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無人島でエルフと共同生活  作者: わんた
パラダイムシフト
73/111

休息1

 翌日の早朝、名波議員に「魔物の数を調査」したいと連絡。その提案が通ると、依頼を正式に受けることになった。


他のメンバーには事後報告になってしまうが、時間がないので仕方がない。そう健人は割り切っていた。


 依頼を受けたら、すぐに探索できるわけではない。エリーゼのパスポートの発行は当然として、黄熱病、狂犬病、B型肝炎などのワクチン。探索のリスクを最小限に抑えるための準備に、2ヶ月の期間が必要だった。


その間も健人は、仕事漬けの日々を送っていた。だがさすがに渡航前日になると、休暇を取るため、ゴーレムダンジョンを1日閉鎖することに決める。


危険なたびに出る前に、いつものメンバーで休暇を楽しもうとしていたのだ。


 渡航前日の早朝。材調達係になった健人とエリーゼは、ランチの食材を探すため、果物を探しにゴーレム島の雑木林を探索していた。


こういった仕事はエリーゼの領分だ。タブレットで果物図鑑を見ながら、果実を探している。健人は荷物持ちとして、竹網かごをもって一緒に歩いている。


「前にも思ったけど、世界が変わっても似たような果物ってるのね。ほら、あそこを見て!」


 エリーゼが見つけた果物。それは、常緑の低木に紫色の小さい実がついている、ブルーベリーの仲間であるシャシャンボだった。木の枝から一粒とり、口の中に放り投げ、甘みを確かめる。


「やっぱり、甘みより酸味のほうが少し強いわね。ジャムにすれば食べやすくなるかしら?」


 アゴに指を当てて、調理方法を考えながらつぶやく。


 品種改良されていないため、市販のブルーベリーより酸味が強かった。食べることはできるが、好んで食べるほどではない。


砂糖を入れて煮詰め、ジャムにしたほうが甘みが増して美味しくなるだろう。そう考えたエリーゼは、竹網かごを持った健人に声をかける。


「ねぇ、健人。今日のランチはサンドウィッチにしたいと思うのだけど、どうかしら? このシャシャンボを、ジャムにしてパンに塗ったら美味しいと思うのよね!」


 子どもの頃は、森の中に住んでいたエリーゼ。果物を収穫していると昔を思い出し、自然と気分が高揚している。心なしか、声も弾んでいた。


「賛成だよ。甘いサンドウィッチに、野菜たっぷりのサンドウィッチ。いろんな種類を作ろう!」

「そうね! そうしましょ! 畑のキュウリも収穫時期だし……使って良いわよね?」

「もちろんだ。今日食べなかったら、収穫できずに終わっちゃうからね。それに、冷蔵庫に肉やレタスもあるから、それも使おう」


 お互いにサンドウィッチの具材は何が良いかと話しながら、シャシャンボの実を摘み取る。自生している場所はまばらで、摘み終われば次の場所へ移動。それを繰り返し、徐々に森の奥へと向かっていった。


「調子に乗って、採り過ぎてしまったかしら?」


 雑木林の奥にある岩場に健人とエリーゼが腰かけている。エリーゼの膝の上には、竹網かごから溢れんばかりのシャシャンボの実があった。


「捨てるのはもったいないし、余ったのはドライフルーツにしない?」

「いいわね! 子どもの頃、飽きるほど作ったことあるわ! 私に任せて!」


 子どものように笑顔で自慢するエリーゼを、口元を緩ませて見守っている健人。だがその視線が気に入らなかったのか、笑みの種類が変わった。


先ほどまでは裏表のない笑顔だったのに対し、いまは何かを企てているような、裏のある笑顔を浮かべている。


「なに、ニヤニヤしているの?」


 はっ! っとした表情をして両手で自らの体を抱きしめる。


「また、イヤラシイことを考えていたの!?」

「またって! そんなこと考えたことないよ!」


 慌てて否定するが、エリーゼは逃す気がなかった。


「この前、私に抱きついたのに?」

「あ、あれは――」

「酔った勢いだから、許してくれって言いたいのかしら?」


 つい2か月前。会議の続きがしたいとエリーゼの部屋に訪れ、酔った勢いで抱きついていた。健人のことを好ましく思っているエリーゼは、抱きつかれたぐらいで文句を言うつもりはなかった。


