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無人島でエルフと共同生活  作者: わんた
パラダイムシフト
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休息4

 健人が天井を見上げてから数分。クルーザーは止まったまだ。そのまましばらくで過ごしていると、キャビンのドアの開く音が聞こえる。


「何かあったの?」


 運転席に上がってきたのは、エリーゼだった。強い日差しを避けるため、おでこに手を当ている。


 声をかけられた健人は、慌てて起き上がると、腕で目をこする。


「ちょっと、遊び疲れただけだよ」

「本当かしら?」


 目元を赤くした健人の顔を覗き込もうとして、前に回ろうとする。だが健人が腕を伸ばし、それを拒否した。懐かしさのあまり、涙が出てしまったのが恥ずかしかったのだ。


「それより、もうすぐ到着するから、みんなに準備するよう伝えてもらえない?」

「ふーん……分かったわ」


 強引に覗き込むか、それとも戻るか。しばらく悩んでから、エリーゼは好奇心を抑えてキャビンに戻ることにする。


「それじゃ、安全運転でお願いね。さっきの運転は荒かったわよ?」

「ごめん。気をつける」


 明峰と悪ノリした自覚があった健人。照れながらも素直に謝る。階段を降りてキャビンに戻るエリーゼを見送り、ハンドルを握った。


 再び動き出したクルーザーは、大海原を順調に進む。明峰と、じゃれあうこともなく目的地に到着した。


「ここは魚が多そうだ。釣りをするから、みんなを呼んでもらえる?」

「ここっすか?」


 海のど真ん中。遠くに島が見えるだけで、目印になるような建物はない。なぜこの場所が良いのかと疑問に思い、明峰が質問をした。


「ん? 魚影があるからだよ?」


 健人が指差したのは、魚影探知機だった。モニターには、地形と魚のアイコンが表示されている。エコーを放ちながら、魚影の多い場所を探し、ここにたどり着いたのだった。


「いろんな機械を持っているっすね」


 健人の準備の良さに感心すると、明峰は階段を降りてキャビンへ向かう。


「さて、俺も準備をしますか」


 1人になった健人は、クルーザーを完全に停止させる。1階に降りて、釣り竿、エサなどをクルーザーの左右に配置し、全員が出てくるのを待つ。床に座り、雲が小さく浮かぶ空を見上げていると、急に視界が暗くなった。


「だーれだ」

「エリーゼでしょ?」


 声を聞けばわかる。考えるまでもない。そう思った健人は、即答した。


「ぶっぶー。正解は、ミーナよ」


 予想外の結果に、顔に置かれた手を掴む。エリーゼより細く、体温が高く感じる。確かに別人かもしれないと、感じた健人は、優しく力を込めて手を顔から外すと、ミーナが健人の顔を覗き込んでいた。


 エリーゼは、ミーナの後ろにいる。いたずらが成功して満足しているのか、お腹を抱えて笑っていた。


「ごめんなさい……」


 いたずらに加担させられたミーナが、背を丸めてしゅんとしている。


「気にしなくていいよ。全てエリーゼが悪いんだから!」


 こんな可愛らしい姿で謝れてしまえば、健人は怒ることができない。それもエリーゼの策略だと分かりつつも、嫌な気持ちはしなかった。


 健人は立ち上がると、ごく自然に、怒られるのを怖がっているミーナの頭をなでて、落ち着かせようとする。


 エリーゼに悩みをすべて吐き出したことで、ミーナへの苦手意識が驚くほどキレイに消えていたのだ。


「あっ……」


 突然の行動に、ミーナが小さな声を上げる。だがそれも一瞬のこと。すぐに気持ちよさそうに眼を細める。


 健人は姿を見て「気持ちいいと思うところは猫と一緒かな?」と、失礼な感想を抱いていた。


「みんな集まったみたいだし、釣りをしようか」


 頭から手を離し、健人は釣り竿を手に持つ。ミーナは寂しさを覚え、自らの手で頭をなでていた。


 全員が思い思いの場所に移動して、釣り糸を垂らす。健人は船尾の方に座っていた。隣には、珍しいことにヴィルヘルムがいる。


 片手で釣り竿を持ち、もう片方の手でヒゲをさすっていた。顔はいつも通り不機嫌そうだが、健人は何となく機嫌が良さそうな印象だった。


「明日から、アマゾン? に行くのじゃったな?」


 ぼそっと、ギリギリ聞こえる声を出す。話しかけられるとは思っていなかった健人は、思わず聞き逃してしまうところだった。


「そうですよ? 明日の昼前にはゴーレム島を出る予定です」

「話を聞く限りじゃと、足場や視界の悪い場所で魔物と戦うじゃろう。外の魔物は手ごわいぞ。命がけじゃ」

「まだ死ねないので、ヤバそうなら、すぐ逃げますよ」


 そういって肩をすくめる。


「ふん。そう簡単に逃げられんから、外の魔物は怖いのじゃ」


 ヴィルヘルムの指摘に、健人は肩をすくめたまま固まってしまった。


「あはは……」


 力なく笑う健人。それを無視するように、ヒゲから手を離し、ポケットにしまっていた物を健人に向かって投げる。


「エリーゼがいるのじゃ。まぁ、何とかなるじゃろうが……お前には、これを渡しておく」


 健人が慌ててキャッチしたのは、ウッドドールから取れる小さな魔石だった。だが、普通の魔石と1カ所明確に異なる部分がある。表面に模様が描かれているのだ。その模様が、魔物避け箱に、どことなく似ていた。


