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武術大会初日

「――で、あるからして、諸君らには切磋琢磨し合い、互いに高みを目指してほしいと願っておる。以上で開会式は終了する」


 学園長による開会の言葉が終わり、生徒達からは安堵のため息が漏れる。言っちゃ悪いけど、こういうのって無意味に長ったらしいのよねぇ。

 とは言え、式典が行われたこのディメンションルームには観客として国家主席が来てたりするし、他にも貴族とおぼしき人達が見ている以上、雑に行えないというのもあるのかもしれない。


「うう……な、なんだか緊張してきたぜ……」

「らしくないねリュース。普段のキミならもっと大胆に振る舞ってると思うけど」

「んなこと言ったって国家主席だぞ国家主席! このガルドーラで一番偉い人が見てるんだから、緊張するに決まってる!」

「そうかぁ? 別に普段通りでいいだろ?」


 どうもリュースは堅くなってるみたいね。見られると緊張するタイプなんだと思われる。

 逆にリュックとグラドは冷静さを保ってるわ。これなら特訓の成果を存分に発揮できそうね。


「逃げちゃダメよ逃げちゃダメよ逃げちゃダメよ……」


 そしてトリムは緊張が限界突破しているようで、身体を縮めてどっかの誰かのような台詞を連呼している。

 ひょっとしたら何かとシンクロして覚醒したりなんか――


「あ~ダメダメ、コレは何かの悪い夢!」


 ――しないわね、多分。


「と、ところでアイリさん」

「リュック?」

「もし……ぼ、僕とアイリさんが、け、け、決勝で当たったら……」

「当たったら?」

「そそそ、その……その時は――」


 こ、これってもしかして、愛の告白とかだったりする!?

 いくらなんでもこんなにギャラリーがいる場所で……


「――アイリさんを応援するから!」



「……はい?」


 え~と……これはどういう意味なんだろ?

 応援してくれるのは有難いけれど、自分を差し置いて私を応援するの? ちょっとよく分からない……。


「ちょ、リュック、そこはお互い本気で闘おうとか言う場面だろ?」

「何を言ってるんだグラド。もしも本気でやってアイリさんを怪我させてしまったらどうするんだ!?」


 これって心配してくれてるのよね?

 何だか私の方が弱いみたいな扱いになってるようだけど。


「いやお前、俺がコテンパンにやられたのを知ってるだろ……」

「だいたい怪我するとすりゃリュックの方だよな」

「それにディメンションルーム(ここ)で行うんだから、怪我するわけないじゃない」


 そして全員に突っ込まれるリュック。

 一応気持ちだけは受け取っておくわ。


「ヘェーーーィ、エブリバーデーェ! これから4つのブロックに分かれてバトルロイヤルにザッツトラァーーーィ! それぞれ残った8人――つまり、合計32人が予選通過だぁぁぁ! さぁ好きなブロックをチョイスするんだ」


 我が担任ストロンガーの指示で、参加者が好きなブロックへと移動する。

 リュック達は共闘することにしたらしく、Aブロックに固まった。


「おい、アイツらGクラスだぜ?」

「ホントだ! こうなりゃアイツらと同じブロックを選ぶしかねぇよな!」

「アイツら負かして国家主席にいいとこ見せよっと♪」


 予想通りの展開になる――と。

 フフン。けどね、今回に限っては彼らはダークホース的な存在よ。それこ全生徒が大口を開けて唖然とするくらいにはね。

 何せ今のリュック達はAクラスの生徒と同等の実力者なわけで、Sクラスの生徒でもなければ簡単には倒れはしない。せいぜい実戦で体感するといいわ。


「――で、私のブロックには……」


 さすがに私の噂は事実として認識されてるらしく、ここDブロックは閑散としていた。

 これはこれで不人気アイドルみたいで少し悲しいものがある……。いや、歓迎したくない奴に近付かれるよりは不人気アイドルの方がマシかもしれない。


「よぅアイリ、一緒に決勝に進もうぜぇ!」


 堂々と近寄って来たのはCクラスの粗暴なスキンヘッド――ゲイル。

 正直相手にしたくない……。


「おい、無視するなよ。俺とお前の仲だろ? ここは互いに健闘を祈るところじゃねぇか」

「……あっそ、せいぜい頑張れば?」

「つれねぇなぁ……。ま、そんなところがまた可愛いんだが!」

「うぐ……」


 粘着されてるみたいでキモい……。

 それにコイツとは特別な仲でもなんでもないわ!


