アホのこと中等部6
ぽつりぽつりと、スケバンマッチョさんが語りだしたのは、私が知らない要の話。
「ーー初めて会った時の要様は、まるで天使みたいに綺麗なお坊ちゃまだったけど……全身で、他人を拒絶してたよ。まあ、要様の不幸な境遇を考えれば仕方ないことなんだろうね。けれども親父さんに家同士の取引もあるからと言い含められていたのか、直接的に言葉に出して拒絶もできないでいたのが痛々しくてね。……よけいなお世話だとわかっていたが、守りたいと思ったのが全てのはじまりさ」
スケバンマッチョさんの幼児時代……うん、正直あんまり想像できないぞ。まさか当時からマッチョだったわけではあるまい。
……要の方は、なんとなく、想像できるけど。
「要様が、心煩わせることなく生活できるよう、空気を読まずに要様にまとわりつく奴らを遠ざけ……敵意を向けられたら、力でねじ伏せられるように必死で体を鍛えあげたんだ。もともとうちは父も母も元々は凄腕傭兵で、戦闘専門コンサルタントとして一財産を築いた人達だから、二人とも喜んで協力してくれたさ。金持ちのお坊ちゃまお嬢様は、筋肉に対して耐性がない箱入りばかりだからね。直接手を下さなくても、私が要様の周囲で目を光らせてるというだけで、要様に近づかなくなったよ」
ーーいま、さらっとスケバンマッチョさんの凄まじいお家事情が語られたような……いや、突っ込まん。私は、敢えて突っ込まんぞ。
乙女ゲームの金持ち世界なんだから、そういうこともあるよね! うん!
「その内に賛同者も増えたから、私が不在な時も、どんな敵からでも要様を守れるように地獄の合宿で鍛えあげたんだ。その結果が今のファンクラブというわけだ」
……いや、ちょっと待て。要を守るためにしても、ここまでマッチョ軍団作る必要あったんか?
一体どんな敵から守るつもりなんだ?
……ほら、スケバンマッチョさんは家業的にともかく、他の娘は普通の令嬢じゃないの? 筋肉いる?
ちらりと、スケバンマッチョさんの後ろに控えている配下さん達に視線をやると、白い歯を見せて笑いながら、それぞれが筋肉を強調するポージングをしてくれた。
……うん、キレてる。キレてるよ、貴女達。ナイス筋肉! どの娘も、今すぐボディビルディング優勝できそうだ。
………あー、うん。幸せって人それぞれだよね。本人達が良いなら、私が否定する権利はないわ。これ。お詫びとして今度、プロテイン差し入れてあげよう。
「だけど、そんな要様が、二年前に急に変わったんだ。ーー鳳凰院綾華、あんたと会ったことで」
不意に出された自分の名前にドキッとした。
慌てて視線を戻すと、スケバンマッチョさんは苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。……ごめん。正直、ちと怖いと思ってしまった。
「全ての人を拒絶していた要様に、特別な相手ができた。……それは本来は喜ぶことなんだろう。だけど、私はそれが素直に受け入れられなかった」
「……それは、自分が特別になりたかったから?」
「いいや……そんな大それたこと、さすがに思えないさ。私でもできたかもしれないなんて、口が裂けても言えるはずがない。昔の要様を知っているからね……ただ」
「……ただ?」
「ただ………私が要様から人を遠ざけなければ、もっと早くに要様は、あんたじゃない『特別』に出会っていたかもしれないと思うのさ」
スケバンマッチョさんの目元が、きらりと光った。
光線を発したわけじゃ、ない。……泣いて、るんだ。
「要様を守っていたつもりで、逆に幸せから遠ざけていただけだったかもしれない……そう思ったら、どうしようもなくやるせなくて、あんたを素直に認められなかったのさ。……悪かったね。あんたにはそんなの、関係ないことなのにさ」
……うーん。確かに、スケバンマッチョさんが要を幸せに遠ざけていた可能性は否定できないんだよな。
私だって、九年間も要が「孤高」の立場を強いられていたって聞いた時はいじめかと思ったし。
うーん。しかし………。
「……まあ、でも昔のことは、スケバンマッチョさんが、そんなに気にする必要もない気もするんだよなあ……」
「スケ…!? …………え?」
「だって、今まで要はスケバンマッチョさんに特別何も言わなかったわけでしょ? 何だかんだで、一人が楽だったんだと思うよ」
竜堂寺のことはともかく、学園で降りかかる不幸にただ身を任せるほど、要は無能じゃない。
なんせ、精神年齢詐欺な天才児だ。出会った10歳の時点で既に。いくら家同士の交流云々の言いつけがあったとしても、角が
立たないように、状況を打破することなんて簡単だったはず。
それをしなかったということは……つまりはそういうことなんだろう。スケバンマッチョさんが、私が思ったよりずっと良いマッチョさんだと判明した時点で、確信した。
「何だかんだでさ、要は感謝してるんだと思うよ。ファンクラブのみんなに」
ところでさ………ここ来た時からずっと、微妙に開いたまんまなんだよね。屋上の入口。どこかに引っ掛かってるわけでもないのにさ。風が吹いても、ぴたりと同じ状態のまんまで。
「ーーだから、今もそうやって、黙って話聞いているんでしょ? 要。スケバンマッチョさん自身に納得してもらう為にさ」