「これは?」

「魔石爆弾じゃ」

「爆弾!? そんなもん、作っていたんですか!」


 物騒な名前を聞き、健人は釣り竿を持ったまま、思わず立ち上がる。


「そこで黙って、見ているのじゃ」


 ヴィルヘルムは懐からもう一つの魔石爆弾を取り出し、海に向かって投げる。ポチャンと水の音が聞こえ、数舜後にドンと低い音と共に大きな水柱が立った。


「なんで今、使ったんですか! びしょ濡れじゃないですか! いや、その前に、武器の販売は禁止されているんですよ!」


 水しぶきをもろに受けた健人。全身が濡れて、髪から水がしたたり落ちている。


「慌ただしい奴じゃの。ワシは売れないと聞いていただけで、作るなとは言われておらんからのぅ。ひよっこ共の教材としてちょうど良いから、作っただけじゃ」


 再びヒゲを触ったヴィルヘルムがイヤらしく笑う。確かに健人は「販売が許可されないから作れない」といっただけで「作るな」とは伝えていなかった。それを口実にヴィルヘルムは、研究所に派遣された人間に、魔道具の作り方を教えていたのだ。


「バレたら大変ですよ……これ……」

「宝石に模様が描いてあるだけで、誰が爆発すると思うんじゃ?」

「……普通、思わないですね」

「じゃろ? 健人と、研究所のヤツらが黙っておればバレん」

「でも使ったらバレますよ?」


 そして、一度でも存在が分かってしまえば、すぐに回収されるのは間違いない。最悪、危険物を製造したということで、いろいろな厄介ごとが起きる。そんな事態を想像して、健人は心の中で大きくため息をついた。


「お前が使おうと思った時は、死にそうになった時ぐらいじゃろ。命と魔石爆弾の存在どちらが大切なのか、悩むまでもないのぅ」


 健人の心情などしらず、笑ったままのヴィルヘルムだった。


「実際にそうだから反論できませんが……」

「それにじゃ」


 笑うのをやめて、目を細めて健人の方を向く。


「魔法は便利じゃが、走りながら魔法を使うのは難しい。特に逃げるときはのぅ。他にも大規模な攻撃魔法も存在せん。危険な場所に行くのじゃ。切り札の1つや2つは持っておくべきじゃろう」


 健人も範囲攻撃はできるが、それは前方の、しかも数m範囲までだ。囲まれてしまえば、全ての魔物を魔法で倒すのは難しい。さらに走って、イメージしながら魔法を使うのも、不可能ではないが、発動までの時間は通常より遅くなるのは間違いない。


「心配してくれてありがとうございます」


 ヴィルヘルムの心遣いに感動した健人が、小さく頭を下げる。


「ふん! お前に頼まれた物ができるまでに、死なれたら困るだけじゃ!」

「おっさんのツンデレなんて、誰も得しませんよ?」

「なんじゃ――」

「お! これはデカいぞ!!」


 健人が持っている竿が大きくしなっている。両手で持っているが、海に引きずられそうになり、慌てて身体能力を強化する。そこでようやく、均衡を保つことができた。


「どうしたの?」


 爆発音に気づいたクルーザーにいる全員が、健人の周辺に集まってきた。


「力強すぎでしょ!」


 立ち上がり全員が見守る中、戦いが始まる。


 海に垂れた糸が、縦横無尽に動き、釣り竿が持っていかれないように、腹を使って必死に支える。リールをまわそうとするが、重く動かない。


 この均衡がずっと続くかと思われたが、1分も経たず、唐突に終わった。釣り糸が切れたのだ。


 引っ張る力が無くなったことで、健人はひっくり返り釣り竿を手放してしまった。


「さっきのは絶対に大物だった! 逃がすものか!」


 健人は、階段を駆け上がり運転席に座る。魚影探知機のディスプレイを見ると、今まで見たことのない大きい魚影が写っている。だが動きが素早く、すぐにエコーの範囲から外れてしまった。


「逃がした魚は大きかった……か」


 その後、再び釣りを始めた健人だったが、釣り竿が反応することはなかった。結局、午前中の釣りは、礼子が1位、最下位は健人のボウズという結果で終わった。

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