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無人島でエルフと共同生活  作者: わんた
パラダイムシフト
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変わらないで

 市場に到着した健人は、ボディランゲージを駆使して売れ残っていたバナナを一房購入すると、すぐにホテルへと向かった。


「どこにいったんだ?」


 周囲を見渡すと、エリーゼの姿は見えないが、誰かを取り囲む人だかりができていた。


 健人は奇妙な集団に興味を持ったが、まずはエリーゼを探す方が先決だと思い直して、受付に向かって歩き出した。


「待って!」


 先に進むために集団に近づくと、人だかりが二つに割れてエリーゼが飛び出す。

 勢い余って、健人に衝突してしまった。


「エリーゼ! 何があったんだ?」

「あの人間たち、≪ファンです!≫って、うるさいのよ」


 大きなため息をはいたエリーゼの表情は疲れ切っていた。


 今も少し離れた場所で二人を眺めている集団は、SNSで有名になったエリーゼのファンたちだ。


 人間に囲まれて動揺しながらも必死に、魔物の写真を見せながらジャングルの危険性を伝えていた。そのかいもあって、頼まれていた仕事は既に終わっている。


「必要なことはだいたい伝えたわ」


 そう言って、エリーゼは後ろを指差す。


「信じてもらえた?」


 彼女のファンだと名乗るだけあって、話は聞いてくれた。

 SNSや知り合いにも伝えてくれた。

 だが、それだけだった。


 エリーゼは無言で頷くが、その表情は暗い。


「ここから逃げ出す人間が何人いるか……」


 話を聞いたからといって行動するとは限らない。自分だけは大丈夫、まだ余裕はあると、危険を過小評価する人間は大勢いる。


 現に、エリーゼを見ているだけで避難しようとしない。健人と現地の人間とでは、危機感に圧倒的な差があった。


「それなら、みんなが信じるまで――」

「健人。それ以上は言わないで」


 健人に話しかける彼女の瞳は、どこか不安げに揺らいでいた。

 どうか、優先順位を間違えないで欲しい。

 そんな心の声が漏れ出しているようだ。


「その考え、行き着く先は破滅しかないわよ。必要な情報は伝えて、やれることはやったわ。これから先はこの地に住む人たちの役目よ」


 個人が、この地にいる全ての人間を救うことなど不可能だ。引き際を見誤れば、失うのは自分の命だけではない。周囲にいる仲間の命も危険にさらされる。


「…………」


 もちろん健人もそのことは理解しているが、目を閉じれば浮かんでくる惨劇が判断を鈍らせていた。


「私も考えが甘かったわ。この依頼を受けた時は、ここまで被害が大きくなるとは思わなかったの。まさか同じ場所にダンジョンが複数も発生して、魔境化しているなんて……辛い思いをさせてしまって、ごめんなさい」


 フロアボスを倒した二人なら、大抵の困難は乗り越えられる。そう思っていたエリーゼは、名波議員の依頼に反対しながらも、頭の片隅で「私たちなら大丈夫」と考えていた。健人の説得にあっさり納得したのもそのためだ。


 だが実際は、想定した状況より少し悪い程度ではない。


 ジャングルは想像の遥か上をいくほど危険だ。「健人に嫌われたとしてもベテランの私が止めるべきだった」と、ずっと自らを責めていた。


 だがそれは健人も同じだ。


「誰が悪いと言ったら、俺だよ。偉い人におだてられて、自分ならこれ以上の犠牲は出さない。そんな根拠のない自信に取り憑かれていた。もっと言うなら、命のやり取りをする意識が低かったんだ。ここにいる人たちのようにね」


 健人が依頼を断れば別のダンジョン探索士が派遣されていたのは間違いない。そしてエリーゼが交渉の場で叫んだ通り、死ぬ可能性が高かった。健人はそれに耐え切れず。依頼を受けてしまったのだ。


 もちろん健人の中では勝算はあったが、ベテランのエリーゼが見誤るほどの状況下において、そんなものに意味はなかった。


「命の危険の前に、優しい性格なんて邪魔だったんだ。他人を犠牲にしても危険から遠ざかる。それが無理なら、どんな汚い手段を使ってでも乗り越えるべきだったんだ……俺に必要だったのは、あの時のような判断が下せる、冷徹な意志だ……」


