中で私みたいなのが断り続けてれば反感をかうだろうし、変な疑いを持たれる可能性もある。
最悪そうなったら、また別の国に……
「そうだ、こういうのはどうだろう? 世間には僕に仕える予定だと公表するんだ」
「ええ!? で、でもそれは――」
「大丈夫! なにも本気で僕に仕えろとは言わないよ。卒業するまでの間はそれで偽装しておくんだ。そうすればしつこい勧誘は受けないで済むよ」
それは有難い。まさに渡りに船って感じね。
「私は助かりますけど……いいんですか? ビルガさんには何もメリットは――」
「メリットなんていらないよ。困ってる女の子を助けるのは男の役目――それだけさ」
ドキン!
あ……なんだろ、この感じ。凄く胸がキュンってなった!
特にハンサムってわけじゃない子爵(←失礼)に対するこの気持ち……。
上手く説明できないけれど、凄くドキドキする!
「あ、弁明しておくけれど、特に下心があるわけじゃないから安心してほしい」
「…………」
「ア、アイリさん?」
「……ハッ!?」
いけないいけない、今完全にボ~っとしてたわ。
つまらない事でビルガさんに悪印象を持たれたくないし、気をつけないと!
「顔が赤くなってるけれど大丈夫かい? 体調が悪いようなら――」
「ごごご、ごめんなさい! 試合が終わったせいで気が抜けてたみたいで。もう大丈夫ですから!」
「そ、そうかい? それならいいんだが」
ふぅ……とりあえず誤魔化せた。何故か顔が赤くなってるらしいし少し落ち着こう、冷静に冷静に。
「そ、それじゃあ表向きはビルガさんに仕えるという事で……」
「ああ、構わないとも。他の貴族から勧誘されたらそう答えてくれ」
「はい、ありがとう御座います!」
なんだか利用する形になっちゃったけど……うん、ここは素直に好意を受けよう。
「オケイ! 全てのブロックが試合終了だぁぁぁ! 勝ち抜いた生徒に拍手プリィィィズ!」
「「「おおおっ!」」」
っと、予選のバトルロイヤルは終わったようね。Aブロックは……
「ゆ、夢じゃないのね? あたし、勝ったのよね? そうよね!?」
「おう、勝ったぞトリム。俺達の勝利だ! 勿論現実だぜ」
「ほ、本当ね!? じゃあ確かめてみるわ!」
「は? 確かめる?」
バキッ!
「っでぇぇぇ!」
「おいトリム、なんだってまたグラドを殴ったんだ?」
「だって、痛かったら夢から覚めるじゃない?」
「いや、普通は自分の頬をツネるだろ……」
うん、リュースとグラドとトリムは生き残ってるわね。
でもリュックの姿が見えないけれど……
「お~い、アイリさ~ん!」
あ、いたいた。嬉しそうな表情でこっちに駆け寄ってくる。リュックも生き残ったみたいね。
「やったよ! みんな揃って勝ち抜いたんだ。これもアイリさんのお陰――」
「ほぅ。ご友人も生き残ったんだね。おめでとうと言っておくよ」
リュックに対しても同様の笑顔を見せるビルガさん。でもそれに対してリュックは表情を曇らせた。
いや、どことなく不機嫌そうにも感じるわ。いったいどうしたんだろ?
「……失礼ですが、貴方は?」
「僕はビルガードノフトーレ。ビルガと略してくれて構わないよ」
「……リュックです。アイリさんとはどのようなご関係で?」
「ちょ、ちょっとリュック、子爵様に対して失礼よ。それにたった今知り合ったばかりなんだから!」
本当にどうしたんだろ?
いつものリュックなら、こんな言動はしないはずなのに……。
「ハハッ! どうやら警戒されてるみたいだが、特に下心があるわけじゃないから安心してくれたまえ」
よかった。ビルガさんはあまり気にしてないみたい。
相手によっては不味い事になるし、後でキチンと言っとかないと。
「す、すみません。余計な気遣いをさせてしまって……」
「なぁに、好きでやってるんだから気にすることはないよ。それに――」
「ビルガ様、そろそろお時間で御座います」
「――っと、もうそんな時間か」
護衛の兵士に止められたビルガさんが、懐中時計を確認しつつ頭をポリポリと掻きだし、残念そうな顔を私に向けてくる。
「すまないが僕はこれで失礼するよ。先方を待たせるとうるさくてね……」
「い、いえ、私の方こそ時間を取らせてしまってすみません」
「なんのなんの。これからも困った事があれば相談に乗らせてもらうよ。それでは」
ビルガさんの方は予定が詰まってるらしく、踵を返してディメンションルームを後にした。
最後に有難い言葉を残してくれたし、ガルドーラで困った事が起こったら相談させてもらおう。
「ねぇねぇ、今の人って貴族様よね? 楽しそうに話してたけど、もしかしてアイリのフィアンセだったり!?」
「ちょっとトリム、この国に入国して間もないのに、そんなわけないでしょ!」
「またまたぁ、アイリは誤魔化すのが下手ね」
「いや、違うから!」
「――で、ホントのところは?」
「ホントに違うって!」
「――からの~?」
「だから違うっての!」
「――と言いつつ実は~?」
「しつこい!」
目を輝かせてトリムが迫ってくる。正直ハッ倒したい。
「お~いリュック。あれ? どうしたんだリュック?」
「なにしてんだグラド――って、リュックのやつ固まってるぞ?」
「フィアンセ……。あの男がアイリさんの……フィアンセ……フィアンセ……」
って、リュックが譫言のようにフィアンセを連呼してるじゃない!
「どうしてくれるのトリム! リュックがおかしくなったじゃない!」
「え、まさかリュックったら真に受けちゃったの?」
「見りゃ分かるでしょ!」
結局リュックが元に戻るまで、一時間近くを無駄に過ごしたわ。
試合よりも疲れた……。