 だが、最低なことに、あの日の飲みすぎていた健人は、抱きついたことを覚えていなかったのだ。


「それとも、覚えてないから許してくれと言いたいのかしら?」


 翌日そのことに気づいたエリーゼは、ショックを受け、いつか仕返ししたいと考えていたが……まさに今、実行していた。


 凄みのある笑顔に気圧されて健人は、背をそらす。その動きに合わせるようにエリーゼは、腕を地面につけ膝立ちになり、じりじりと近寄っていく。


いつまでも逃げられるはずもない。ドンと音を立てて健人の背に気があったところで、緊迫した追いかけっこが終わった。


「ふふふ……もう、逃げられないわよ」


 目を左右に動かし逃げ場を探していた健人だったが、エリーゼに両腕を掴まれたことで諦める。


「そう、みたい……だね」


 エリーゼの顔が近づいたことで、顔をほんのりと赤くしながら答える。


「ねぇ。なんであのとき、私に抱きついたのかしら? ううん。これじゃ伝わらないわね。はっきり言うわ。なんで、いつも一歩距離を置いているの?」


 最も仲の良い人物は誰だ? と、健人に質問をしたら、間違いなくエリーゼと答えるだろう。それは他の追従を許さない。それこそ、親友とも恋人とも言えるような関係だ。


 だが、親密な2人でも踏み込めない壁がある。いや、正確には壁があるとエリーゼは感じていた。


 最初は得体の知れない異世界人だからと考えていたが、数年かけても壁を壊すどころか、壊すことも乗り越えることもできない。絶対的なものとして、エリーゼの目の前にそびえ立っていた。


 偶然が積み重なってできたこの場で、その壁を壊す。思い付きではあるが、エリーゼはそのように決意する。


「壁なんて――」

「誤魔化さないで! 健人だって壁を作っている自覚ぐらいあるでしょ?」

「……うん」


 鬼気迫る雰囲気に飲み込まれた健人が、観念して小さな声を出してうなずく。


「なら教えて。私の何が悪いの?」


 悪いところがあるなら直すわ。と、他人には絶対に言わない言葉を投げかける。


 その一言は非常に魅力的だった。自分という軸をしっかりと持ったエリーゼが、健人のために変わる。その提案は、優越感を覚えるには十分な内容だ。


 健人は自身の心の奥底から、支配欲という、黒い感情が湧き上がってくるのを感じた。


「エリーゼは悪くないよ。俺自身の問題なんだ」


 だが、健人の顔色をうかがい、自分の信念までを曲げてしまう。そんなエリーゼを想像して急速に気持ちが冷え込む。先ほどまであった、自分好みに染め上げたい。そんな薄暗い感情は、すでに消えてなくなっていた。


 頼りがいがあり、でも、たまに子どもっぽいエリーゼが、思うがまま行動するエリーゼが、健人は好ましいのだ。


 それに自分自身の問題を他人のせいにしてしまえば、自己嫌悪に陥って立ち直れない。健人にはある意味、潔癖なところがあった。


「……健人の問題なの?」

「そう。俺の問題だよ。いろんな人に疑われ、縁を切られ、社会から追い出された。その時の気持ちを、今も引きずっているんだ」


 今にも泣き出しそうな表情を浮かべながら、エリーゼを見つめる。


「自分でも情けない話さ……」


 最も弱い部分をさらけ出した健人は、今にも倒れてしまいそうなほど顔が白くなっている。手は小刻みに震えており、捨てられそうになった子どものようだった。


 そんな状態にまで追い詰めてしまったことに、エリーゼは深く後悔し、思わず健人を抱きしめる。


「落ち着いて。大丈夫よ。大丈夫だから」


 背中を優しく叩き、健人が落ち着くまでなんども同じ言葉を繰り返していた。

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