討伐依頼
2巻が11月10日に発売します。予約受付中ですので、よろしくお願いします。
ダンジョンから魔物が地上に出るのは希だと、健人と出会ってすぐの頃にそう言ったのはエリーゼだった。そんな常識を覆してしまうほどの魔物が、世界各地に発生していたダンジョンから解き放たれ、人類に襲いかかり、陸上と海中に進出した。エリーゼを始めとした、異世界人の故郷と同じ状況になったのだ。
魔物が世界中に生息するようになれば、混乱は避けられない。インフラなど重要な施設は破壊され、生活の一部は一昔前の水準に戻ってしまうほど被害は甚大だった。
さらに海に住む魔物によって船が襲撃されるようになると、運輸コストは跳ね上がり、今まで通りにはいかなくなる。輸入に頼っていた物資は不足して、快適で便利だった暮らしは終わってしまった。
当然、人類もこの危機を黙って見ているわけもなく、武力を持って抵抗している。
街や村などを襲う魔物から守るために、魔法が使えるダンジョン探索士が戦っていた。物資の補充が必要最低限で済む彼らは便利屋として扱われ、魔物討伐に駆り出されることも多い。人のために役に立てることからも、積極的に引き受ける人もいるが、さすがに命の危険を感じるほどの難易度の高い討伐は別だった。
誰も依頼を受けず、自然と政府と関係の深い人物へとたらい回しにされて、実戦経験と知識が豊富な健人とエリーゼが住むゴーレム島に送られていた。
「誰からの手紙?」
エリーゼはコテージの外に備え付けられたベンチで、便せんを見つめている健人に声をかけた。
「名波議員」
そう言いながら手紙から目を離して顔を上げる。その声は決して楽しそうなものではなく、むしろ深刻なものだった。
「またなの?」
エリーゼは小さな溜め息をついた。
地球上に魔物が定着してからというもの頻繁に連絡が届いているからだ。それでもダンジョン運営に関わることであれば文句はないが、最近はダンジョンとは関係のない魔物の討伐依頼ばかりだった。
「燃料を気にしないで移動できる人は貴重だからね。依頼が来てしまうのは仕方がないよ」
当然のように石油の輸入も制限されているため車を始めとした一般的な移動手段は制限されていた。電気も不安定なため電車も動かない日の方が多く、目的地に移動するのに数日かかることもある。
だが何事にも例外があり、それに当てはまるのが健人だ。
もちろん政府から貴重な車を提供してもらうわけではない。その答えは、研究所ができてからヴィルヘルムと所員が設計・改造していた健人のクルーザーにあった。
燃料がガソリンから魔石に変わっているのだ。ウッドドール程度の魔石であれば1個で数時間動かし続けられるように改造されている。さらにゴーレムダンジョンを運営しているので魔石は簡単に集まる。燃料切れの心配は一切無い。
そのうえクルーザーの室内にはベッド、シャワー、冷蔵庫などが完備され長時間の運転も可能。ヴィルヘルムの手によって最大40ノット近くまでスピードが出せるようになったので、魔物が近づく前に逃げることも可能だ。また仮に魔物が船内に侵入されたとしても、戦いになれた健人とエリーゼがいれば撃退することもできる。
海洋に限定されるが、個人で高速移動できる手段を持った健人は、政府にとって非常に使い勝手の良い駒であった。
「そうね……で、今度はなんて言ってるのかしら?」
「3mほどの鬼——オーガーを討伐してほしいだって。3体いるのは確実らしい」
「危険な魔物じゃない。気軽に言ってくれるわね」
オーガーは緑色の肌に筋肉質な巨大な体。額には短い螺旋状のツノを生やした魔物で、ゴブリンといった弱い魔物ではない。驚異的な身体能力によってダンジョン探索士が一方的に殺戮され、無視できないほどの被害がでている強力な魔物だ。
「まさか、健人ならどんな魔物でも倒せると思い込んでいるのかしら。あの女の頭の中は空っぽなの? それとも健人が優しいからって調子に乗っているのだったら、今度会ったときにお仕置きね」
エリーゼはここには居ない名波議員に嫌味を言うが、それだけだ。
当然のように日本にも魔物は地上に進出している。襲撃事件は各地で発生しているため人手が足りず厳しい状況が続いているので、この依頼は断れないと理解していた。
「はぁ、文句はここまでにしましょうか。で、近くにオーガーが出るようなダンジョンなんてあったかしら?」
幸いにも日本に存在しているダンジョンは新宿とゴーレム島だけで、全て発見済みであり適切に管理されていた。また島国でもあるので大陸から魔物が歩いて移動することも出来ない。その結果、他国と比べて内陸地で見かける魔物は少ない。
そんな日本で陸地に適応した魔物が出現したら、可能性の高い答えは一つに絞り込める。
「ない。日本は海から出てきた魔物ばかりだからね。だから、未発見ダンジョンが発生したんじゃないかって考えているみたい」
「未発見ねぇ……場所はわかっているの?」
「富士の樹海らしい。魔物が出てからアウトドアに出かける人は減ったから、あそこなら未発見の場所があっても不思議じゃないよ」
青木ヶ原樹海とも言われる富士山の麓に広がる樹木の多い深い森だ。遊歩道などもあったりはするが人の立ち入らない場所も多く、人知れずダンジョンが発生しても不思議ではなかった
「で、依頼は受けるのよね?」
「うん。ダンジョンを発見した時の報酬が桁違いに良いからね」
「私も一緒よね」
「当然! 今回も一緒に行こう。エリーゼのサポートがあれば、万が一も起こらないからね」
「それを聞いて安心したわ。礼子に留守にすることを伝えてこなきゃ」
先ほどまで不機嫌そうな顔をして居たエリーゼだったが、久々に健人と移動ができることが分かるといっきに笑顔へと変わり、飛び跳ねるように歩き出すとゴーレム事務所へと向かっていく。
「観光するわけじゃないんだけどなぁ」
健人は仕方がないなと笑い頬をかく。
これからデートに出かけるのではないかと錯覚してしまうほど、浮かれている姿を見送るしかなかった。




