今後について
「まず、私が話すわ」
テーブルに置かれたペットボトルの水を飲んでから、ゆっくりと話し出す。
「ダンジョンの最下層を目指していた私は、6人のハンターと2名のポーターを雇って攻略していたわ。ちなみにそこにいるミーナは、そのポーターの1人よ」
ちらりと視線を向けると、ミーナは会釈を返す。
「ダンジョンの最下層にたどり着くには、何年もかかったわ。下に行くにつれて強力な魔物が出てきたから、常に満身創痍。武器や防具もボロボロで苦労したわ……」
「そうですね。色々とありました……」
その時の苦労を思い出しているのか、2人は陰鬱な顔になっていた。
「今はそんな話はどうでもいいわね……話を戻すわ」
探索中にあったトラブル、悲劇を振り払うかのように首を横に振り、ミーナに微笑みかけてから話を続ける。
「最下層の階段を降りると、ワンフロアのエリアに水晶みたいなものがあったわ。まず始めに罠の発見が得意な人間が調べて問題ないことがわかってから、試しに一人、触ってもらったの。何も起こらなかったけどね」
言葉には出さなかったが、その最初の一人に選ばれたのは、死んでも問題がない、ミーナと一緒に同行していたポーターだった。
「次に私も触ってみたら、急に意識が途絶えたかと思うと次の瞬間には雑木林の中に倒れていたの。現在地を把握しようとして動き回って力尽きたところで、健人に保護されたってわけ……私が消えた時の状況は、ミーナの方が詳しいと思うわよ?」
説明が終わると、その場にいる全員の視線がミーナに集中する。
「一瞬のうちに目の前から消えた後は……全員が水晶に触りました。ですが、何も起こらず、消えたのはエリーゼさんだけでした」
視線に気圧されながらも、記憶を思い出すようにゆっくりと説明を始めた。
「何度、触っても何も起こらない。隠し部屋も存在しない。でもエリーゼさんだけは、この部屋から消えてしまった。考えられるすべての方法を試して成果が出なかった結果、迷宮に飲み込まれたと結論を出して地上に戻りました」
地上に戻るのに必要なギリギリの食料しか残らず、直前に出会った魔物との戦闘で疲弊していたパーティは、何の成果を上げることもできずに地上に戻ることとなった。
「そう、みんなは向こうに残っていたのね……あなたが言うことが本当だとすると、なぜミーナは、ここにいるのかしら?」
先ほどの説明と現在の状況が食い違っていることに気付き、鋭い視線をミーナに向ける。
「それは、これから説明します。地上に戻ったワタシ達は、ダンジョンの最下層に到達という目的を達成したので、すぐにパーティを解散し、それぞれの道を歩むことになりました」
エリーゼが所属していたパーティは、最下層に到達した実力によって、ハンターギルドの職員、貴族の護衛といった安全で稼げる職業へと転職していた。だがそれは、実際に戦っていたハンターだけであり、ごく一部を除き、ポーターは評価されていなかった。
「ですが、ワタシはまだポーターとしてお金を稼ぐ必要があったので、他のパーティに参加させてもらい、そこでヴィルヘルムと出会いました」
ちらりとヴィルヘルムの方に顔を向けると、ミーナの言葉を引き継いで説明を続ける。
「ワシらも珍しくダンジョンの最下層を目指すパーティだったからのう。使い捨てと言われるポーターでも、到達経験のあるミーナの加入は全員が喜んでおった。ダンジョン探索中でもミーナの意見は参考になったし、ワシと違って期待通りの働きをしとったぞ」
自身にとって渾身の自虐ネタを放ち豪快に笑うが、どう反応して良いか分からない周囲は、ひきつった笑を浮かべていた。
ミーナとヴィルヘルムは同じポーターとして雇われていたが、その扱いには大きな差があった。力自慢でしかないヴィルヘルムの扱いはひどく、重くかさばる荷物だけを持たされ、1日の食料も必要最低限のものしか与えられなかった。
「だがワシらのパーティは未熟でのう。深層付近にまで潜れたが、罠によってチームは分断されてしまったんじゃ。偶然にも一緒にいたワシとミーナは、魔物から逃げるようにダンジョンを降りて奇跡的に最下層にたどり着いたんじゃ」
「その後は?」
話の続きが気になった健人が、前のめりになって話を催促する。
「最下層はエリーゼが説明した通りじゃ。逃げ場はなかったのう」
エリーゼとは異なるダンジョンに潜っていたが、最下層の構造は同じであり、普通であれば死を待つしかない状態だった。
「階段から魔物の足音が聞こえ、流石のワシも、もう死ぬしかないと覚悟しとったら、ミーナが水晶を触ろうとしている姿が目に入ったんじゃ。何かするならワシも連れて行けと、とっさにミーナの服をつかんだ瞬間、こちらの世界に転移したみたいじゃな」
「前に触った時は何もなかったのに、別のダンジョンだから転移できたの?」
その場を代表するように、エリーゼが疑問を口にする。
「必死だったので、なぜ転移できたのか分かりません。ですが、エリーゼさんが生きているのであればそこに行きたいと考えて水晶に触りました」
「もしかしたら、それが何か関係あると?」
「ワタシには、そのぐらいしか思いつきません」
