アマゾン出張
充実した休日を過ごした翌日。健人とエリーゼは、ついに南米アマゾンに向けて旅立つ日になった。
生還者が一名しかいない、危険な探索に向う。そんな健人とエリーゼを見送り、無事を祈るため、休日を過ごしたメンバーが集まっていた。
「あとは我々に任せてください」
ゴーレム島と本島を行き来する朝一番の定期船が、もうそろそろ来る時間だ。
全員を代表して、梅澤が発言する。他のメンバーも同意し、小さくうなずいていた。
「ダンジョンの運営で困ったことがあれば梅澤さん。探索士のケンカや魔物関連のトラブルは礼子さんに報告して、指示を仰いでください」
個別に話してはいたが、この場で改めて指示系統を明確にする。
そんな健人の言葉に、礼子がピクリと体を動かし、不安そうな表情を浮かべているが、健人はあえて見ないことにする。
「これを持っていけ」
健人と梅澤の事務的な会話が終わると、ヴィルヘルムが小袋を投げつける。
慌てて両手で受け取り、中を開けると、先日もらった魔石爆弾がぎっしりと入っていた。
「お守りだと思って、2人のポーチにでも入れておくんじゃ」
他人のために行動することに慣れていないヴィルヘルムは、恥ずかしさのあまり、横を向いて不愛想な態度をしてしまう。
「ヴィルヘルムさん……」
危険なものを投げつけないでください。そんな言葉を飲み込んだ。自分のことを心配してくれたのだ、文句を言うのは筋違いだろうと健人が思い直す。
「ありがとうございます」
ヴィルヘルムに頭を下げる。
「これを半分渡すよ。使い方は分かるよね?」
エリーゼの方を振り返り、小袋の中から魔石爆弾を取り出す。「当然よ」と、健人に近づき、
「あ、待ってください! 私も渡したいものがあります!」
お互いに分け合おうとしたところで、ミーナから声がかかった。その手には、ヴィルヘルムと同じように小袋がある。
「アマゾンには、危険な虫も多いと聞きました。直接、探索に役に立つものではありませんが、鬱陶しい虫を退ける程度の効果はあると思います。もしよければ、私の虫除けも持っていきませんか……この前お見せした物より強力ですから……」
予防接種していようが、病気を媒介する蚊に注意しなければならない。刺され、痒さのあまり集中できない、などという事態は避けるべきことだ。
さらに危険なアリなども遠ざけることができるので、余計なトラブルを回避するのに、ミーナの虫除けは必須ともいえる。
「ありがとう」
エリーゼが虫除けの入った小袋を受け取る。
「無事に帰ってきてください」
「分かっているわよ。ミーナは、お土産の心配でもしてなさい」
心配するミーナを安心させるため、頭をなでる。
「定期船がきた。急ごう」
健人が足元にある、魔物避け箱や魔石、サバイバルキットなどが入った、大容量リュックを軽々と持ち上げる。エリーゼもミーナから手を離すと、リュックと弓を持ち上げた。
その後すぐに定期船が到着。ダンジョン探索士がゴーレム島に上陸し、入れ替わるように、健人とエリーゼが乗り込む。
「それじゃまた!」
定期船が出発すると、船上から手を大きく振って、別れを告げた。
見送るミーナたちの姿が見えなくなっても、2人はその場を動かなかない。少しずつゴーレム島が小さくなり、カモメが定期船の周りに集まってくる。
そんなタイミングで、後ろから声がかかる。
「こちらにいたんですね」
健人が振り返ると、鈴木と田尻がいた。相変わらず筋肉が凝縮された強靭な肉体に、坊主頭。町で出会ったらお近づきになりたくない風貌だ。
今回はサングラスにスーツではなく、長袖の迷彩服を着ている。
「名波議員から、マナウスまでの案内と護衛を任されました」
そういうと鈴木が右手を差し出す。
「ああ。そいうことですか。探索には、参加されないのですか?」
差し出された手を握り、笑顔で軽口を叩く。
「無茶言わないでください。魔法が使えない我々は、足手まといになるだけですよ」
