アホのこと罪
「……やだ。要。イケメン過ぎて、惚れちゃいそう」
胸がトゥンクとしたよ! トゥンクと!
つまり、これ、あれよね。【世界中の人が嘘だと君を否定しても、それが真実である限り、俺は信じる】っていうイケメン台詞よね! ……まあ、でも嘘ついた場合は信じてくれないから、絶対的な肯定してくれるわけじゃないけど。
よ、要! さすが「箱庭の虜囚」のナンバーワン人気ヒーロー! メインヒーロー要素ばっちりだね!
「……綾華」
「うん? なに、要」
「俺にお前の嘘は通じないって言ってるだろう? ……下手な演技をするな」
「え? 何をおっしゃるの要さん。私は演技なんて……ぶふっ」
……三度目ー! 三度目のタコさん口来ましたよ! 二度あることは三度あると言いますが、やり過ぎでしょ!
タコさん口にされたまま、無理矢理要の方に向かされた私は、上目遣いに睨みつけることで抗議する
……あれ? ちょっと待て? 想像したら、今の私の顔かわいくない? 涙目で上目遣いで、口ぷーってしてる感じじゃない?
要よ、さあ、私の可愛さに、頬を赤らめてくれて構わないんだよ! さあ!
「何が、演技をしてないだ。アホ。アホならアホらしく、素直に感情を表に出せば良いんだよ」
思わず目を背けたくなったけど、頬を掴む要の手が、それを許してはくれなかった。
……意味が、わからない。
要が、何を言いたいのか、わからないよ。
「……そんな泣きそうな目をしてる癖に、いつも通りなふりをするな」
泣きそうに見えるなら、それはきっと、ほっぺを潰す要の手が、痛いからだ。
それと、要が私の荒唐無稽な話を信じてくれたのが、嬉しい。
だから、要。要が、そんな顔する必要なんて、ないんだよ。
ーーなんで、私を泣きそうだっていう要の方が、今にも泣きそうな、苦しそうな顔をしているの。
「ーー綾華」
「………………」
「……俺に、隠しごとはするな」
そのひと言を耳にした瞬間、胸の奥に鎖でぐるぐる巻きにして封印していた箱の鍵が、カチリと開くのが、分かった。
最初に記憶を取り戻した瞬間から、考えないようにしていた、見ないふりをしていた感情が、胸から溢れ出す。
要が、私の荒唐無稽な話を信じてくれた時、私はうれしかった。
だけど、同時にとても怖かった。
いっそ、嘘だと笑い飛ばしてくれれば、よかったのにとすら思った。
だって、要は「転生者」じゃ、なかったから。
私と同じじゃ、なかったから。
「……要」
要が頬から手を放した瞬間、ポロリと目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
この涙は、いったいどういう意味の涙だろうか。
恐怖だろうか。罪の意識だろうか。……それとも、ただの自己保身なのだろうか。
「要が、さ……要が私の話を信じてくれたならさ、聞きたいことがあるんだ」
「……言えよ。何でも。今さらだ」
「あのさ……要さ……」
怖い。逃げたい。言いたくない。
私の「罪」を、明確な形にしたくない。
でも、それでも要が、聞いてくれるというなら。
……私を、否定しないでくれるなら。
「ーー私が【女帝様】の人生を、奪っちゃったと思う?」
私の「告白」を、聞いてほしいと思う。
前世の私は、乙女ゲーム転生の物語をネットで見るのが、好きだった。
正規ヒロインや、悪役令嬢に転生して、本来のキャラクターに定められた運命をぶち壊す。
かっけー! と、素直に憧れた。特に不遇な立場に立たされたキャラクターが、自分で運命を切り開いていく様はきらきらして見えた。
だけど、ハマッてたくさんの小説を見れば見るほど、一つの疑問が胸に湧き上がってきた。
「主人公の元になったキャラクターはどこに行ってしまったの?」
物語によって、それが説明されているものと、されてないものがあるから、よけいにモヤモヤは増した。
だけど、結局それはフィクションの中の世界のことで。結局は作者さんのさじ加減でしかなかったから、私は敢えてそこは考えないようにしていた。考えずに、単純に物語を楽しむべきだと思ったから。
だけど、実際自分が本当に乙女ゲームのキャラクターに転生したら、その重みは全然違った。
救いがあるとするなら、記憶を取り戻す前の私も、記憶がないだけで紛れもなく私だったこと。……少なくとも、この世界で生きてきた「女帝様」は、生まれた時から私だけだ。誰かの人生を、途中から引き継いだわけではない。
それでも、やっぱり、本来私として生まれるべきだった女帝様の魂は、別にあったんじゃないかって。女帝様の人生を、奪ってしまったんじゃないかって。そんな疑念はいつだって、胸の中にあった。
だから、要が転生者かもしれないかと思ったら、すごく救われた気分だった。
仲間がいるって。人の人生を奪ったかもしれない「共犯者」がいるって。……同じ罪を、共有できる存在がいるってことが、うれしかった。
だけど、要は、正真正銘な本物で。
しかも、浮かれた私のアホで不用意な発言のせいで、私が「偽物」だと知ってしまって。
足もとが、崩れたような気持ちになった。
自分が世界で、一人だけになったような気分だった。
鼻水と涙で顔をぐちゃぐちゃにして、みっともなくしゃくりあげながら告げた私の告白を、要はただ黙って聞いてくれた。
そして全て話し終わると、大きくため息を吐きながら、私の頭に手を置いた。
「……本当、お前はアホだな。綾華。そんな考えてもどうしようもないことに頭を使うなら、アホを治す方に使えよ」
辛辣な言葉とは裏腹に、私の頭を撫でる要の手は、優しかった。