生まれた時からアホのこでした
しまった!
あくまで要をわんこ扱いするのは、二人きりの時だけで、対外的にはただの婚約者を演じなければならなかったのに……!
これでは初っ端から、色々前提が崩れさってしまうではないか!
「……このように、うちの綾華は、もう10歳になる年齢だというのにごっこ遊びが好きでね」
お父様が四つんばいの私を立ち上がらせながら、ため息を吐く。
「昨日も使用人に『もうすぐ、私だけのわんこができるのよ! そうなったら貴方はもう、お役御免よ……あ、で、でもわんこは要らないけど、メイドの貴方は必要だからね! 離れたらいやよ』などと言って困らせてまして……」
HAHAHA、お父様、何を言ってるんだい? 昨日までの私は、記憶を思い出してない本来の女帝様な私だよ? そんな子どもじみたこと言うはず………言ってたな。
てかいざ思い返してみると、前世の記憶がないだけで今までの人生まんま幼い私だったな。無意識のうちに、いつかカナメというわんこを飼うとか確信してたし。こう……聡明さとほど遠い、アホな子どもだったような……。
……なんてことだ! 緊急事態発生! 緊急事態発生! 私が前世で読んでいた乙女ゲーム転生小説と、既にそご(漢字わからん)が発生しているであります!
「……い、いえいえ。子どもらしくて、愛らしいお嬢さんだと思いますよ。うちの要とは大違いだ。この子ときたら、家にいる時はにこりともしないのたから」
「いや、大変利発で優秀なご子息だと噂では聞いてますよ! ……そこで、です」
そう言ってお父様は、ガバッと頭を下げた。
ちょ、お父様、貴方は鳳凰院当主様でしょ!
ここは、もう天を見上げんばかりに、ふんぞり返って、命令する場面じゃありませんこと!?
初めて見る低姿勢過ぎるお父様におののく私をよそに、お父様の口から出た言葉はとんでもないものだった。
「あなたのご子息が優秀なのを見込んでお願いします! うちのアホ娘を、鍛えてやってください! もう、アホ過ぎてアホ過ぎてうちの家を継がせられないんです。言うことをあんまり聞かないようなら、多少手を挙げても構いませんから!」
な、なんだとーーー!
「……解せぬ……解せぬぞ……どうしてこうなった」
「おい、アホ。項垂れてないで、さっさと次の課題を……」
「ーーアホって言うなー!」
私は無表情で罵倒した(というか自然にアホを私の呼び名にしようとした)要をキッと睨みつけた。
「私には鳳凰院綾華と言う名前があるのよ! だいたい貴方、格下な家の癖に立場をわきまえなさい! 私は鳳凰院家の一人娘よ!」
「……その鳳凰院家の当主殿に、俺はお前の教育を任せられたんだがな。多少手を上げても構わないと言う許可付きで」
自分でも驚くほどテンプレ小物お嬢様な台詞を吐きながら、ばんばん机を叩いていた身としては、ぐっと言葉に詰まるしかなかった。
……ええ、私だって元大人。そしてテンプレ小物お嬢さんが出てくる小説を散々読み漁った身。
まだ10歳の子どもに諭されなくても、私が有する権力は親由来のものであって、私自身のものでないことくらい解ってますよ?
ゲーム中の女帝様のごとく、自分一人でも立てるぐらい華やかかつ毒々しく花開いていない私には、何の力もないってことは。
……でもさー。それでもさー。
「……それでも、ちゃんと綾華って名前で呼びなさいよ」
固有名詞がアホになることだけは、許せぬ。
本人に悪気はないことは分かってても、やっぱり悪意が露わな呼び名ってさ、あかんと思うのよ。
ただ呼びかけられるだけで、なんか悲しくなるでない。
私の言葉に、何故か要は怪訝そうに眉をひそめた。
「……呼び方なんて、対象さえ分かればどうでもよくないか?」
「よくない! ……まあ、女帝様って畏敬も込めて呼ばれるなら、それも素敵かなとは思うけど、やっぱり蔑む呼び方はいやに決まってるでしょ。アホな私なりに、プライドはあるんだから」
「そんなものか? ……俺は別になんて呼ばれようが構わないけどな」
「……それは貴方が、変なあだ名で呼ばれていないから……」
「家ではろくに名前を呼ばれることなく、妾腹だの、それだの言われているが、気にしたことはないぞ」
「………っ!」
何でもないことのように言う要の姿に、ショックを受ける。
……そうだ。ゲームでは女帝様との対決が第一で、さらりとしか触れてなかったけど、妾腹の要は引き取られた本家で冷遇されているんだった……本家の息子より、優秀過ぎるが故に。だからこそ、半ば売り飛ばされるようにして女帝様の犬にされたわけだ。
……なんてこったい。今になって、要を犬に出来ると浮かれてた罪悪感が沸いてきたぞ。
家族に恵まれない、かわいそうな男の子を犬に調教する、見かけは子ども、頭脳は大人なんて、鬼やん。鬼畜な人でなしじゃん。
……ああ、私はなんてひどいことを……
「まあ、アホなお前の考えを完全に一般化もできないか。脳構造からして、違うからな」
ーー前言撤回。
こんの、くそ餓鬼! まだ、アホ言うか!
こうなったらもう、絶対犬に調教してやる!
「……じゃあ、こうしましょう」
私は要に向かって、女帝様の威厳をもって、びしりと指をさす。
「うん?」
「誰が貴方を何と呼ぼうと、私は貴方を要と呼び続けるわ! で、呼ばれ慣れてるうちに、貴方は絶対要と呼ばれるのが、嬉しくなるはず! そうなったら、貴方もちゃんと私を綾華と呼びなさい!」
わんこを懐かせる第一歩として、自分の名前を認識させるのは重要なのである!
まあ、名づけは親の仕事だから諦めて、私は飼い主として責任を持って要に自分の名前を教え込もう。
それこそが、私の女帝様人生の第一歩なのだー!
「……だから、俺は呼び方なんて、どうでもいいと」
「どうでもよいなら、私の呼び方だってアホじゃなくていいじゃない! いーから、約束!」
無理やり要の手を取って、小指と小指を絡める。
要は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「……何しようとしてるんだ?」
「指切りよ? 知らない?」
最近の子どもは指切りもしらんのか。古き良き日本の風習?が忘れられるなんて、実にけしからんな。
これはお姉さんが(おばさんとは言わせぬ)教えてあげねば。
「約束の時に、こうして指を絡めて歌うのよ。『指切りげーんまーん、嘘ついたら針千本のーます』」
「……飲まないぞ、俺は。そんなもの」
「じゃあ、約束破っちゃだめよ。はい、指切ったー! もう撤回できないからねー」
べーっと舌を出してから、女帝様らしく不敵に笑ってみせる。
「絶対名前で呼ばれて嬉しいって思わせてみせるんだから、覚悟しなさいっ!」
さあ、わんこの調教だ!
「……どうでもよいけど、お前さっきからスカートの裾、机に引っかけてめくり上がってんぞ」
「のおお! レディとして、何たる失態……! というか、そういうことは、もっと早く教えなさい!」