アマゾン探索2日目
ロングソードを使ってサラマンダーから鱗を数枚,剥ぎ取る。さらに魔石を取り出そうとするが、血の臭いに敏感な魔物と遭遇するのを避けるため、全ての魔物から魔石を取り出す時間はない。
健人は仕方なく魔石を1つだけ取り出すと、すぐさまその場から離れる。
「最低限のものは手に入れたから行こう」
「そうね……」
巨大クモはどのような魔物なのか調査したかったエリーゼだが、後ろ髪を引かれる思いでその場を立ち去ると決める。
「さっきの集落に戻る?」
「もう少し奥に進みましょ」
ジャングルは魔境となっているが、幸い昆虫系の魔物は近寄れない。撤退判断を下すにはまだ早いと、エリーゼは考えていた。
2人は、周囲を警戒しながら無言で歩く。奥に進むにつれ、巨大なアリなど様々な昆虫型の魔物を目撃し、さらに高濃度の魔力によって魔物化した食虫植物が、ジャガーを捕食する姿を見る。
魔境に踏み込んだ2人は、混沌とした生態系を肌で感じていた。
「高濃度の魔力で魔物化した魔物ばかり。ダンジョンから出てきた魔物は少ないし、恐らくここは魔境の外縁部ね」
目的の集落まであと少し。そんな場所で2人は短い休憩をとっていた。
「これで外縁部……奥はもっと混沌としているのか……」
「奥に行けば、ダンジョンから出てきた魔物が大量にいるはずよ」
「難易度は奥地の方が高いよね?」
「もちろんよ。強力な魔物ほど、魔力濃度が高い場所を好むのよ。魔力によって変質した生物程度じゃ生き残れないわ。当然、私たちもね」
「奥地で住んでいる人たちの生存は絶望的か」
「そうね。次の集落を確認したら引き返すわよ。出来ればその前に異世界人を見つけたいのだけど……」
「難しいだろうね……」
ダンジョンとセットで発見される異世界人。ダンジョンが複数出現しているのであれば、異世界人も複数こちらに来ている計算になる。さらにミーナの事例を考慮すれば、その数はダンジョンより多い可能性もある。
だが転移したばかりの異世界人が、魔境で生き残っている可能性は低いと、2人は予想していた。
「それでも出会えるとしたら、この外縁部よ。次の場所で何もなければ、周辺を少し調べてから撤退しましょ」
魔物の存在を証明する写真、魔境という情報、これらがあれば十分な成果と言える。後は外縁部との境界線を大まかに把握すれば、初期の探索としては完璧だ。
魔境の存在を確認できた以上、拡大を阻止するために魔物を間引く必要はあるが、それは健人やエリーゼの仕事ではない。
「異論はないよ。エリーゼの考えに従う」
今回の探索ではエリーゼの指示に従うと決めていた健人は素直に同意する。
状況の整理が終わると、2人は集落に向けて歩き出したが、5分も経たないうちに立ち止まることとなった。
巨大なクモとアリの魔物が争い、捕食しあっている場面に遭遇したからだ。そんな特撮映画のような非現実的な光景を、2人は木の陰から観察していた。
「最悪……こいつら、食べるために争っているわ」
「さっきもサラマンダーが、クモを食べてたよ?」
エリーゼはジャングル内の状況が悪いことを即座に理解する。
「死体を漁るのと、争うのでは意味が違うわ。エサとなる動物が居なくなったから、仕方なく魔物同士で争っているのよ」
「ん? それって、もしかして……」
「そうよ。魔物が魔境から一斉に飛び出す――氾濫が、もうすぐ起きるわよ」
ダンジョンが同じ場所に複数発生して魔境化する。その結果、生物は魔物化する。そのスピードはエリーゼの予想を大きく上回っていた。
「見つからないように、ゆっくり離れるわよ」
氾濫には、まだ猶予はあると考えたエリーゼは、当初の予定通り奥に進むことを選んだ。
健人は無言でうなずき、足音を立てずにその場を離れた。
目的の集落が見えてきたのは、それから2時間ほど歩いたころだった。
