講師交代
「今日で4日目の特訓になるけど、体調の方は大丈夫?」
「うん、お陰さまで身体が軽く感じるよ」
「リュックもか? 実は俺も軽く感じてよ、前より速く走れるようになったぜ」
「あ、言われてみればそうかも」
どうやらリュックとリュースは体感できてるみたいね。
実は昨日の時点でレベル20を超えた人が出たのよ。以外にも一番乗りしたのはリュースだったのよねぇ。
コイツは剣を手にして突っ込んでいくタイプだから、頼もしい前衛になりそうな予感。
あ、勿論リュックもそうよ?
「あたしは魔力が増幅された感じがするわ」
「俺の場合は弓が軽く感じるな。もしかして破損してるのか?」
魔法士の素質があるトリムもいい感じね。遊撃の得意なグラドは……ちょっとズレてるけど、こっちも良さげな感じがする。
「それじゃあ今日の特訓だけど、いよいよ本番に向けて仕上げに移るわ」
「ということは、これまでとは違う内容に?」
「鋭いわねリュック。正にその通りよ」
なんてったって、今日という日を心待ちにしてた眷族がいるんだから。
「今日からの3日間は別の教官に指導してもらうわ」
「「「…………」」」
あ、緊張してビクついてる。
ザードの特訓に慣れたところで悪いけど、ここで最終兵器を投入させてもらうわ。
「それじゃあお願いね、アンジェラ」
「うむ、任せるがよい」
「「「……え?」」」
待ち望んでたのは眷族の一人でアンジェラという紫色の髪を短めに整えた美女。
何せモフモフがヨレヨレになるくらい心待ちにしてたのよ。まぁ、モフモフには悪いことをしたと反省してるわ……。
さて、そんなアンジェラを見て首を傾げてる4人、彼女はザードほど甘くはないわよ?
何せ彼女の正体は、泣く子も黙る――いや、泣く子でも気絶してしまうほどの特大インパクトを持つ、SSSランクのバハムートなんだから。
「ザードの特訓を受けたそうだが……妾からしてみれば、まだまだ序の口。だが安心せい、お主らの力量に合わせてやるからのぅ」
「「「…………」」」
おっと、いきなりの挑発に4人の表情が険しくなった。
というかアンジェラは挑発してるつもりはないんだけど、見下されてると感じるのが普通よね。
「なぁアンタ、俺にはザードさんより弱そうに見えるんだけど?」
「ほぅ、妾がザードより弱いと?」
「だってよ、今だって全然隙だらけじゃん。そんなんで特訓とか出来んのか?」
そしてリュースが真っ先に噛みつく。
もうね、知らぬが仏とはこの事よ。正体知ったら腰ぬかすでしょうね。
「ごめんリュース。え~と、今の――アンジェラさんだっけ? この人に隙があるのかい?」
「俺も分かんないなぁ……」
「何言ってんだお前ら。相手の足元を見ろってザード先生に教わっただろ」
「そ、そうだったかしら……」
ザードのお陰とはいえ、よくリュースは隙を見せてるところに気付いたわね。勿論わざと見せてるんだけど、他の3人は気付かなかったのによく見抜いたもんだわ。
これでアンジェラを見た目で侮ることがなければさらには良かったんだけどねぇ。
「そこまで言うなら掛かってきてよいぞ? もちろん妾を殺す気でな」
「いや、さすがに殺す気とか――」
「フッ、安心せいと言ったであろう? 今のお主らが束になったところで、妾に傷一つ負わせることは出来ぬ。――ほれ、遠慮せずに掛かってこんかぃ」
「へぇ、そこまで言うなら――」
「ちょ、ちょっとリュース!」
殺気立ったリュースをトリムが止める。そしてリュックとグラドが困った表情で私に視線を投げかけてきた。
けれどアンジェラの言っていることは本当で、私が本気を出しても勝てない相手よ。
「言っとくけど、アンジェラはザードでも勝てない相手よ? 実際に戦ってみれば分かるけど、私達が一斉に襲いかかっても勝てないからね?」
「「「ええっ!?」」」
そうよ、私達というのは私も含めてなんだから、リュック達の予想以上に強いのよ。
あとは体感してもらうしかないわね。
「いい? 見た目が美人だからって遠慮してたら怪我するからね?」
「さぁさぁ、早く楽しもうぞ!」
リュースは苛立ちながら――他3人は困惑しつつアンジェラに挑む。
「いくぜ、これでも――」
パキン!