何か考えがあって行動したわけではなく、神頼みとしての行動が、生き残る可能性を引き寄せただけだった。
「……お話はよく分かりました」
ゆっくりと息を吐いてから、イスの背もたれによりかかる。
これ以上は、質問をしても新しい発見はないと分かり、健人は話を終わらせることにした。
「そろそろこれからどうするか、お話しませんか?」
沈黙が漂う空間に、ここまでずっと黙っていた名波議員が提案した。
「分かりました。それでは、これからこの島をどうするのか説明します。この話を聞いてからこの島にとどまるか、東京に戻るのか決めてください」
提案を受け入れた健人は、ゆっくりと背もたれから離れ、両手をテーブルの上に置く。
目の前に座っている異世界人を視界にとらえると、今後の説明を始めた。
「私達は、この島にあるゴーレムダンジョンの管理、運営で資金を貯め、魔石や魔法の研究をしたいと考えています。まずは、ダンジョンの管理、運営についてご説明しますね」
ダンジョンの運営だけでも資金は貯まる。だが、エリーゼの世界のように幾つものダンジョンが地球上に発生する可能性は十分ある。実際、この短期間で新宿と無人島の2ヶ所にダンジョンが発生していた。
世界中にいくつものダンジョンが発生する……そうなったら、魔石やダンジョン産のアイテムの価値は間違いなく下がるだろう。そうなる前に、収入源を増やすための研究は、必要不可欠だった。
「基本的な仕組みはハンターギルドと同じだと思っていただいて構いません。ダンジョンの出入り口の管理と、ハンターが持ち込んだアイテムの換金などが主な業務になります。大きく違う点は、免許の発行と管理をこちらで行わない事でしょうか」
「ワタシ達がハンターギルドの職員になるのでしょうか?」
ミーナ達が住んでいた世界を例に出したのが良かったのだろう、健人の意図をしっかり理解していた。
「いいえ。違います」
だが、健人がミーナやヴィルヘルムに求めていることは、ハンター――地球でいうところのダンジョン探索士を管理するような職員ではなかった。
「お二人にお願いしたいのは、研究業務です」
「ほぉ……」
健人の会話に興味を示さなかったヴィルヘルムが、テーブルに腕をのせて話しかける。
「ここまで話を長引かせているんじゃ。退屈な話じゃねぇだろうな?」
「もちろん。そのつもりで話しています」
ヴィルヘルムの脅しを柔らかくあしらうと、本題を切り出した。
「2人が得意なことは、名波議員から事前に聞いています。ヴィルヘルムさんには、政府が派遣する予定の研究職員と共同で、魔道具を作ってもら――」
「その話、乗った!」
ヴィルヘルムが勢いよく立ち上がる。健人の提案に満足しているのか、その口元は吊り上がっていた。
「この世界にある技術を魔道具に応用していたいと考えていたんだ! 金をもらって研究ができるんだろう?」
「え、ええ。社員として雇う予定なので、毎月、給与を支払う予定です」
とびかかりそうな勢いのヴィルヘルムに驚きながらも同意する。
「なら、断る理由などない!」
「それは良かった……」
先ほどまで退屈だと態度に出していた人物とは思えない豹変ぶりに「大丈夫かな?」と心配になりながら、置いてきぼりになっているミーナの方を向く。
「ミーナさんには、ポーションを再現してもらいたいと考えています」
「いいんですか!?」
思ってもみなかった提案に、先ほどのヴィルヘルムと同じように、彼女らしくなく勢いよく立ち上がる。
「もちろんです。エリーゼから聞いていますが、ポーション作成の基本知識はあるんですよね?」
「初級ポーションが作れるか……作れないか、といったレベルですが……」
多大な期待をされるのを怖がっているのか、先ほどの勢いはなくなり、下を向いていた。
「なら大丈夫です。この世界の誰よりも知識があります。成果が出るのに時間がかかると思います。焦らずゆっくりと研究を進めていきましょう」
「は、はい!」
健人の適切なフォローにより顔を上げたミーナは、満面の笑みを浮かべていた。
その後、条件などの詳細を詰めていくが、2人も態度を変えることなく、この島に住んで研究をすることに決まる。
「今日から滞在してもらっても大丈夫ですか?」
先ほどから、ずっと見守っていた名波議員に話しかける。
SNSで話題になったエリーゼとは違い、ミーナとヴィルヘルムは一般的には公開されていない。場所を移動するだけでも非常に気を使うため、戻らないほうが、お互いのためになるだろうと考えていた。
「そのつもりで来てもらっていますから大丈夫です。大きい荷物などは、後日、こちらに運びます」
「準備がいいですね……」
今すぐ移住すると決まれば、難癖をつけてくると覚悟していた健人にとって、協力的な態度に疑問を抱いていた。
「こうなると予想していましたから。それに、我々にとっても悪い話ではないので」
「そうなんですか?」
「ええ。これからもよろしくお願いしますね。それでは、このことを伝えるために船に戻ります」
一礼すると、すぐにコテージから出て行ってしまった。
結局、何を考えているのか聞き出すことができず、すっきりしない気持ちを残したまま、本日の打ち合わせは終わることとなった。




