髪留めと魔石
翌日になって平熱に戻った健人は、無人島から約5時間かけて手芸雑貨店内まで移動し、アクセサリーパーツを選んでいた。
店内は、温かみが感じられる木製のインテリアで統一されている。透明な小袋にまとめられたアクセサリーパーツが棚一面に並べられ、布やハサミといった小道具も並んでおり、雑多な印象を与えていた。
(エリーゼならポニーテールでも似合いそうだし、カチューシャでおでこを出すのもありだな。いや、クリップで両サイドの髪をまとめてハーフアップにした髪型も似合いそうだ)
髪留めといっても種類は豊富だ。ドーナツ状のゴム紐に飾りを付けたヘアゴム、そこに薄布をつけたシュシュ。Uの字に曲げた細長い金属やプラスチックで作られたカチューシャ。髪をはさむクリップなど、髪型によって使うものは変わる。
女性であれば日々の生活で積み重ねた知識と経験で、自分に似合いそうな髪留めを選ぶことはそう難しくないだろうが、男性が選ぶ場合はそうではない。あれこれと想像はしてみるものの、どんな種類を選べばよいのか決めきれないでいた。
脳内で目の前にある髪留めをつけたエリーゼの姿を想像しながら一歩も動けないでいる健人が、店内にいる女性客の注目を集め始めたころに、店員が悩んでいることに気づき、声をかけた。
「長いこと髪留めを見ていらっしゃいますが、何かお悩みでしょうか?」
店員の近づく気配を感じ取っていた健人は、慌てることなく話しかけられた方に顔を向けると、軽いウェーブのかかった茶色い髪と、白いワンピースの上にくすんだ水色のカーデガンを羽織った女性が笑みを浮かべて健人を見ていた。
「ええ。女性の友人に、手づくりの髪留めをプレゼントしようとここまで来たんですが、いざ購入する段階で、どんな種類が似合うのか悩んでしまって……」
「そうなんですね。よろしければ私がご提案しましょうか?」
「そうしてもらえると助かります」
すでに30分近くも悩んでいた健人は、1人で選ぶことを半ばあきらめていたため、返事に悩むことなく提案を受け入れた。
「では、プレゼントするご友人の髪の長さ、色、お顔立ち、だいたいの年齢などを教えてもらえないでしょうか?」
「そうですね……色白で顔の彫は深く、目はやや切れ長といった感じですね。髪は金髪で肩甲骨あたりまで伸びています。年齢は10代後半です」
「身長は高めでしょうか? また、普段どのような服装を好まれていますか?」
「そうですね。私と同じぐらいなので175cm前後はあると思います。激しい運動をすることもあるので、動きやすい服装を好んでいますね。普段はジーンズとカットソーを着てて、寒ければカーデガンを羽織っています。そういえば……暑くなったらタンクトップを着たいとも言っていました」
一通り必要な情報を引き出した店員は、健人の言葉を思い返しながらも、髪留めが置いている棚を眺めて商品を選んでいた。
「背が高く外国人っぽい顔立ちで、もうすぐ大人の仲間入りをする年齢。さらにカジュアルな服装を好む女性……そうですねぇ……そのような女性に似合いそうなものといったら……シンプルなヘアゴムで髪を束ねて、アクセントにヘアピンを使うといったのはどうでしょうか?
そうして店員が手に取ったのは、通称アメピンと呼ばれる、細い棒を折りたたみ片方を波立たせた金色のヘアピンと黄色いヘアゴムだった。
「髪留めはカチューシャやバンスクリップのようなタイプですと、激しく動いたときにずれたり、最悪落ちるかもしれないので、ヘアゴムとヘアピンのセットがオススメです」
「せっかく髪を束ねても髪留めが落ちてしまったら意味がないですね……オススメされたこの2つを購入したいと思います。色は黄色系統がいいのでしょうか?」
「ヘアピンの存在感を強調したいのであれば、髪とは異なる色を選ぶべきですが、お客様から聞いた女性のイメージですと、あまり派手なものは好まないと感じましたので、黄色系統がよいかと思います。どうでしょうか?」
30分間も悩んでいたうえに、健人からすると的確なアドバイスをくれた店員の言葉を信じてヘアゴムとヘアピンのセットを購入することに決めた。
「確かにその通りですね。彼女はシンプルなデザインを好むタイプなので、オススメされた髪と同系色のものを購入したいと思います。ありがとうございました」
「いえ。ご不明な点があれば、遠慮なくお声がけください」
店員にとってはなんでもない日常の一コマだったようで、事務的な対応が終わると健人から離れて別の場所に移動する。
再び1人になった健人は髪留めが置いてある棚を眺めると、店員のアドバイスに従い、エリーゼの髪色に近い金色のヘアゴムと球体を乗せられそうな丸皿付きヘアピンを手に取る。今回は、この丸皿に魔石を乗せてプレゼントする予定だ。
本番用に2個。さらに予備として2個のヘアピンと、念のためヘアゴムを5個をショッピング用のカゴに入れた。
さらに健人は、魔石を取り付けるのに必要なレジン液、箱型のUVライト、丸カン、リーフ状のアクセサリーパーツ、ストラップのヒモ、シリコンの型などを次々とカゴに入れて、容量限界まで商品を詰め込むと、レジへと向かいカゴを置いた。
「目的の材料は、すべてそろいましたか?」
レジにいたのは、先ほど健人にアドバイスをした店員だった。
「実はレジン液をもっと買いたいのですが、お店にあとどのぐらいありますか?」
紫外線に反応して硬化するレジン液は、アクセサリーを作るときには比較的よく使う。買い出しを一度で終わらせたい健人は、ここでまとめて購入しようと考えていた。
「そうですね……確か、段ボール一箱分はあったと思います」
