アホのこと生徒会
「……で、今日は何を忘れたんだ?」
「……数学の教科書。要三限でしょ? ね、貸してください……お願いします……」
「……ったく。お前、俺がクラス違うからって、気ぃ抜けてんじゃねぇか」
鳳凰院綾華です。あっという間に二年生になりました。乙女ゲームのシナリオが始まるまで、あとちょっとです。
……しかし、正直今はそれどころじゃありません。
「……関係ないよ。だって、去年までなら、忘れても要に机くっつけて見せてもらえたもん。クラス同じでも一緒だよ」
………なんと……なんと、欧洞学園に編入して五年目にして、要と違うクラスになりました……!
それまではクラスが一緒だったのはもちろん、あからさまに鳳凰院の権力使って四年間ずっと隣の席だったというのに……! なんてことだ……すべてこれも、乙女ゲームの強制力だというのか……!
「アホ。そもそも俺に頼る前提なのが間違ってんだよ。もう少し忘れ物減らす努力しろ」
「………だって」
「だってじゃねぇ。次は教科書持ってても、寮まで走って取りに行かせるぞ。いい加減」
……うう、要冷たい。ただでさえ、以前より接触の機会減ってるんだから、少ない接触時間くらいもっと優しくしてくれたっていいじゃないか。
……そもそもクラスが別れたのだって、要のせいなのに。
「要の馬鹿。……なんで、文系コース選択したのよ。要なら、絶対理系だと思ってたから、理系選んだのに」
高校一年までは成績順だったクラス分けだが、二年からはそれに加えて文理の選択も混ざってくる。理系と文系は、混ざることなくきっちりクラス分けされてしまうのだ。
理数系大好きな要なら、絶対理系選択すると思ったから、私も何も聞かずにこっち選んだのに、まさかの結果だ。
「……仕方ねぇだろ。将来会社経営に携わることを考えれば、俺は文系進んで経済と法律学ぶべきだと思ったんだよ」
「じゃあ、そう言ってよ。それなら、私も文系選んだのに……」
「お前は将来考えれば、理数系選んだ方が良いに決まってんだろうが。未だなおらないアホさを鑑みれば、理数系専門知識深めた方が、働くうえで有用だ」
「う………それもそうかもしれないけど」
「それにお前、ガキの頃と違って、今は理数系の勉強の方が好きなんだろ。どうせなら好きな分野に進んだ方がいい」
……それは……確かにそうだけど。
前世でちんぷんかんぷんだった理数系が面白いくらい理解できるのが楽しくて、すっかり理系脳と化としてる自覚はある。せっかくだから、理系コースでもっと深く勉強したいなとも思ってた。
「……だけど、要と離れるくらいなら、数学なんか別に極めなくてよかったのに」
……隣に要がいない。それが、こんなにきついなんて。まだ一ヶ月も経過してないのに、既に結構かなりつらい。
「……ったく。綾華、お前、本当ガキだな。そんなんで、進路選ぶなよ」
呆れたように笑いながら、要がくしゃりと私の髪を撫で、そしてすぐ眉をしかめた。
「……毛先、絡まりすぎだろ。お前、またろくに髪梳かしてねぇな」
「何故ばれたし」
高等部に進学してからは、自立を育む為とか云々で全寮制になったせいで、今まで身嗜みを整えてくれた高井さんの手は借りれなくなった。
わりと最初のうちはきっちり頑張っていたのだけど、一年も経てば慣れてきて、だんだん色々疎かになってきまして………いや、あの、言い訳をさせてもらうと私、ウェーブかかった自然なくせっ毛だからさ? ちょっとくらい、くしゃくしゃでもセットしたように見えるわけでして。ほら、私しかも、自分で言うのもあれですけど、絶世の美女ですし。うん。多少の粗は誤魔化せるというか。
「……ちょっとこっち来い。梳かしてやるから」
「ーーって、要、どこから櫛出したの!?」
「身嗜みとして、櫛くらい常備しているに決まってんだろ。ほら、頭出せ」
……え、それ男子高校生として、普通なの?
女子力高過ぎません? え? 私が低いだけ?
「……って痛い痛い痛い痛い。ちょ、要さん、もうちょっと優しくして! 髪の毛抜けちゃうから!」
「……絡まりすぎだ。全く、どんな寝方したらこんな絡むんだ……。ちょっと待て。さすがにブラシは持ってねぇから、先に手でやる」
……あ、これはちょっと気持ちいいかも。
要の指が、髪の毛の間を通っていく感覚に、思わず目を細める。絡まった髪のせいで、途中何度か指が止まるけど、力任せじゃなく丁寧に解いてくれてるのが伝わってきた。
……なんか、毛繕いされてる気分だな。しかし、これ、要、美容師とかヘッドスパのマッサージ師とかにもなれるんじゃない? ……本当何でもできそうな男だな。要。ちょっとずるい。
「……あー。そういえば今日、新生徒会メンバーの発表だね」
「ああ、そうだな」
「二年の中から人気投票で選ぶシステムって、よくよく考えなくてもわりとふざけてるよねー……まあ、要が生徒会長なるのは、もう確定してるけど。今の要の人気的にも……ゲーム的にもさ」
「……………」
「そうなったら、放課後とか昼休みに、要と過ごす時間取るのも難しくなるよね……。生徒会メンバーは食堂で特別席だし。今日みたいに、朝の休憩くらいしか会えないのかな」
それって、すごく淋しいな、と続けようと思って、やめた。
だって、もうすぐ乙女ゲームのシナリオは始まる。そうでなくても、あと二年で欧洞学園も卒業する。……要が、私のわんこでなくなるまでのタイムリミットはまもなくだ。
高等部を卒業すれば、ようやく要の本当の人生は始まる。竜堂寺の名前にも、与えられた悲惨過ぎる乙女ゲームの設定にも縛られない、そんな未来がきっと要には待ってるんだ。
それはとても喜ぶべきことで。だから、私は今から少しずつ、要が離れていくことに慣れて行かないといけないんだろう。
……本当は泣きたいくらい淋しいけど。くっ……私もついにわんこ離れをする時がきたか……。
「……心配しなくていいぞ。お前は、これからも放課後と昼は、俺と過ごすことになるから」
そう言って、要は粗方手ぐしを終えた髪を、今度こそ櫛で梳かしはじめた。
「いや、どう考えても無理でしょ。任命されたら、特別な理由がない限り辞退出来ない、鬼システムなんだから」
「ああ、『任命されたら、特別な理由がない限り辞退出来ない』システムだから、心配するな」
………何を言ってるのか、分からない。
分からないけど、なんだかとても嫌な予感がするのは、気のせいかな………!?




