名波議員との協議1
通り過ぎる人の顔を覚えている人は少ないだろう。特に最近では、携帯電話を操作して周囲に気に掛ける機会も減ってきた。つまり、飛行機から降りて銀のキャリーバッグを引いたエリーゼが、噂のエルフだと気づく人は誰もいなかったのだ。
足を止められることなく歩いているが、見つかるかどうかとは別に緊張しているようで、表情はこわばり、健人の後ろに隠れるような位置から離れようとしなかった。
東京の空港に降り立った健人とエリーゼが歩くと、偶に彼女の美貌やスタイルに目を奪われて見つめてくる男性が出てくる。だが、周囲を威圧する見た目をした護衛が2人もいるため、声をかけられることもなく無事に、名波議員が用意した黒い高級外国車の後部座席に乗り込むと、すぐに車が動き出した。
「ビルが生えたジャングルのようね」
世界でも有数の大都市である東京。さらにその中でもビル、人の数が多い新宿の景色を初めて見たエリーゼの感想だった。
「健人、あれを見て。繭みたいな建物があるわ。何かが生まれてきそうね」
指さした方向には、実際に繭をイメージして作られた、高くそびえるコクーンタワーがあった。
「新宿の景色は、お気に召さなかった?」
新宿を見たエリーゼが喜び、健人に抱きつく妄想をしていたが、実際には飛行機に乗ったような興奮はない。いや、それどころか放心しているかのように、窓の外をぼんやりと見つめているだけだった。
「そうじゃないわ。ただ、なんとなく息苦しく感じるのよ。人が地上を、建物が空を圧迫している……そんな風に感じたのよ」
人や物が密集し、何かを追うように急いで歩いている。笑顔も少なく楽しそうに見えない。
「スーツ姿の人があんなにいる……好きで着ているのかしら?」
そんな新宿の街並みを見ていると、規則とルールに縛られた故郷の村のような窮屈さを感じていた。
「外で見ているだけだから、つまらなさそうに感じるのかしら? 名波議員とのお話合いが終わったら、外を見て回りましょ」
窓から顔を離して健人の方に振り向く。
「東京の楽しさを、私に教えてね。期待しているんだから」
健人を見つめるエリーゼは、機内ではしゃいでいた時のように美しい笑顔を浮かべていた。
ダンジョン探索士が1名行方不明になり、ゴーレムダンジョンは探索のため一時閉鎖となった。これが表向きに発表している内容だ。だが実際は、行方不明などではなく、シェイプシフターに捕食されて死亡していると考えられている。
ダンジョン探索士が死亡すること自体は、登山で遭難して死亡するように「自己責任」だと、世間一般では考えられているので、大きな問題にはならない。だが、魔物が人の姿に化けて、外で活発的に活動する。そんな状況が発覚してしまえば、ダンジョンを運営する上で大きな問題となるだろう。そういった事情もあり、ごく少数の関係者だけでこの件を処理しようと動いていた。
車に乗ったまま高級ホテルの地下に入り、誰に会うこともなくエレベーターに乗って屋上まで行くと、護衛の2人に廊下の突き当りにある部屋まで案内される。
中に入るとローテーブルを囲うようにソファーが配置され、大型の液晶テレビ、夕焼けに照らされた街が一望できる大きなガラス窓。壁側にはカウンターがあり、カクテルに使うと思われるボトルが壁一面に敷き詰められていた。
「また、豪華な部屋を借りましたね」
部屋に入ると、ソファーに座っていた名波議員が立ち上がり、健人とエリーゼを笑顔で歓迎する。
「驚いてもらえました?」
「こんな高いところから、街を見下ろせることに驚いたわ」
名波議員をいちべつしてから、窓の外を眺めていたエリーゼが答える。
「向こうの世界には、これほど高い建物はないそうですね」
「ええ、そうよ。でも、今日はこんな話をしに来たのかしら?」
街を眺めていた視線を名波議員に戻す。その態度は決して、好意的なものではなかった。
「…………そうですね。それでは、ソファーに座ってください」
その程度の嫌味に過剰反応しては、議員などやっていられない。表面上はにこやかな表情を崩さないままだった。
健人とエリーゼがソファーに座ると、護衛だった鈴木と田尻が、お茶が入ったグラスを置く。中には氷があり、冷えていることを教えるかのようにいくつもの水滴がついていた。