「ウッシッシ! あのキュートなアイリちゃんと同じブロックやぁ。こない空いてるたぁツイとるで!」

「ああ、愛しのアイリたんが目の前に!」

「オ、オデの……オデのアイリちゃん……触りたい握りたい頬擦りしたい……」

「キャフフフ♪ アイリお姉様はワチキだけのもの……」


 そして他にもキモい奴らがいっぱい。

 ハァ……どうしてこんな連中ばっかり寄ってくるんだろ……。


「いよいよ本性を表しましたわね」


 声のする方に振り向くと、背の高い女生徒がロッドを私に突き付けていた。

 この金髪ストレートヘア、どっかで見たような……あ! 確か廊下で顔を合わせる度に、Gクラスの私がCランクの魔物を倒せるわけないって因縁つけてくる女だわ。名前は……


「ケフィア……だっけ?」

「サフュアです! 卑怯にも私の挑戦を受けようとしない貴女に、今日こそ鉄槌を下して差し上げましょう」

「いや、アンタに鉄槌を下される理由が分かんないんだけど」

「フッ、何を今さら。ご覧なさい、このおぞましくもキモい連中を。邪念を持つ彼らを惹き付けてるのが何よりの証拠です」

「好きで惹き付けてるんじゃないわ!」


 何の証拠よ何の! ったく、この女も大概だわ。このキモい連中が邪念を持ってるのは同意するけども!


