消えたダンジョン探索士の行方
報告を受けた健人は、詳しい事情と今後の方針を決めるため、社員全員をコテージに集めていた。この場に居る社員は、エリーゼ、梅澤、礼子と、ミーナ、ヴィルヘルム、明峰の6人が2グループに分かれて、ダイニングテーブルを囲っている。
イスが足りず座る場所がない健人は、テーブルの端――お誕生日席と言われる場所に立っていた。
「梅澤さん、行方不明になった状況を詳しく教えてもらえません?」
健人は全員を見渡してから質問をする。
「パーティメンバーの証言では、探索から帰還する途中から体調を崩されていたようで、最後尾をフラフラしながらも、ゴーレムダンジョンを出ると定期船へと向かって歩いていました。最初は、ちゃんと後を付いてきていたようですが、砂浜が近づき振り返った時には姿を消していたそうです」
定期船から連絡のあとすぐに関係各所に確認を取り、必要な情報は集め終わっていた。
姿を消したダンジョン探索士は、明峰が報告した体調を崩した人物であり、探索履歴を確認から、地下2階に到達したパーティだったことまで判明している。
「すでに個人名も特定できています。行方不明になった人物は、豊田剛、26歳独身、男性。ダンジョン探索士になって3ヵ月。親族は、いません」
ダンジョン探索士になる際に「何が起こっても自己責任」だと説明し、契約を結んでいる。だが、そんな契約など関係ないと心情に訴えかけるような人間もいるため、行方不明になった豊田が孤独だったことに、不謹慎ながら健人は安堵していた。
「行方不明になった人の情報が分かったのは良いことだけど、4人だけで見つけられるかしら?」
健人の方に顔を向けたエリーゼが、不安そうに疑問を口にする。
制度が始まって間もない時期に大々的に捜索するのを嫌がった政府から、警察などの人材を派遣することなく、健人達だけで調査するようにと指示を受けていた。
また、翌日も通常営業が控えているため、梅澤元秘書、礼子、明峰は捜索に参加できない。健人、エリーゼ、ミーナ、ヴィルヘルムの4名で、行方不明者の捜索をする予定だった。
「外からの増員が期待できないのであれば、仕方がないよ。幸いゴーレム島は大きくない。全力で探せば、2~3日で島中を探すことはできる」
不安を押し殺すように、健人が答えた。
「健人の言うとおりね。頑張って捜索しましょ」
明日は捜索で忙しくなりそうだ。その場に全員が、そう考えて納得しかけると、大方の予想通りヴィルヘルムが捜索を嫌がる素振りをしながら話し出そうとする。
「ワシは参加したく――」
「拒否した場合は、魔石を返してもらいます」
拒否することを予想していた健人は、この場で最も効果的な言葉を口にする。
「なんじゃと!」
頭に血が上ると勢いよく立ち上がり、向かい側に座っている健人とにらみあう。しばらくすると、負けたことを認めるかのようにヴィルヘルムが視線を外した。
「チッ」
魔石を人質に取られてしまえば、納得できないが断れない。不満を隠そうとせず、短い舌打ちをした。
「今回だけじゃ!」
「ありがとうございます」
ドスっと音が出るほど勢いよく座ると、腕を組んでつまらなさそうに天井を見る。
「これで機嫌を直してください」
ヴィルヘルムの隣に座っていたミーナが、床に置いていたバッグから小型の日本酒のビンを取り出す。機嫌が悪くなることを予想していた健人が、機嫌が直る物を用意しておいたものだった。
「気が利くな……この日本酒に免じて、ミーナのために頑張ってやろう」
会議中にもかかわらず、ふたを開けると日本酒を口に含む。
「悪くない……」
差し出した日本酒はヴィルヘルム好みの味だったようで、坊主頭がまぶしく光る笑顔に変わっていた。
「ミーナありがとう」
健人が礼を言うと、照れたのかうつむいてしまった。
「明日は、いなくなったと思われる地点から2手に分かれて探そう。これは、会社を立ち上げて以来の大仕事だ。今日は早く寝て明日に備えよう!」
