新しい異世界人との出会い
「あの小さい島が、エルフが住んでいる場所かのう?」
「エルフじゃなくてエリーゼさんです! ヴィルヘルムさんは、もう少し人の名前を覚える努力をした方がいいと思います」
肌が焼けるような日差しの下、漁船の船首部の手すりをつかんだ2人が言い争いをしていた。
「ミーナと違ってワシは、そのエリ……何とかには会ったことがない。知らんヤツの名前を覚えるような、ムダなことはせん!」
時折、水しぶきが顔にかかるのを迷惑そうにしなが反論する。
ヴィルヘルムと呼ばれた男は、低身長ながらも体は筋肉質で、薄手の長袖から筋肉の形がわかるほどガッシリとした体形だった。坊主頭に黒い無精ひげがあり、初めて会う人は、その姿に腰が引けてしまうだろう。
もう1人。ミーナと呼ばれた女性は、首元まで伸びた茶色い髪をした、どこにでもいる普通の女の子のように見えるが、その頭には猫のような茶色い耳があり、お尻からは細長いしっぽがあった。
「これだからドワーフは……自分勝手な種族と言われるんですよ……」
「気分屋の獣人よりかはマシだと思うんだがな」
「それは一部の獣人であって、ワタシは違いますから……」
「フン! ドワーフも同じじゃ!」
口論をしている2人は、新宿のダンジョンとともに地球に転移し、日本政府に情報を提供していた異世界人だった。
「まぁまぁ、落ち着いてください。もうすぐ着きますよ」
険悪な雰囲気が漂い始めると、名波議員が慌てて間に入る。
健人との交渉がまとまり、もうすぐ桜が咲く季節になって、ようやくエリーゼと異世界人の顔合わせが実現する。
異世界人を乗せた漁船は、ゴーレムダンジョンのある無人島へと向かっていた。
「最後にもう一度、これからの流れを確認しますね。まずお2人は、エリーゼさんに会ってもらい、地球に来るまでの経緯などを共有してもらいます」
睨み合いを中断した2人は、名波議員の方を同時に向いて話を聞く。
今までのことから、ダンジョンを転移するには何か条件があると考えている名波議員らは、少しでも情報を得るためにエリーゼが地球に来るまでの経緯を調べようとしていた。
「その後は、健人さんから今後について提案があるそうなので、話を聞いて島に住むのか、それとも東京に戻るのか選んでください」
日本政府側は彼らを強制的に拘束するつもりはなく、2人の異世界人が無人島にとどまるのか、それとも東京に戻るのか、本人達の判断にゆだねていた。
「お世話になった名波さん達には悪いと思いますが、ワタシはエリーゼさんの所に住むと決めています」
「ワシは、条件次第じゃのう」
エリーゼが未知なる世界にあこがれて地球に来たように、2人にも地球に来た理由があり、それぞれ考えていることは違っていた。
「意見が変わったら、遠慮なく言ってくださいね。お2人とも落ち着いたようなので、私は席に戻ります」
2人の間に漂っていた険悪な雰囲気は霧散したのを確認すると、来たときと同じように手すりにつかまりながら、船内に戻るために歩き出す。
「名波議員も、苦労人っぽい感じがしますね……」
ミーナは、落ちないようにゆっくりと歩く名波議員を見つめていた。
「他人の意見に耳を傾けすぎじゃからな。だが、そのおかげでワガママが言いやすい。ワシらには、何の問題もないじゃろう」
他人の事情など知ったことではないというかのように、豪快に笑う。
「だからドワーフは苦手……」
誰にも聞こえないほど小さな声でつぶやくと、しかめっ面になった顔を無人島の方へと向ける。
自分の趣味に一直線であり、身近な人間にしか興味を示さないドワーフは、仕事をさせたら一流だが、それ以外ではお荷物。他の種族からはそのように評価されていた。
「あの女が言っていた通り、もうすぐ着きそうじゃな。ワシは、そろそろ荷物をまとめに戻る」
不安定な船上をものともせず、しっかりとした足取りで船内に戻っていく。
「……ワタシの夢は、この島で叶えられるかな?」
遠くを見つめていたミーナは、期待と不安を抱え、健人の住む無人島へと向かっていた。
無人島のさん橋に漁船を係留してから、名波議員の案内で、人の足で踏み固められた地面を上り、コテージへと向かう。
「本当に人がいないし自然ばかり……ワタシの故郷に似ているかな?」
耳をせわしなく動かし、周囲の様子をうかがう。
久々に自然あふれる場所にいて機嫌がよいのか、しっぽはまっすぐ立っていた。
「東京に比べて住みやすそうじゃ」
横に並んで歩いていたヴィルヘルムも同意する。
地球に転移してから世界でも有数の人口密集度を誇る東京で暮らしていた2人は、健人の住む無人島の方が故郷の環境に近く、居心地が良いと感じていた。懐かしい雰囲気にあてられたのか、先ほどとは違い2人は和やかなまま会話が弾み、あっという間にコテージの近くにまでたどり着いた。
