アホのこと罪3
ここはどこ? 私はだあれ?
ーーここは私の家。私は鳳凰院綾華。
本当に私は鳳凰院綾華? 前世の私は誰?
ーー少なくとも、この世界に生きてる鳳凰院綾華は私だけ。前世の私は……あれ、名前なんだっけ。まずい、今初めて気が付いたけど、乙女ゲームの記憶は明確なのに、前世は断片的な記憶しか思い出せない……! 何これ、怖っ! いつの間にか今生の自分に浸食されてるじゃん! 怖っ!
……ああ、まあ、でも、いーか。どうせ前世には戻れないなら、懐かしい人とか覚えてない方が良いし。
……えーと。で、あれ、なんの話してたんだっけ? 相対性理論? 進化論?
「………つまり、簡単に言えばだな」
完全に置いてきぼりを食らっている私に苦笑しながら、要は再び私の頭に手を置いた。
「ーーお前はお前だ。綾華。それでいい。それ以上深く考えるな。神にどんな意図があったにしろ、生まれたからにはただ与えられた生を生き抜くしかないんだ。だから、お前はただ、思うままに生きればいい。役割だとか罪だとか、よけいなことは考えるな」
今度の要の言葉は、すとんと胸に落ちてきた。
……さすが、要。理解できないことを、噛み砕いて教えるのがうまい。
一拍遅れて、じわじわと温かいものが胸の奥に広がってきた。
「……もし、私が誰かの人生を奪ってたとしても、要は私を許してくれるの?」
「許すもなにも……俺はお前じゃないお前なんか知らないし、興味もない。……だいたいお前が、その本物の女帝様とやらだったら、俺は今以上に地獄じゃないか。アホなお前だから、簡単に丸めこめていいんだ。絶対有能になってくれるなよ」
「そういう意味!? てか、アホ治せと言ったり、そのままでいろって言ったり、要さ、意見ころころ変わり過ぎじゃない?」
「臨機応変に言葉を変えてるだけだ。正確には『俺に迷惑を掛けない程度のアホでいろ』ということだな」
「ーーこの、俺様帝王めー! 陰ではヘタレ犬って渾名されてた癖に」
「ふん。それはゲームの『竜堂寺要』の話だろ。俺じゃない」
いつものように要とじゃれ合ってたら、なんかもう、これでいい気がしてきた。誰が許してくれなくても、要が受け入れてくれるなら、もういっか。
私どうせアホだから、難しいこと考えても分からないし。
暗いことを悩むよりは、楽しいことだけ考えていたい。
……よし、もし私が人生奪ったことを断罪される時が来るなら、その時はその時だ!
いつか本物の女帝様から責めたてられるんじゃないかとか、生まれてきたことが間違いだったとか、よけいなことを考えるのはやめて、「鳳凰院綾華」の人生を楽しもう!
もしかしたら本物の「女帝様」の魂だって、私が入るはずだった平凡な(悲しいかな、前世の自分を考えるとハイスペ美女ではないだろう……ごめんね、女帝様)器の中で、表は凡庸中身はドエスなギャップライフを満喫しているかもしれないし。うん!
だから、今はとりあえず
「……隙ありっ!」
「……っ」
要が油断した隙を狙って、その体にぎゅっと抱きついた。
……おや、要さん。なまっちろいモヤシに見えて、存外体鍛えてんね。勉強ばっかりしてんのに、いつ運動しているんだ。いつ。これも全て、ヒーロー補正だと言うのか。
そのまますぐ振り払うかと思いきや、なんか目を見開いて固まってらっしゃるので、そのまま人肌を堪能することにする。
要の意志など知らん。飼い犬に抱き締める許可を求める飼主がどこにいる。
「……ありがとうね。要」
顔を埋めてしまったせいで、要のシャツが濡れてしまった。
全く涙と言う奴は、嬉しい時でもこぼれてくるから、けしからんな。
「すごく、救われた気分だ。……私は要に助けられてばっかりだなあ」
勉強やマナーだけじゃなく、メンタルケアまでしてくれるとは……要は本当は経営者よりも、執事とか秘書が向いてるのかもしれない。
だから、本当は腹違いのお兄さんの右腕になるのが一番なのかもしれないけど……まあ、現時点の確執考えると無理だな。というか、私が嫌だな。要に生まれて来なければよかったなんて言う人、例え将来的に改心したとしても、要の傍にいさせたくない。
……お父様、要を気にいっているみたいみたいだし、将来的に副社長的ポジションで鳳凰院の会社で雇ってくれないかな。
そしたら、要が私のわんこを卒業する時が来ても、何かしら関わることができるのに。
「ーーー」
要の未来に思いを馳せていた私は、要が小さく呟いた言葉をちゃんと聞き取れなかった。
「え?」
「何でもない……それより、いい加減離れろ。勉強……は、いい加減先取りする単元もなくなってきたから、チェスでもやるぞ」
「わあい、チェスチェス~! 現在32連敗中だけど、今度こそ私が勝つからね!」
「……お前、思ってることを顔に出し過ぎなんだよ。もっとポーカーフェイス練習しろ」
……聞き間違いだったんだろうか。いや、多分そうだろう。
『救われているのが、お前だけだと思うなよ』
なんて、要が言う理由ないしな。私、アホで要に迷惑かけてばっかりだし。