 声のトーンが落ちて、自分を呪うように言葉を吐き出す。


 集落に住む人間を見捨てて、エリーゼと自分の命を優先した。そして、またここで決断を迫られている。もう見捨てたくないのに、状況がそれを許さない。


 極度のストレスが健人を追い詰める。人を簡単に見捨てられる、冷徹で、他人の死に無関心になる人間へと変わろうとしていた。


「それはダメよ」


 エリーゼは手を伸ばして、両手で健人の頬を触る。


「健人が依頼を受けたのは正解よ。例えそれが、優しさに付け込まれた形だったとしてもね」


 瞳に涙をためたエリーゼは、健人の顔を引き寄せて耳元で囁く。

 もう周囲のざわめきは聞こえない。二人の世界が完成していた。


「私は健人が手を汚した時から、ずっと後悔していたの。あなたを悪い方向に変えてしまったのではないかって。どうかお願い。自分を責めないで。否定しないで。私は、あなたの人の良さに救われたのだから」


 それは家族の無事を神に祈る少女のような声だった。

 健人が返事をする前にエリーゼは、さらに言葉を重ねる。


「でもね。優しい人ほど早く死んでしまうの」


 周囲から無茶な任務を押し付けられて死んだ。

 魔物から仲間をかばって死んでだ。

 自らの体を差し出して死んだ。


 エリーゼに優しくして、そして死んでしまった人物の姿を重ねていた。


「だから私は、身勝手なエルフになって健人を守るのよ」


 今度は自分が優しい人を守ろう。そう決意して、エリーゼは健人の頬から手を離した。


「どうするの?」

「伝えることは伝えたわ。個人でできることはないの。だから諦めなさい。もう逃げる時間よ」

「…………」

「それとも、この人たちと一緒に、私も魔物に食い殺されていいの?」

「…………」

「救ってくれた健人が、今度は私を殺すの?」

「…………」

「彼らと私、どっちが大事なの?」


 健人は目を閉じて、ここに留まったパターンを想像する。市民を守るため警察と連携して魔物を倒す。上手くけば1日ぐらいは持つかもしれない。だがそれは、1日延命しただけだ。


 各地で魔物が襲ってい状況で援軍は期待できない。陸の孤島であるマナウスでは、脱出も困難だ。戦い続ければ弾薬は尽き、人々は魔物に捕食されてしまう。その場に残っていた健人やエリーゼも、当然のように同じ運命をたどることとなる。


(こんなことでエリーゼを失うことだけは、受け入れられない。俺は何のために集落を見捨てたんだ!)


 苦渋の決断だった。自分にもっと力があればと心中で想い、諦める。

 それを何度か繰り返し諦めがついたところで、ようやく健人は口を開いた。


「…………ゴーレム島に戻ろうか」

「優しい健人は私のワガママのために、ゴーレム島に戻るのよ。全ては私の責任。それだけは、忘れないでね」


 今度はエリーゼが健人を抱きしめる。


 周囲から冷やかすような、ざわめきが聞こえる。いつの間にかエリーゼと健人を囲むように人だかりができていたのだ。


「ち――」

「健人さん! 戻っていたんですね」


 健人が何かを言いかけようとした瞬間に、人混みを掻き分けるようにして、鈴木が輪の中心に入った。


「こっちはバナナ一房しか手に入りませんでした」

「我々の成果はこれです」


 エリーゼとの会話を諦めた健人は、手に持ったバナナを見せる。

 それを見た鈴木はニヤリと口元をあげると、水や食料が溢れ出そうになっているビニール袋を見せつけた。


「これで準備は終わりましたね。鈴木さん。ここから抜け出したら、ジェット機やヘリでもチャーターして一刻で早く戻りましょう」


 気持ちの整理は終わっていないが、今は行動するときだ。


 そう考えた健人は、三人を引き連れてボートに乗り込むと、アマゾン川の先にあるベレンへと向かう。


 そこで魔物の手が伸びていない空を使って、ゴーレム島に戻る予定だった。

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