「止さないかサフュア。彼女が綺麗だからといって、嫉妬するのは見苦しいとは思わないかい?」


 学園一のチャラ男――ナンパールまで出てきたじゃない。

 この茶髪ロン毛野郎もウザいのよねぇ……。


「出ましたねナンパ野郎。女の敵として貴方にも鉄槌を下して差し上げますので、覚悟してください!」

「ハハッ、そんなムキにならなくても、キミの魅力は失われたりはしないよ」


 しかも微妙に会話が噛み合ってないし。

 こんな奴らと同じブロック闘うとか、私のメンタルがやられそう……。


「グッラックトゥディ、オーケィオーケィエブリバデェ。参加者が漏れなくスタンバったところで、いよいよ始めるぞーーーぅ。用意はいいかぁ? バトルロイヤル――」


 不参加の生徒と国家主席を含む観客がステージに注目する。

 誰かが固唾を飲んだ音が聴こえそうなくらいの静けさが一瞬だけ訪れ、そして……


「――レッツ、アッッックショーーーン!」


 ストロンガー先生による試合開始の(つもりらしい)合図で、一斉に生徒が動き出す。

 さて、私も少し体を動かそっかな。



★★★★★



 ブロック全体を囲むように設置された観客席の一つ。ガルドーラの国旗を掲げた天幕の下で、髪をエメラルドグリーンに輝かせた女性エルフが静かに会場を見下ろしていた。

 何故このような場所にいるのか……それは、彼女こそ魔導国家ガルドーラの国家主席だからである。

 そんな彼女の傍らで、ウィザーズ学園の学園長カーバインがバトルを見守りつつ口を開いた。


「いよいよ始まりましたな、フローレン主席」

「そのような堅苦しい会話は無しにしませんこと? 素知らぬ相手ではありませんのに」

「フフッ、これは失礼した。フローレン主席」

「またそうやって……」


 実はこの二人の関係は幼馴染みであり、時々このようにしてカーバインがからかうような親しい仲なのである。


「それで、()は元気にしてますか?」

「うむ。彼女にはFクラスを担当してもらっているが、()()()()()よりもイキイキとしておるよ」

「そうですか。肩の荷が下りてホッとしているのでしょうね」


 公にされてはいないが、Fクラスの担任フローリアは国家主席の妹だったりする。

 元々魔力が強いフローリアは、国軍魔法士として魔物討伐や反乱鎮圧など多くの功績を残していた。

 が、それ故に周囲の嫉妬――特に貴族からの嫌がらせも多く、本人はさっさと軍から遠ざかりたいとすら考えてたらしい。


「実力で敵わないからと、よくもまぁ陰湿な嫌がらせをしてきたものだ」

「ええ。靴を隠されたり、書類を隠されたり、杖を隠されたり、下着を覗かれたりと、色々と大変そうでしたわ」

「最後のは少々違う気もするが……」

「……とにかく、それを見かねて国家主席の妹だと公言するよう助言したのですが……」


 だがその場合、今度はフローレンが身内を贔屓(ひいき)したと非難されるのが予想され、結局はフローリアが我慢する羽目になっていた。


 そんな彼女に転機が訪れたのが、ウィザーズ学園の教師が不祥事により辞任した時だ。

 学園の体を保つという表向きの理由をつけて、ここぞとばかり赴任したのである。

 もっとも、かねてからカーバインからの打診が有ったのも事実だが。


「それよりも、学園の腐敗は払拭されつつあるというのは本当なのですか? そう簡単に貴族の横槍をはね除けられるとは思えないのですが……」


 貴族の子息達がコネクションを利用して上位クラスで卒業しているのは国家主席も知っており、ウィザーズ学園の質が低下する一方なのをカーバイン共々ぼやいていたのだ。

 しかし今年は変化が見られるとの報告を受け、観戦のついでに実情視察も兼ねていた。


「フフッ、新風だよ」

「……新風?」

「ああ。ウィザーズ学園に新たな風が吹き始めた。今この学園は、()()を中心に変わりつつあると言ってもいい」


 そう言いつつカーバインは、会場の一つであるDブロックへと視線を向ける。

 その視線を追って、フローレンもまた視線を移した。

 そこには一人の美少女が立ち尽くしており、周囲には他の生徒達が折り重なるように倒れていた。

 何故か遠巻きに彼女を眺めて涎をたらしてる者もいるが、それは敢えて見なかったことにする。


「彼女は……」

「名はアイリという。聞いた事がないか? 魔女の森にダンジョンを構えたダンジョンマスターの話を」

「はい、聞いた事はあります。四方を4つの大国に挟まれながらも、その中心地の魔女の森でダンジョン構えたと。しかもダンジョンの中には街があり、ダンマスの名は――あ!」

「そうだ。そのアイリだよ」


 ここガルドーラは魔女の森から遠く離れており、西にあるアルカナウ王国を越えて更に南西のプラーガ帝国を越えることで、ようやく魔女の森にたどり着くのだ。

 そんな離れた場所であっても、アイリのダンジョンは知られていたりする。


「彼女自身も強いが、更に強力な眷族を従えてるらしい。聴けばSランクのデルタファングを召喚したとも言われておるな」

「え、Sランクを!?」


 実際はSSS(トリプル)ランクまで召喚してたりするのだが、フローレンがその事実を知って仰天するのはまだ先の話になりそうだ。


「彼女のお陰で敵対するダンマスから護られてるのは事実だ。それに武術大会中も陰ながら警戒してくれるらしい。本当に有難いことだ」

「まぁ! それは是非とも豪勢なおもてなしをしなければ――」

「いや、するなとは言わんが、なるべく目立たんようにな。アイリ君は開き直っておるが、公にされたくないらしいしな」

「そうでしたか……。では言伝をお願いしますわ。危機を救っていただき感謝します――と」

「うむ。しかと伝えよう」


 会話が途切れ他のブロックも眺めてみると、どうやら全てのブロックで決着がつきそうであった。


登場人物の紹介は不要だと考えて挟んでませんが、もし分かりにくいという指摘が多いようでしたら入れようかと思います。

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