お茶を配り終わった護衛の2人が、無言でドアをふさぐように立ち止まると、軽く咳払いをしてから名波議員が話し始めた。
「今回の事件ですが、ダンジョン探索士が死亡したことだけ公開しています。そして、それ以上の情報を公開するつもりはありません」
健人の報告後すぐに政府内で議論が始まり、今後どのように対応するかすでに決まっていた。その報告をするためだけに、名波議員がメッセンジャーとして派遣されていた。
「健人さんとエリーゼさんのお2人は、ゴーレムダンジョンから死者が出たことで運営体制を見直す。そのために、新宿ダンジョンを視察に来た。そういうことになります」
2人が断れないことを見越して決められた内容を口に出す。
「新宿に来た理由を聞かれたら、そう答えてください健人さん、それで良いですか?」
「……ええ。問題ありません」
思惑通り、異論をはさむことなく素直にうなずく。
「では、対外的な話はこれで終わりとして、シェイプシフターでしたっけ? その退治をどうするか話し合いたいと思います。とはいっても、すでに政府からの要望をまとめているので、その案をお伝えしてから、健人さん達の話を聞きたいと思います」
一方的な進め方にイライラしていたエリーゼが立ち上がろうとするが、健人が手をつかむことで阻止する。
「分かりました。ご要望を聞かせてください」
エリーゼとのやり取りがなかったかのように、淡々とした声で返事をする。
「ゴーレムダンジョンの再開時期は任せますが、魔物問題は、早期解決――今日より1週間以内で解決してください。それも、健人さんとエリーゼさんの2人だけで解決されるのが望ましい」
早期解決は健人達も望むところだ。期限についても相談する必要があるものの、大きな問題ではなかった。だが、2人だけで達成しろというのは無理がある。
「……期間はともかく、2人で倒すのは無理ですね」
話を聞いた瞬間に答えは出ていたが、検討したと思わせるために、少し間をおいてから首を横に振る。
「シェイプシフターの存在は、今はまだ隠すべきだと考えています。あの魔物の存在を知っている人間を制限したいのです。何とかなりませんか?」
電気や石油のように、魔石が生活と密接な関係になっているのであれば話は別だが、無くても困らない今の状況でシェイプシフターの情報が漏洩するのはマズい。最悪、ダンジョンを永久に閉鎖する可能性も出てくる。立ち上げたばかりの今だからこそ、慎重に行動しなければいけなかった。
「相手がシェイプシフター1体だけであれば、何とかなるかもしれませんが、相手はゴーレムダンジョンの中に潜んでいます。最悪、他の魔物と同時に戦うことを考慮すると、もう2~3人は欲しいですね」
だが、健人の方も譲れない。失敗は許されず、早期解決するのであれば討伐に優秀な人材を追加することは必須であった。
「そうですか…………」
頑なに要望を受け入れない健人に、名波議員も説得する言葉が思い浮かばず、言葉が詰まる。
「恐らく、シェイプシフターは地下2階に潜んでいると思います」
「つい先日、新しく到達したフロアですね。なぜ、そこにいると思うのですか?」
ゴーレムダンジョン内に閉じ込めてあると聞いていた名波議員だが、地下2階と階層まで指定できることに、何か根拠があるのだろうと思い質問をする。
「魔物は出現した階層が最も活動しやすいのよ。別の階層に長い間、活動することはないわ」
ずっと黙っていたエリーゼだったが、魔物の専門家としての義務を果たすべく、面倒くさそうな声で説明をする。
「そういうことですか……場所は、ある程度絞り込めているんですね」
ダンジョンと魔物について知識が豊富なエリーゼが断言するのであれば、否定する言葉は見つからない。魔物とは、そういう存在だと割り切ることにした。
「地下2階の案内人、そして戦力として、捕食された豊田が所属していたパーティに参加してもらいたいと考えています」
被害者が出た日に、豊田が所属するパーティが地下2階に到達したことは、ゴーレム事務所の記録からすでに分かっていた。
「そうですね……彼らは半分目撃しているようなものですし、参加させる方向で調整してみます」
まったくの無関係者であれば話にならないが、被害が発生したパーティであれば、再考の余地はある。そう考えた名波議員は、健人の提案に前向きな回答をした。