「健人さん達が、外で待ってくれているようです」
坂を上り切り開けた場所に出ると、名波議員が足を止めて振り返る。
ようやく目的の人物に会えるといった期待感が2人の足を速め、健人の間にまで移動すると「挨拶は中でしましょう」と、ダイニングまで案内される。
室内には、台座の上に鎮座する拳大の魔石、ダイニングに立てかけられた剣、壁に貼り付けられたゴーレムダンジョンの地図などがある。少し前までは健人の趣味の道具であふれていたダイニングも、一流のダンジョン探索士が住むような拠点へと姿を変えていた。
「初対面の人も多いからまずは、簡単な挨拶をします。地球へと迷い込んだエリーゼの保護者であり、この無人島の所有者でもある清水健人。気軽に健人と呼んでください」
ダイニングのイスに腰かけた異世界人の2人を前にして、簡単な自己紹介が終わると、次はエリーゼの番だと視線を向けると、彼女の驚いている顔が目に入った。
「あなた……ミーナ……よね?」
まさか知り合いが来るとは思ってもみなかったエリーゼは、健人の視線に気づくことなく、震えるような声を出して質問をする。
「はい!」
覚えてもらえていたことが嬉しいようで、返事をする声は弾んでいた。
「ミーナ……」
いまだに信じられないのか、大きく息を吐いて背もたれに寄りかかる。
「ということは……初対面はあなただけね」
複雑な感情を腹の奥底にしまって、ヴィルヘルムの方に顔を向けて話し始める。
「私はエルフのエリーゼ。ダンジョンの最下層にたどり着き、気づいたらこの島に転移していたわ。知り合いがいるということは、私が住んでいた世界から来たようね」
「そうか! 元の世界が違うって可能性もあったのか……」
世界が複数あるという考えにまで至ってなかった健人は、思わず声を出してしまい、エリーゼの挨拶を中断してしまった。
「その可能性は低いとは、思っていたけどね」
会話を中断されたことに気を悪くすることなく、話を続ける。
「私は、ダンジョン都市アガサでハンターをしていたわ。珍しい種族だったこともあり目立っていたから、あそこにいたハンターなら知っていると思うけど……あなたは、どうかしら?」
「ワシはハンターではなく武器屋だったから、お前の事なぞ知らんぞ」
ヴィルヘルムはつい最近までハンターではなく武器屋を営んでいたため、エリーゼの存在は知らなかった。
「あなたもここにいるということは、ダンジョンの最下層にまでたどり着いたのよね? なぜここに?」
ダンジョンの最下層を目指すのであれば命がけの行為であり、興味本位で目指す者はいない。仮に目指したとしても、すぐ魔物に殺されてしまうだろう。本職でもなく、普通であればダンジョンに潜る理由もない一般人がここにいる理由に疑問を持つのも不思議ではない。
「借金……がな……ポーターをやっていたんじゃ」
鍛冶と武器の販売をしていたが、ドワーフの中でもさらに偏屈であるヴィルヘルムは、接客は悪く、売り上げはほぼ無かった。また、利益の事など考えずに気が赴くままに様々な武具、道具を作り、借金はかさむばかり。ついに借金返済のためにポーターとしてパーティに参加し、食料などを担いでダンジョンに潜っていた。
長期間探索するのであれば食料などを運ぶポーターは必須だったが、命がけの荷物運びを普通の人間はやりたがらない。借金、脅迫、一発逆転の夢、理由は人それぞれだが、何か問題を抱えた人間がポーターをやることが多かった。
「そうだったのね……」
ポーターという過酷な職業の現実を知っていたエリーゼは、同じポーターだったミーナを悲しそうな目で見つめていた。
「まぁ、詳しい話は後ほどということで、まずはこちら側も挨拶をさせてください」
しんみりした空気を換えようと、名波議員が立ち上がり提案をする。
「私の左側にいるポーターをやっていた男性はドワーフのヴィルヘルムさん。私の右側にいるのが猫獣人のミーナさんです」
ヴィルヘルムはしかめ面をしていたが、ミーナは軽く頭を下げる。
同時に地球にやってきた2人は、性格や態度が正反対だった。
「新宿のダンジョン発生とともに地球に転移してきたところを、日本政府が保護をしていました。皆さん非常に協力的で、ダンジョンの管理する仕組みなど、様々な視点からアドバイスをいただいてもらっています」
自分の役目は終わったと言いそうな表情で、ゆっくりとイスに座る。
「事前にお話を聞いていた通りですね。それでは、そろそろここに来た経緯と、これからどうしたいか話し合うことにしましょうか」
ようやく本題に入れると、その場にいる全員がうなずいた。