2 人の前には、地面がむき出しになった広場が見える。集落の周辺には獣を避ける柵があり、その外側には、無数にある木の棒が突き刺さっており、緑色の液体が塗りつけられていた。
「魔境の外縁部とはいえ、集落が残っているとは驚いたわ」
2人は木々が途切れるギリギリのところで身を隠し、隙間から集落を観察している。
柵の中には木製の建物がいくつも見え、破壊された形跡もなく、その数から数十人は生活しているとエリーゼは推測した。
「煙が上がっているけど、家が燃えているようには見えないね」
建物が焼けているにしては、煙が細すぎる。木の枝を数本焼いている程度の勢いの少ない煙だ。当然、自然界で発生するような火事とも違う。
「ということは、人がいる?」
「昆虫型の魔物が火を使うことはないわ。サラマンダーなら周囲を焼き尽くしてしまうし、原住民が生き残っている可能性の方が高いわね」
「でも、どうやって?」
健人が疑問に思うのも当然だ。現代兵器を持っていない原住民が、魔境で生き残れる可能性は限りなくゼロに近い。唯一生き残れる手段は魔法であるが、その場合、魔力に気付くためのきっかけが必要だ。
さらに正しい使い方を理解する知識と時間もだ。知識が全くない状態から、魔法が使えるようになるためには、ジャングルが魔境化する以上の時間が必要となる。
「きっと、異世界人が魔法を教えたのよ。私が健人に教えたみたいにね」
必要な時間を短縮する唯一の存在が異世界人だ。ジャングルには間違いなく、ダンジョンがいくつかあるのだ。そのうちの数人が、この集落を拠点にしていても不思議ではない。
原住民が自らの力だけで魔法の使い方を覚えるより、現実的な考え方だった。
「魔法を使える程度で、魔境の中で生活できるものなの?」
「難しいわね。でも不可能じゃないはずよ。実際、生き残りはいるみたいだし」
エリーゼが指さした先には、一人の女性がいた。褐色の肌に長い黒髪。顔には赤や黄のラインペイントが施されている。腰に赤い布を巻いているだけのトップレス姿だ。
原住民と思われる女性の手にはツボがあり、緑色の木の棒に液体を塗っていた。
「どうする?」
「決まっているわ。異世界人にご対面しましょ。健人は、ここで待ってて」
この場に住んでいる異世界人であれば、魔境についての詳細な情報が手に入る。リターンとリスクを天秤にかけ、エリーゼは接触することに決めた。
エリーゼは、健人から十分離れた場所に移動してから立ち上がり、液体を塗り付けている女性に向って歩き出す。
『止まりなさい! これ以上、近寄ると攻撃する!』
エリーゼの足音に気付き、女性が振り返る。魔物ではなく、人間だったことに安堵の表情を浮かべる。だがそれも一瞬の事。いつでも逃げ出せる体制を取り、エリーゼに警告をした。
『魔物の調査に来たものよ。詳しい状況を聞きたいんだけど、村に入っても良いかしら?』
女性が使う言語は、健人にとっては理解できないものだったが、言語チートを持つエリーゼには関係なかった。
両手を上げて、ジャングルに来た理由を告げる。
『どうやって、ここまできた?』
何も考えずに質問をした女性は、一度首を横に振り、
『いや……なぜ、ここまでこれた?』
改めてエリーゼに質問をする。
『あなたたちと同じ方法よ。虫除けの道具を持っているの』
答えに納得した女性の表情が少しだけ和らぐ。
『外部の人間との会話は許されていない。ボスを呼ぶ』
そういうと女性は、口をすぼめて音を出す。
エリーゼはその行為をしばらく見守っていると、集落の奥から一人の男性が出てくる。
服装は女性と似たような恰好だが、色白の肌に金髪。それだけで原住民とは種族が違うことが容易に分かる。さらに頭にはライオンのような丸い耳と、先端に丸い塊のある細長いしっぽがあった。
『お前、エルフか? こっちの世界にも居るもんなんだな』
突如現れた獣人の異世界人は、エリーゼの姿を見て驚きと共に鋭い眼光で睨んでいた。




