閑話:学園長の苦悩
「アイリ君か……なんとも不思議な娘じゃな」
今日も今日とて自室から外を見下ろしながら呟やいたのは、ウィザーズ学園の学園長――カーバインだ。
つい先日転入してきたアイリはまさに規格外とも言える存在で、早くもこの学園に新たな旋風を巻き起こしていた。
「Gクラスに入ってもらったが、適性試験では間違いなくSクラス――いや、SSクラスが存在したならそこへ入っておったかもな」
魔女の森にあるダンジョン――アイリーンの事はカーバインも知ってる。
だがあくまでも耳に入っただけであり、実物を見るまでは決めつけないつもりだったのだ。
が、結果は先日の通り、軍隊や騎士団を派遣する必要があるBランクの魔物ですら手玉にとるほどで、例えベテラン冒険者であっても滅多に御目にかかれない実力者であった。
「良いではないですか。貴方自身もよい刺激になる――と仰っておいででしたね」
「……フローリアか」
そっと入室してきたのは新たにFクラスの担任となった教師で、フローリアという名の女性エルフだ。
「あのウルベロムとノーランドを追い出すキッカケを作ってくれたのですし、わたくしとしては有難い限りですわ」
「確かにな。隙あらばお主とスティヴを教師として迎えようと考えて早30年。こうも容易く機会が訪れるとは……」
「何かご不満で?」
「なぁに、ここまでの苦労がなんだったのかと思ってな。本来なら貴族連中から横槍が入るところだったが、それを退ける事が出来たのもアイリ君のお陰だな」
ウルベロムとノーランドの二人は本人達が希望して辞職に追い込まれたのだ、さすがの貴族達も庇いようがなかったのである。
ところで、なぜ役立たずな教師が貴族達に押し付けられているのかといえば、上流と下流の差をハッキリと出すためだったりする。
つまり、FクラスやGクラス等の下流クラスは、とことん上流クラスの踏み台になるようにと仕向けられているのだ。
そのため上流クラスには優秀な教師が宛がわれ、下流クラスには教師としては不向きな人材を押し付けるのである。
ちなみにだが、適性の低い貴族の子供がいた場合、親のコネにより上流クラスへと入れられるのは最早常識だ。
「アイリ君はねぇ……中々楽しませてくれる生徒だよ、うん」
「ほぅ、気難しいお主からそのような台詞が飛び出すとはな――スティヴよ」
新たに入室してきてのは、サングラスを掛けた魔族の男――スティヴだ。
彼も新任としてGクラスを担当することになり、生徒達にはストロンガーと名乗っている。
「そいつぁ心外だぜ? 何せ俺ッチはアイリ君を贔屓してるわけじゃないんでね。ただ思った事をそのまま言っただけさ」
「思った事を――か……。その割にはふざけた言動をみせているようだがな」
「チッチッチッ、ふざけてはいないさ。これはアイリ君の要望に応えてる、言わば熱血漢と言ってほしいねぇ」
実はこのストロンガー、あのウザイ性格は作りものであった。
故にその言動を見たカーバインは、何か悪いものでも食ったかと勘繰ったくらいである。
「ところでだ。確か――アーモンドとか言ったか? ヤツを動かしていたギルガメルというダンマスについて、何か情報はあるか?」
話題はアイリから件の病を流行らせたアモンドへと移行する。
まさか学園の近くに住み着き、多くの若者の魂を吸い上げようとしてたとは夢にも思わなかったのだ。
アイリからの報告によれば、黒幕はギルガメルというダンマスで確定。但し居場所は不明であるため、フローリアやスティヴに調査を依頼していたのだが……
「申し訳御座いませんが、いまだ発見には至ってはおりません」
「多分ね~、ガルドーラ内のどこかに潜伏してるんだとは思うんだけどさ、奴さんよっぽどかくれんぼが得意とみえるねぇ」
「――となると、こちらもやはりアイリ君に頼らざるを得んか……」
カーバインは渋い顔で茶をすすると、ため息を一つついて再び視線を外へと移す。
視線の先では中庭でクラスメイト達と談笑しているアイリの姿が写っており、それだけを見ると超人的なステータスを持つ人間とはとても思えない。
しかしダンマスともなると、彼女に頼る以外に手はないのも事実。
「まだまだ発展途上の国だ。急成長する国家規模に対してその内面はまだまだ貧弱。もっと強固な国にするには、やはり貴族達の認識を変える必要があろう」
「ですが貴族達には相応の危機感が皆無です。こんな状態で他国の侵略を受ければ……」
「一溜りもない――だろうねぇ……」
ここ30年、ガルドーラは目覚ましい発展を遂げてきた。
それはカーバインが主導する未成年者の育成方針――要するにウィザーズ学園の存在が大きく、戦闘と知識の双方を兼ね備えた生徒が卒業後に活躍する場面が多かったためだ。
しかし、生徒が増えると運営資金で首が回らなくなるのも事実で、思うように機能しなくなるのも時間の問題。
それに目を付けた貴族達が挙って運営資金を出し始め一応は難を逃れたのだが、今度は貴族達が株主よろしくの如く発言力を強めてしまう結果に。
「さて、暗い話になったが、現状はさほど悪くはない。周辺国に不審な動きはない今なら充分に間に合うだろう」
「はい。まずは国内に巣くう不穏分子を取り除くのに、全力を注ぎたいと思います」
「そうさなぁ。少しでも国家主席の負担を減らせれば御の字かねぇ……って事で――」
サングラスをかけ直したスティヴが立ち上がり、他の二人に背を向ける。
「俺ッチは善良な教師をやってきやすぜ。生徒を近くで見守るのも教師の勤めだしさぁ――フッフーーーゥ!」
スティヴは風のように去っていき、残された二人はヤレヤレと肩を竦めて苦笑いをした。
「そういえばクレア君の事を伝えてなかったわい」
「新しくGクラスにやって来る生徒の事ですか?」
「うむ。こちらもアイリ君が解決してくれたようだ。まったく、足を向けて寝られんわぃ」
どうやら新たなクラスメイトとしてクレアがやって来るようだが、それはまだ先の話になりそうだ。




