アホのことお勉強4
何とかでこぴんは回避できた私だけど、高等部向けの勉強……ひいては理系分野の勉強という目の前に突きつけられた課題は回避できない。
……だって考えてみれば、要の言うことももっともと言えば、もっともなんだもの。
バカは死ななきゃ治らないと言うが、残念ながら私の場合死んでもアホは治らなかった模様。たかが数年かけたところで治るとはとても思えん。うん、多分無理。
前世のようにアホが過ぎて、会社をクビになるような大人に育つ前に、アホを補ってあまりあるくらいのスペックは培っておきたい。
鳳凰院家の英才教育を受けてなお、歌も楽器も駄目(前世からもそうだったけど女帝様補正をもってしても、まさか音痴が治らないだなんて……! まさか女帝様密かに音痴だったのか……?)、芸術関連も平凡な私が、天才扱いされる可能性があるとしたら、やっぱり勉強しかない。
そして顔よし・頭天才・超有能と、人間の不公正さを体言しているような要の隣にいてなお、「頭がいい」と評されるには、要と同じくらい優秀な成績を収めなければならないだろう。
しかし……しかし………。
「……竜堂寺要。鳳凰院家長女として、貴方に命令です」
しばらく考え抜いた末に、私は重い口を開いた。
「……なんだ、アホ。急に改まって。内容次第では聞いてやらんこともないぞ」
覚悟は決まった。いや過ぎて、半泣きになりながらも、キッと上目遣いで要を見据える。
「自分では、中等部の応用を中心に勉強して、高等部向けの勉強は、貴方といる時にだけ勉強することにします。……だから中等部に上がるまでの一年半で、私が理解できるまで、きっちり教えなさい!」
ーー私は、鳳凰院綾華。いずれ「女帝様」とあだ名され、欧道学園を牛耳る女。
高校レベルの理系分野がなんぼのもんじゃあい! こうなら、とことんやったろうじゃないか!
まだ、ろくに言葉も喋れない幼児期から、上級魔法勉強したりするような転生小説より、状況的にはマシなはずだ!(びば・平行世界転生!)
そして、そう高らかに宣言してから、数時間後。
「……え、嘘。信じられない」
私は要が作った小テストの結果を見て、呆然としていた。
「なんか……なんか、さらっと満点とれたんだけど」
ーー女帝様の脳みそは私が思っていた以上に、ハイスペックだった。
理解が、できるのだ。
あれほど分からなかったはずの、理系分野がことごとく。
しかも、一度インプットされたら、全く忘れる感じもしないっていう。
……ナニコレ、悪役令嬢補正というか、女帝様補正すげーー!
うわ、数学解いてて面白いとか思ってしまった自分に、感動する。まるでクイズ解いてるみたい。すごい、楽しい。ナニコレ!
「……ああ、俺もびっくりした。こんなに理解が早いなら、もっと早くそう言え。これなら、一年半と言わずに、半年もあれば高校の単元を終わらせられるな」
「いや、私もやるまで、こんなにできるって分からなかったし。……というか、これ、私の脳みそもすごいけど、こんなに早く理解ができたのはそれだけじゃないよ」
そう、私は、もう一つびっくりしていることがあるのだ。
「要の教え方、すっごく分かりやすかった! だってあれほど理系分野に苦手意識抱いていた私が、全く抵抗なく話聞けたもん! 要って本当天才なんだね! 感動した!」
要は驚くほど、教え上手だったのだ。
常々、頭が良い人間っていうのは勉強の理解力があるあまりに、私みたいな凡人が勉強をわからない理由を、わかっていないと思ってた。
一つの勉強がわからない時、何がわかってないかすらわかってない時が多い。何がわからないかわからないなら、質問さえできない。だから、頭が良い人から教えてもらっている時は、いつも眼には見えない、けして越えられない壁みたいなものを感じてた。
だけど要は、わからない私の意をしっかり汲んだ上で、一つ一つ丁寧かつわかりやすく教えてくれた。
もちろんそれで理解ができたのは女帝様のハイスペック補正もあるんだろうけど、それにしたってすごい。今すぐ、有名塾講師になれるよ。間違いなく。
「……いや、これぐらい誰にだってできるだろ。ただ俺がどうやって理解したのか、そのまま伝えただけだぞ」
「できないよ! 要は自分の凄さを全然わかってない!」
自分で天才児とか平気で称してた癖に、なんでそういうことは無自覚なんだろう? 数字で評価できない部分だからか?
……まあ、いーや。要が自分で自分を評価できないなら、私がめいっぱい褒めてやろう。
「要はすごい! 天才! よ、名教師!」
「……お前に持ち上げられるとら何だか馬鹿にされている気がするな」
「本心なのに、何故!?」
そう、本心だ。
だって私は、今、この赤丸オンリーのテスト結果が本当に嬉しくて仕方ないんだもん。
できないと思ってたことが、できるようになる。……それは、すごく胸がどきどきして、ぽかぽかしてくることなんだろう。
前世ではできないことが多過ぎて、この感覚をすっかり忘れてた気がする。
テストを両手で抱えこんだら、自然と口元が緩んできた。
「ありがとう、要。……要がいてくれて、本当よかったよ」
教えてくれたのが要じゃなかったら、きっとこんなにすんなり苦手は克服できなかっただろうから。
だから、今は、ただ要に心から感謝したい。
数学の解き方じゃなく、勉強の楽しさも、一緒に教えてもらえたから。
「……………礼とか要らないから、さっさと次の問題解け。綾華。まだまだ、教えてないことは山ほどあるぞ」
「うん、わかった! えへへ。何だか楽しいね。お勉強」
あまりにも自然に口にされたものだから、私がそのことに気がついたのは、夕方になって要が帰宅した後だった。
……あれ、要さん。いつの間にか、私のこと、名前で呼んでね?