リュースの涙
「じゃあアイリさん、また明日」
「また明日な!」
「バイバイ、アイリ!」
「うん。また明日ね」
手を振って立ち去るリュック達を見送ると、さっそく人気のない場所まで移動する。
リュック達にはまだ転移できることは伝えてないし少々面倒ではあるけれど、コレが最近の私の帰宅パターンと化しているのよ。
いずれは話さなきゃとは思うけど、なんというか……こう……タイミングがね?
それにダンマスだってバレたのもアーモンドみたいな奴に出会したからで、あれがなければいまだに――「おい、アイリ」――ん? 誰かに呼ばれたような……
「――ってアンタ達は確か……リュースの取り巻き?」
振り向けば以前クラスメイトのルタを囲んでた奴らがいた。
どうやら私の後をつけてきたようだけど、また因縁つけるつもりだろうか?
へし折ったリュースの腕はその場でエリクサーをかけて治してやったし、今さら文句は言わせないわ。
「……何か用? リュースの腕なら治してやったんだから今さら――」
ガバッ!
「……へ?」
「頼む! リュースを助けてやってくれ!」
驚いたことに、取り巻き連中が揃って土下座を始めたわ。
それに助けてほしいって……
「何か訳あり? アイツは同じGクラスになったんだし助けてあげなくもないけれど。まずは事情を説明してちょうだい」
「そ、それが……」
そして聞かされる衝撃の真実。
リュースには病弱な妹が居て、その妹の薬を買うのに大金がかかっているらしい。
しかもリュースと妹は両親に捨てられたらしく、当然未成年者である二人に支払えるわけはない。
そこでとある冒険者からお金を借りたって事みたいね。
「なるほど。今までお金を巻き上げてたのは妹のためってわけ?」
「そうだよ。そりゃ悪いとは思ってたけれど、そうでもしなきゃ金は手に入らないし」
「いま流行りのダンジョン攻略も、低ランクの俺達じゃまともに成果をあげれない。だからやむを得ず……」
そういう事情なら助けてあげましょ。
但し、これからは二度と他人からお金を巻き上げたりしないって誓ってもらうけれど。
「分かった。助けてあげる代わりに、もう以前のような真似をしたらダメだからね?」
「もちろんだ。もともと気が進まなかったし、もう二度とやらないよ」
「俺も約束する」
「俺もだ」
「僕も!」
こうしてみると、友達思いの良い奴らだったのね。
さて、後は肝心のリュースについて聞かないと。
「それで、具体的に何をすればいいの?」
「あ、そうだ! リュースが大変なんだ!」
「金を借りてた冒険者から借金の取り立てをされてるんだけど、半端じゃない額の利子をつけられて……」
また悪質な冒険者に関わったみたいね。
「もし返せないなら妹のリルルを奴隷に落とすって!」
「なんですって!?」
病弱な子を奴隷にするなんて悪質すぎる。
ほんと何処にでもいるのねこういう輩って。
「リュースのとこまで案内してちょうだい」
「ああ、こっちだ!」
取り巻き達の案内で、リルルが入院している治療院までやってきた。
すると多くの野次馬がある一点に視線を集中させていて、そこには顔をクシャクシャにしながら喚いているリュースの姿が……
「お、お兄ちゃん……」
「約束が違うぞ! リルルには手を出さないはずだろ!?」
「ああん? 今さら何言ってやがんだ? ちゃんと契約書にサインしてあるじゃねぇか」
女の子を脇に抱えたスキンヘッドの冒険者が、一枚の紙をリュースに突きつけていた。
遠目だと内容までは見えないけれど、恐らくは借金のカタに妹を差し出すとかの内容なんだと思う。
「お前、俺を騙したのか!? 契約するときはそんな事は一言も――」
「ハッ、何と言おうが契約書が全てだ。契約違反はペナルティが下るぜぇ?」
「クッ……」
案の定――って感じね。
そもそもここイグリーシアの契約書は地球のものとは違い、契約を違えば神の力により強力なペナルティが発生する。
中には一年かけてジワジワと苦しみながら死んでいく――なんてのもあったらしく、皆ペナルティを恐れて違反することは殆どない。
だから周りの人達も何も出来ずに眺めてるだけなのよ。
「じゃあコイツは連れてくぜ」
「や、止めて……」
