休息2
ポン、ポンと、リズムカルに背中を優しく叩く音が聞こえる。
エリーゼに抱きしめられたこと、そしてずっと心に秘めてた思いを吐き出した健人。時間が経つにつれ、気分が落ち着いてきた。
「ありがとう。もう大丈夫だよ」
健人が肩を掴んで体を離そうとするが、エリーゼは背に回した腕に力を入れて、それを拒否。逆に密着し、耳元に口を寄せる。
「ダメよ。もうしばらく、このままにしましょ」
「どうして? 俺はもう大丈夫だよ?」
「私が、こうしてたいの」
「……そっか」
お互いの心音を伝えながら、しばらく時を過ごす。雑木林のあちこちから、鳥のさえずりが聞こえ、穏やかな時間だ。
「私は……」
エリーゼが声を出し、途中で止める。
続きを話すべきか悩み……最後は伝えることに決めた。
「私はね。住んでいた村から飛び出して、いろいろな街を見てきたわ。でも、エルフはほとんどいなかったの。珍しいエルフに群がって、いろんな人間が私を騙そうとしたわ。それでね。トラブルになると、立場の弱い私が追い詰められるのよ」
エリーゼも人間に騙され、親しいと思っていた人間の友人から、縁を切られることもあった。さらにエリーゼを自分の物にしようと考える人間もいた。その結果、人間と接することに慎重になっていた。
それは地球に来てからも変わらない。むやみやたらに近寄ってこないか、自分を裏切ることはないか、健人を常に観察していた。
「だから、仲が良いけど一歩引いた健人との関係は、たのしかった。なにより楽だったのよ」
最初は、健人を信用していなかったエリーゼだった。だが同棲が始まると、健人が作る程よい距離感に、警戒心が下がっていく。
さらにエリーゼのために体を張り、時には人倫に反するような行動を、健人は選択した。今まで出会った人間とは違う。信用できると思うまで、それほど長い月日は必要なかった。
「出会った頃は、それで十分だったわ。でもね、最近は物足りないのよ」
「俺が、怖がりだから?」
「違うわよ。なんでそうなるのよ……」
普段は口に出さないようにしている、ネガティブな発言。それがこの場で出てきた。
表面上は普通に戻ったように見えるが、心の奥底ではまだ落ち込んでいると、エリーゼは感じ取る。
どちらかが一歩踏み込まなければ、関係は進展しない。この状態の健人に期待できない以上、エリーゼが一歩踏み込むと決意した。
「もっと、仲良くなりたいのよ」
耳元で、そっと囁く。
「あなたの残りの人生、私が頂くわよ」
健人は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。時間をかけてエリーゼの言葉を理解する。
「そ、それって、ど、どういうこと?」
体温が上がり、最後は顔が真っ赤になる。
「その反応……わかっているのでしょ? 健人がお爺ちゃんになって、お墓に入るまで。健人が死ぬ日が来るまで、ずっと隣に、私がいるのよ」
「それって……」
「そう、結婚しましょ」
「…………」
唐突な発言に、健人の思考がついに止まる。
「運良く国籍も手に入れたし……大丈夫よね? もちろん、今すぐじゃないわよ? ダンジョン運営が落ち着いてからよ。エルフは、気長に待つことで有名なんだからっ!」
健人の返事を待っていたが、沈黙に耐え切れず、言葉を途切れさせずに喋り立てる。立ち上がると、また何かをしゃべっている。
一方、健人は、顔を赤くして慌てているエリーゼをぼーっと眺めていた。突然の出来事で頭が追いつかず、今もなお思考を放棄していたのだ。
しばらくすると言葉が出なくなったのか、エリーゼが黙り込んで下を向く。その頃になってようやく、健人の頭が動き出す。
「俺も一緒にいたい……でも、俺だけが年老いていくよ?」
夢ではないのか? なぜ俺なのか? 途中で飽きられてしまわないか? いろいろな想いが駆け巡った結果の一言だった。種族としての寿命の違い。告白を戸惑うには、十分な理由だ。
エリーゼは、今の10代後半に見える姿を維持できる。それに対し健人は、時を経れば相応に老いていく。
最初は気にしないかもしれない。だが、10年、20年と経つにつれて、老いは確実に、健人を追い詰めていく。年老いたら、若い男に乗り換えられるのではないか。そんな自分勝手な不安に駆られていた。
「それは覚悟しているわよ。悪いけど健人は、見た目や性格は平凡よ? でもね、なぜか一緒にいたいと思ってしまうの。それは私のことをエルフではなく、一個人として接してくれているからかもしれない……」
「そうなの? あまり意識したことはなかった」
エリーゼに近寄る人間は「エルフ」だからという理由で、関わってくることが多かった。地球に来てもその状況は、あまり変わらない。
物珍しい生き物を見るような目で、態度で、接してくる人間が多かった。贅沢な悩みではあるが、エリーゼにとって、特別ほど苦手なものはない。
その点、健人は、普通の女性としてエリーゼと接していた。もちろん出会ったばかりの頃は、異世界人との知識や経験の違いに驚くこともあった。しかし、普段の生活でそれを表に出すことはなかった。それが良かったのだ。
健人は過去の失敗から、女性と接することに非常に敏感になっている。無意識のうちに、注意深く観察する癖がつき、どんなことで喜び、悲しむのか。食べ物の好き嫌いはあるのか。今、何にハマっているのか。
そんな単純で当たり前のことを知ろうとして、いつの間にかエリーゼの好感度を上げていたのだ。
過去の失敗が、宝くじで高額当選する以上の……人生で最大の幸運を呼び込む結果となった。
「私も、そんなこと意識したことはないわ。今、思いついたから言ってみただけよ。まぁ、そんな細かいことは抜きにして、一緒にいたい。この人なら、老いた姿になっても、好きでいられる……そう思ったのは間違いないわね」
一呼吸おいてから、エリーゼの顔が健人に近づく。唇が触れてしまいそうな距離だ。
「で、返事を聞かせてもらえるかしら?」
「1年で落ち着かせて、それから結婚しようか」
エリーゼは返事をする代わりに唇を重ね、すぐに立ち上がると健人から距離を取る。
「契約成立ね!」
背中を見せたまま、突然大きな声を出す。
髪の毛から飛び出ている耳は、真っ赤に染め上がり、誰が見ても照れていることが分かる。
「さてと……そろそろ食料調達の仕事を再開する?」
ズボンについた汚れを叩きながら、健人が立ち上がる。
「そ、そうね! く、果物は十分にとったから、は、畑に行きましょ!」
極度に緊張が高まったエリーゼは、同じ側の手足を同時に出して歩き出す。
そんな姿を見て愛しく感じた健人は、置いたままだった竹編みかごを拾い上げると、エリーゼと手をつなぐ。
「みんな待っているはずだよ! 早く戻ろう!」
健人が先に走り出し、手でつながっているエリーゼも走り出した。
お互い笑顔のままコテージに戻る。雑木林で手に入れたシャシャンボと、畑で収穫した野菜。冷蔵庫に入れていた鶏肉を使い、7人分のサンドウィッチを作った。
お昼を全てランチボックスに入れ終わると、いつもより半歩ほど近寄った距離で、隣り合って歩き出しす。
クルーザーが置いてある浜辺に向かう2人。
その間、手はつながず、会話すらない。だが少し縮まった距離が、2人の関係を示していた。




