アホのことヒロイン6
もし、これが本当に乙女ゲームの選択肢なら。
よっぽどひねくれたゲームでない限り、「要との食事」を選択するのが私にとって、良い選択肢なのが分かりきってる。
だって、私は七年来の付き合いである、かわいいわんこが一番大事で、誰より大好きだから。
姫乃ちゃんルートより、要ルートに行けるものなら、行きたいに決まってる。
……だけど、私はーー……。
「……ごめんね。要。私、明日は姫乃ちゃんと食べるよ」
気がつけば、そう口にしていた。
「……そうかよ」
「箱庭の虜囚」は難易度の設定によって、選択肢による好感度の上がり下がりが分かるようになっている。
最良の選択肢の時は、明るい高い音。
普通の選択肢の時は、無音。
バッドな選択肢の時は、暗い低音。
もちろん、現実にはそんな音発生するわけない。
だけど、その時私は、選択肢の間違いを告げる低い音を聞いた気がした。
……あれ、おかしいな。
「今日のお弁当は、コラーゲンたっぷりの美肌ランチよー! さあ、私の女帝様の玉肌をプルンプルンになさい」
「……いや、ちょっと待って! だからって豚足と、ゲンゲを弁当に入れるのはアレじゃない!? 見かけ、女子のお弁当とは思えないよ!」
「あら? でも味は美味しいでしょ」
「……美味しいけど、女子らしさって何だろう」
「はあはあ……より一層肌理が細やかになった、白魚のような手で顔が真っ赤に腫れあがるまでぶたれたら、どれ程快感かしらね……」
「………」
「いやん……その蔑みきった目……素敵だわ。……アホに見下されるって、屈辱過ぎて、快感ね。新たな性感の扉を開いた気がするわ……」
……何故、私はこの変態と、気が付けば一週間も昼ご飯を共にしてるのでしょう。
「あの姫乃ちゃん……これ、今までのお弁当代……」
「あら、学園長から材料費巻き上げてるから、別に良いのに」
「(今さらっととんでもないこと言ったような……)いや、そうも行かないって。それから、私、明日は……」
「まあ、これで一層気合い入れた料理作れるから、良いわ。やっぱり、お弁当は好みの女王様に献上するに尽きるわ。学園長に、肌がツヤツヤになったって喜ばれても、嬉しくも何ともないもの」
「学園長も同じお弁当食べてんの!? てか、前から気になってたんだけど、たぶらかしたってどういう意味……って、もういないし!」
……ああ、学園長との秘密の関係の真相を今日も聞けなかった……じゃない。今日も明日は要と食堂で食べると言えなかった。
どうしても、姫乃ちゃんといるとツッコミどころが満載過ぎて、会話が持っていかれるんだよな。
「姫乃の弁当……ずるい……学園長も、アホ女帝も……」
……常に、ストーカーわんこの憎しみに満ちた視線を感じるし。
武宮、ゲームで君ってそんなキャラだっけ? 他の攻略対象ルートの時は潔く身を引いてたような……いや、姫乃ちゃんが何故が武宮のストーキング気付いてないように、ゲームのヒロインが鈍くて気付いてなかっただけか。あくまで視線でしか訴えてないから、無害と言えば無害だからな。
……捨てられたわんこのことはどうでもいい。てか、そもそも拾われてないから、野生の野良わんこか。箱の中で哀れにきゅーんきゅーん泣いて庇護欲はそそられるが、どうせ姫乃ちゃんにしか懐かないからどうしようもない。
……問題は、うちの愛しい飼いわんこだ。
「……あ、あのさ、要……」
「……黙って、作業しろ」
「……………………」
あれから、一週間……放課後二人きりになっても、仕事以外ではろくに口を効いてくれません……!
ど、どうしよう。本格的に、今度こそ反抗期だ……!
「あ、あの要………ごめん……」
「……ごめんって、何が」
「い、いやだって、要怒ってるよね?」
「怒ってねぇよ……何で俺が、てめえに怒る必要があるんだ」
……どう見ても、怒ってます! 要さん!
てか、要が私を「お前」じゃなく、「てめえ」呼びする時は、わりと最大に怒っている時の特徴です!
これは……あれですか? やっぱりバッドな選択肢の結果ですか?
あの一回の過ちで、こんなことなってるのですか!? 神様!
「あ、あのね、要……姫乃ちゃんに……」
お昼ご飯一緒食べるのは、明日で最後だって言うから。
そう続けようと思った言葉は、要が机を叩いた音でかき消された。
「その名前を、俺の前で口にするなっっっ!」
あまりにその声が大きくて、要の剣幕が怖くて、思わず体が跳ねた。
次の瞬間、要がハッとしたように目を開いてから、顔を背けた。
「………悪い。声が大きかった」
「……う、ううん……」
どうしよう。沈黙が、重い。
……だ、誰か助け……
「ーー変なことしてませんね! ……って、何ですか、この雰囲気。あなた達らしくない」
ーー救世主キターーー!
愛那ちゃん、マジ、ナイスタイミング!
「……良い所に来たな、斎ノ原。悪いが、今日は生徒会室待機変わってもらえるか?」
「別に構いませんが……大丈夫ですか? 会長。顔色、悪いですよ」
「精神的なもんだから寝りゃ、治る。……悪いな」
……って、え、要、行っちゃうの?
これは、愛那ちゃんに間に入ってもらって仲直りするフラグじゃないの?
「か、かな………」
「ーー綾華」
引き止める言葉は、要が言わせてくれなかった。
「悪かったな……怒鳴って」
扉が、しまる。
「……何があったんですか、あなた達。本当に」
たった一枚の扉しかないはずなのに、要がどうしようもなく遠く感じた。