「お、おい、待ってくれ!」
っと、いけない! 早く止めないと。
「待ちなさいよ」
「……ア、アイリ?」
「ああん? なんだテメェは? 関係ないやつは引っ込んでな!」
「無関係じゃないわ、そこのリュースは私のクラスメイトだしね」
立ち去ろうとするスキンヘッドの進路を塞ぐように前に出ると、透かさず腕を掴み上げてやった。
「イテテテ、何しやがる! さっさと離しやがれ!」
「だったらアンタもその子を離しなさいよ」
「わ、分かったよ!」
ちょっと捻っただけだったのにスキンヘッドにとっては涙目になるほど痛かったらしく、すぐさまリルルと思われる子を手離した。
そしてリュースが彼女を保護したのを確認し、私もスキンヘッドの腕を離してやった。
できる事なら触りたくなかったしね。なんか脂ぎってて不潔そうだし。
「テメェ、俺は正式に交わされた契約に乗っ取って行動しただけだぞ? それを邪魔するってんなら役所に訴えてやるからな!?」
「別に邪魔はしないわよ? 要はお金さえ払えばいいわけでしょ?」
「ハッ、金を払うだと? だったら金貨1000枚、今ここで払ってもらおうか!」
ま~たとんでもない額ね。
最初からまともな契約をするつもりはなかったって事なんでしょうけど。
「ほらどうした? 払えないんならソイツの妹を差し出しな!」
ニヤニヤしながら催促してきやがったわ。
どうせ金貨1000枚なんか払えないって高を括ってるんでしょうね。
でも残念、金貨1000枚なら余裕で払えるのよね~。
何故かというと、私の持ってるスマホは地球とリンクしてて、DPを使用して地球産のアイテムを多数召喚出来ちゃうのよ。
その召喚したアイテムの数々は既に多くの商人に卸してるから、今も資産は増え続けてる真っ最中だったりするわ。
「もういいよアイリ。騙された俺が悪いんだ、これは俺の責任……」
「何言ってんの、払えば問題ないんだから、払ってあげるわ」
「「「え?」」」
払うって言ったら、しばしの沈黙の後に正気かって顔をされた。しかもリルルにまで。
ちょっとだけイラッときましたよ、ええ。
だけど私は本気だからね?
ドサッ!
「はい、この袋に金貨1000枚入ってるわ。確認できたら契約書にサインしなさいよね」
目を白黒させていたスキンヘッドがハッとなってズタ袋を漁りだす。
そして震えた声で……
「……た、確かに1000枚ある」
「なら問題ないじゃない。ほら、早くして」
「あ、ああ……」
困惑しながらもサインをすると契約満了で、スキンヘッドが手にした契約書は光の粒となって消え去った。
「こ、これで契約は終わりだ。じじじじじ、じゃあな!」
ズタ袋を大事そうに抱えると、スキンヘッドは野次馬を掻き分けて走り去る。
ま、大金持ってるんだし、せいぜい他人に狙われないように注意することね。
「お、おいアイリ、あんな大金渡してよかったのかよ!? 元はと言えば俺のせいなんだぞ!? それを――」
「だって契約書があったんだから、こうでもしないとリルルが奴隷にされてたでしょ?」
「それはそうだけど……」
ふぅ……コイツも根は良い奴なのね。出会いは最悪だったけども。
「あの……」
「ん?」
リルルがもじもじしながらも、ペコリと頭を下げてきた。
「あ、ありがとう御座います! そして申し訳ありません。私なんかのためにあんな大金を……」
「あ~こらこら、病弱だって話は聞いてるわよ? そんなに畏まんなくてもいいからベッドで休んでなさい」
「で、ですけど――」
「いいから。ほら、リュースもボサッとしてないで、リルルを部屋に戻してあげて」
「分かった」
やはり金貨1000枚の事が気掛かりなのか、申し訳なさそうに頭を下げると、リルルに肩を貸して治療院へと戻って行った。
『よかったのですか? 何もあそこまでする必要はなかったと思いますが』
『何言ってんのよアイカ。金貨1000枚なんて大した額じゃないわ』
『ですが、このままではあのスキンヘッドが得をするだけに――』
『ちゃんと考えてあるから大丈夫よ』
私としても、あんな卑怯者に金貨をくれてやるほどお人好しじゃないわ。
私なりの方法でキッチリと返してもらうつもりよ。