日本酒を味わっているヴィルヘルムを除く全員がうなずくと、深夜の緊急会議は終わり解散となった。
翌日は日が昇り始めるとすぐに、最後に姿を確認した砂浜とゴーレム広場を結ぶアスファルトの道にまで全員で移動する。一般的な歩道にあるような横断防止柵もなければ、街灯すらない。アスファルトが敷き詰められた道のすぐ横は、地面が露出し、草木が鬱蒼と生い茂る雑木林があった。
「雑木林の奥に向かっているわね」
アスファルトの道であれば痕跡を探すのは難しいが、地面が露出した場所であれば別だ。特に踏み固められていない地面であれば、足跡が残っている可能性が高く、実際、健人達は雑木林の方に向かって歩いた足跡を見つけることができた。
「足跡を追っていくわよ」
小さい頃から森の中で暮らし、狩りをしていたエリーゼが先頭となり健人、ミーナ、ヴィルヘルムの順番で歩く。
足跡を発見した時点で、近くで倒れているのだろうと考えていたエリーゼだったが、予想に反して人の姿は見えず、歩いた痕跡が淡々と続いているだけだった。
「……変ね。体調が悪いくせに、こんな歩きにくい場所に迷い込むなんて。しかも、どんどん奥に進んでいるわ。何を考えているのかしら……」
明峰と梅澤の話から、顔色は悪くろくにしゃべれない状態だったと聞いている。
そんな人間が、道端で倒れることはあっても、雑木林の奥に向かい迷うことはあり得るのだろうか。エリーゼは、自分達が何か勘違いをしているのではないかと、心の中にうっすらとした疑問が湧くのを感じた。
「今ここで考えても答えは出ないよ。注意しながら先に進もう」
後ろを歩く健人から声がかかる。
何もかも情報が不足している今、健人が言う通り、考えるより情報を集めた方がいいだろうと、エリーゼは考え直す。
「……そうね。ミーナ! ヴィルヘルム! 周囲の監視を怠らないでね!」
「はい!」
「わかっとる」
2人の返事を聞いた頃には、うっすらと湧き上がった疑問はかき消えていた。
足跡や踏み潰された草など、かすかに残った痕跡を頼りに雑木林の奥へ進むが、数10分ほど歩いたところで、唯一の手がかりであった痕跡を見失ってしまった。
「……痕跡が一切なくなったわ。これはどう考えても、おかしいわね」
しゃがみこんで地面を見つめていたエリーゼが立ち上がり、健人達の方に振り返る。
「痕跡を隠したんでしょうか?」
「体調が悪く、迷子になった人が?」
ミーナの疑問に健人が反論する。
なにかから逃げているのか、あるいは隠れて行動する必要があれば、歩いた痕跡を消すのも分かる。だが今回は、体調が悪いために迷子になったと思われる人間の捜索だ。体力や時間に余裕があれば、消すどころか「自分がここにいた」と痕跡を残すはずだろう。
「確かにそうですね……」
自分の考えが足りなかったことに気づきき、体を小さく丸めてしまった。
「ミーナが悪いわけじゃないから、気落ちする必要はないわ」
「エリーゼさん。ありがとうございます」
意気消沈したミーナを見かねたエリーゼがフォローすると、ぎこちないながらも笑顔を浮かべる。
「これから、どうしようかしら」
この4人のリーダでもある健人の方に視線を向ける。
「ここから2手に分かれよう。俺とエリーゼは、このまま直進。ミーナとヴィルヘルムは、ここから下って海の方を目指して欲しい。見つけたら携帯に連絡してくれ」
「見つからなかったら、どうするんじゃ? 夜まで探し回りたくはのう」
捜索に時間がかかりそうなことがわかり、今まで黙って付いてきていたヴィルヘルムが健人の指示に不満を漏らす。
「お昼になったら、コテージに集合して、お互いの情報を共有しよう」
ヴィルヘルムの不満も最もだと考えなおすと、休憩と見つからなかった場合の作戦を練り直す時間をとることに決めた。
「それじゃ、また後で」
手がかりが消えてしまった雑木林の中で、健人とエリーゼ、ミーナとヴィルヘルの2パーティに分かれて歩き出した。