笑いながら肩をすくめる。健人の発言が本気でないとわかっていた。
「その代わり、現地までは快適な旅をお約束します」
ゴーレム島を長期間離れ、寂しさを感じていた健人。再開した鈴木と田尻のおかげで、その想いも、いつの間にか薄れていた。
◆◆◆
アマゾンは南米7カ国にまたがる、世界最大級のジャングルだ。
今回は、7カ国の内の1つ。ブラジルから入ることにした。成田空港からニューヨークへ乗り継ぎ、サンパウロ、そしてマナウスまで向かう。
マナウスは、アマゾンの河口から約1,500kmの距離にあり、探索の拠点としてホテルを予約しているのだ。
日本から現地までは、移動距離が24時間を越える。フライト時間も長い。飛行機に乗り、ビジネスクラスの席ではしゃいでいたエリーゼも、次第に飽きてしまい静かになるほど、長い時間飛行機に乗っている。
「あれ?」
黙って窓を覗いているエリーゼが、ふと体に違和感を覚えて声を出す。
「何かあったの?」
備え付けのテレビを見ていた健人が反応をする。
「うーん。なんだろ……? 健人は変な感じしなかった?」
「俺? 特になんともないね」
そういうと、自分の体を触って確かめる。
「今もその感覚が続いているの?」
健人に質問されて、エリーゼは目をつぶる。集中するためだ。胸を触り意識を、体の中心へと導く。すると曖昧だった感覚が少しだけはっきりする。
「これ、魔力を取り込んでいるときの感覚に近いわね。でも魔力がない空間で、取り込めるはずがないんだけど……勘違いかしら?」
あまりにも感覚が薄く、曖昧なため、エリーゼは確信を持てずにいる。
「そう? 俺はなんも感じないなぁ……」
「健人が感知できないのなら、やっぱり気のせいかしら? それとも、アマゾンに近づいているから魔力を感じるようになったのかしら?」
エリーゼは、指を顎に当てて考え込む。頭の中にいくつか仮説を思い浮かべるが、どれも現実的ではなかった。
「まだ太平洋のど真ん中だよ? 魔力を感じるとしても早すぎないかな?」
「そうなのよね。いつ出現したか分からないけど、数年程度でここまで広がるなら、もう日本全体が魔力で覆われているはずなのよ」
発見されたのがつい最近で、それより以前からアマゾンにダンジョンが出現していたとする。ゴーレム島から広がる魔力の拡散状況からして、ここまで魔力が来るのに、50年近くは、必要な計算になる。
さすがにそんな長期間、ダンジョンが発見されることは考えにくい。魔力が広がる前に、魔物が発見されて話題にならなければおかしい。
「ということは、この近くにもダンジョンがある?」
「それが最も可能性として高い……あっ!」
健人の意見に同意しようと言葉を発したが、最後まで続かなかった。
エリーゼが驚いた表情をして固まり、焦った健人は、肩に手を置く。
「ど、どうしたの?」
体を揺らされるエリーゼ。だが、健人の質問に答える気配がない。再び目を閉じている。
「ごめん。手を離してもらえるかしら?」
「……うん」
しゅんとした健人をよそに、胸に手を当てて集中するエリーゼ。数秒かけて、うっすらあった違和感が無くなっていることに確認を持つ。
「やっぱり。さっきの感覚がなくなったわ」
目を開いたエリーゼが、健人の方を向く。
「他にもダンジョンがあるのなら、早めに発見したいの。もう一度、同じ感覚にならないか集中したいわ。しばらく静かにしておいてもらえないかしら?」
エリーゼのお願いに健人がうなずく。しばらくはエリーゼと同じように魔力が感知できないか健人も挑戦していたが、何も感じられずいつのまにか眠っていた。
健人が寝ている間もエリーゼは、魔力が感知できないかずっと調整していたが、先ほどの感覚は戻ってこなかった。
エリーゼの違和感。2人の間で、それが何かの勘違いではないかと思い始めた頃、アマゾンの玄関口ともなるマナウスへ、無事に到着した。