「――って、ああ!?」
「どうした? 剣を叩き折っただけじゃぞ? それに――」
ドスッ!
「グヘッ!」
「敵を前にして隙を見せるのは感心せんな」
振るわれた剣を手刀で真っ二つにしちゃったわ。
更に怯んだリュースの鳩尾に一撃。これで完全にKOね。
「「「…………」」」
案の定リュック達には一連の動きが見えなかったようで、口を半開きにしてポカーンとしてるわ。
特に鳩尾への一撃は、リュースが勝手に踞ったように見えたでしょうね。
「分かったでしょ? これでも手加減はしてくれてるから、安心して励んでちょうだい」
「さぁ、もう待ちきれぬ。存分に楽しもうではないか!」
「「「ヒィィィィィィ!」」」
せいぜい頑張ってちょうだい。
私もレベリングで同じ体験をしたんだから大丈夫でしょ。
★★★★★
あれから2日経過して6日目――つまり特訓の最終日を終えたんだけど……
「よし、ゴブリン程度の群なら楽に殲滅できるようになったな」
「っしゃあ! 俺だってEランクのゴブリンナイトを一撃で粉砕だぜ!」
「こうしてみると、ゴブリンメイジのファイヤーボールは大したことないわね」
「はは、遅い遅い! ゴブリンごときが俺のスピードについて来れるかよ!」
……やり過ぎたかもしれない。
多分だけど、Aクラスの連中といい勝負をすると思うわ。
ちなみにだけど、Aクラスの平均値はベテラン冒険者と同等よ。
「いよいよ明日から武術大会ね。この面子で決勝まで残れるように頑張りましょ」
無言でコクりと頷く4人。
表情を見る限り、悲観してるのは1人もいないわ。
「なんかあっという間だったね」
「ああ。初日なんかブッ倒れて声も出なかったけどな」
「その特訓も今日で終わったのよね……」
「そう考えるとちょっと寂しいか?」
「ならば明日も来ればよかろう。好きなだけ相手して――」
「「「遠慮します!」」」
「むぅ、つまらんのぅ……」
さすがにアンジェラの特訓はキツかったらしい。何せ生命力のギリギリまで追い込んでくるから、一歩間違えば死に繋がる可能性もある。
その辺は上手くコントロールしてたみたいで、不幸な出来事は訪れなかったけどね。
『しかし彼らは可哀想かもしれませんね。どうせお姉様が優勝するんでしょうし』
『こらこら、やってみなきゃ分かんないでしょ』
『では手抜きなさるおつもりで?』
『もっとないわね。ある程度手加減はするつもりだけど、手抜きとは違うわ』
『それでもお姉様が優勝しそうですがね』
……今のアイカの発言がフラグになったりしないでしょうね? ……まぁいいけど。
ギルガメルが何かを仕掛けてくるかもしれないし、学園長にも警戒するように言っとかなきゃ。
★★★★★
「オゥフ、奴が……」
「し、死んだのですか!?」
「うむ。今朝になって地下牢を覗いてみたのだが、干からびて皮と骨だけになっておったわ」
学園長に呼び出されたフローリアとスティヴが衝撃を受けた。
捕らえていたギルガメルの眷族アモンドが変死したのだ。
「では例の自白魔法は……」
「今日にでも完全に掛かると思っておったのだがな。とても残念だよ」
この数日間、学園長も何もしてこなかったわけではない。
マインドスパークという自白を強要する魔法により、ギルガメルの情報を引き出そうと試みていたのだ。
しかしアモンドは魔法の抵抗力が強いために中々自白には至らず、日を跨いで魔法を掛け続けていたのだが、死んでしまえば水の泡だ。
「恐らくは口封じだろうが、こうも簡単に眷族を切り捨ててくるとは……」
「生徒達の魂を生け贄にしようとしたくらいです。冷酷無比なのは間違いないでしょう」
「うむ。つくづくアイリ君には助けられたと思うとるよ」
もしもあの場にアイリがいなければ、間違いなく手遅れになっていた。
しかも現在進行形でギルガメルの注意はアイリに向いており、学園への脅威は手薄になっていると予想されている。
「成る程。リスタートってやつかい。ま、なっちまったもんは仕方ないさ」
「そうは言うがスティヴ、今日からの5日間は武術大会が行われるのだ。警備を疎かにはできん以上、お主らには審判と警備の両方をやってもらうぞ」
「それもまたやむ無し……かねぇ……」
何事も起こらなければそれでいいが、はたして……。
序章はここまでです。