「では、このお店にあるものすべてください」
予想外の一言に驚いた店員は、自分が聞き間違えてしまったかもしれないと思い、言葉に詰まりながらも念のためもう一度確認をとる。
「す、全てですか?」
「そうです。全てです」
自分のきき間違いではないと理解すると、アルバイトの自分では判断できないと思い、在庫管理を担当している店長にすべて任せることにした。
「しょ、少々お待ちください……」
バックヤードから「店長ー」という声が聞こえてから1分ほど待っていると、先ほどの店員が段ボールを抱えて戻ってきた。
「このお店にあるレジン液をすべて持ってきました。本当に購入されるのですか?」
「ええ。カゴに入っている商品と一緒に購入します」
「……カゴの中にある商品も山盛りですね……」
通常では考えられないほどの量が入っているカゴをしばらくの間見つめていた店員だったが、これ以上何かを言うのをあきらめたようで、淡々と商品の精算を進めていた。
この日、健人が訪れた手芸雑貨店は過去最高の売り上げを記録し、店員に忘れられない記憶を植え付けたのだった。
◆◆◆
1発当てた成金にしては地味な爆買いをした健人は、魔力による身体能力強化をフル活用して急いで帰り、晩御飯が終わると早速、アクセサリー作りに取り掛かることにした。
2人で食事をするのには広すぎるダイニングのテーブルに隙間なく、アクセサリー作り用の材料が並べられている。
どう考えてもこんなに材料はいらないだろうと、あきれた顔をしまエリーゼは、大きく息を吐いてもの言いたげな目をしていた。
「……ちょっと買いすぎちゃったかな?」
「趣味にお金を使うのはいいんだけど、量が多すぎね」
「だよねぇ……」
家についてから冷静になって考えれば、レジン液を段ボール1箱分を買う必要はなかったと反省していた。ほかの材料も半分程度の量でも十分だった。だが、反省はしても後悔はしていない健人は気を取り直すと、前回の探索で手に入れた魔石とエリーゼの世界から持ち込んだ魔石の3つをテーブルに置いた。
「買ってしまったものは仕方がないし、有効活用するためにさっそく髪留めを作ろう! で、魔石を3個並べて初めて気づいたんだけど、最後に手に入れた魔石だけ赤い色が少し鮮やかだね」
「あぁ、同じウッドドールでも少し強いタイプだったからだと思うわ。ほら、武器の形も違ってたでしょ? 特別な武器を持っているタイプは通常より強力で、質のいい魔石を残すのよ。魔物が強くなれば魔石の色は鮮やかになるから少し色が違うのよ」
「そうだったんだ……今のところ使い道はないけど質の良い魔石を手に入れたのは運がよかったけど、今回作るヘアピンはペアにする予定だし、同じ色の魔石を使いたいなぁ。で、そこで相談なんだけど、俺が初めて倒して手に入れた魔石とエリーゼが倒したウッドドールの魔石を交換しない?」
「え? ええ。私は問題ないわ……健人こそいいの? 初めて倒した魔物の魔石でしょ?」
「初探索を無事に終えた記念だと考えれば問題ないよ。それより、ヘアピンの完成度の方が重要……かな」
「へぇ……そうなんだ……それならその提案をありがたく受け入れるわ」
物としての価値で考えるのであれば健人の方が明らかに得をしているが、「健人の大切な物をプレゼントしてもらえた」ような気がして、エリーゼは自分の方が得をしているように感じていた。
むろん健人は言葉通り、ヘアピンのためだけに提案したのであって、特に深い意味は込められていない。
「それとヘアピンを作る前にヘアゴムを渡すね。これを使ってサイドの髪をハーフアップでまとめてから、ヘアピンで両サイドの髪を押させる髪型にしてみない? 教師時代に生徒から聞いた髪型の中で、使えそうなものを選んだんだけど……」
「私は特にこだわりがあるわけじゃないから、健人のオススメにしてみるわ。でも、言葉だけだとわからないから、1回私の髪を使って手本を見せてもらえない?」
「……お、おう。完成したらね」
予想外の提案に驚きながらもなんとか反応した健人は、気持ちを切り替えるために声を出して準備を始めることにした。
「よし、それじゃ、作りますか!」
まずは、A4サイズのカッター台を目の前に置くとニッパーやピンセット、シリコンでできた半球の型、レジン液など必要な道具を手際よく配置する。
道具の配置が終わると、UVランプを電源延長ケーブルに差し込んでから、エリーゼの髪と同じ輝きを持つ金色のヘアピンと赤黒い球状の魔石をカッター台の中心に置いて準備が整うと、隣に座って身を乗り出して見つめているエリーゼに、これから何をするのか説明を始めた。
「魔石は球状だけど表面には細かいおうとつがあるし、常に身に着けるのであれば傷つくことも多い。実際、エリーゼがこの世界に持ち込んだ魔石には、大小さまざまな傷がついている。魔石を長持ちさせるのであれば、外側をコーティングしたほうがいいだろう……ということで、これからレジン液を使って、魔石をコーティングする作業に入るから」
「液体なのにコーディングできるの? もしかして、乾燥したら固まる液体?」
「いい質問だけど、ちょっと違うかな。レジン液は紫外線をあてると硬化する液体なんだ。半球の型にレジン液を流し込んで、その中に魔石を入れて、さっき用意した紫外線を出すUVランプに入れると、型通りの形に固まるんだよ。半球の型の場合、これを2回繰り返せば球状になるって寸法さ」
「へー。そんな便利な液体があるのね……」
「レジン液を硬化させても、ガラスのように透明でさらに落としても割れないから、魔石をコーティングするのには最適なんだ。練習がてら1つサンプルを作るからちょっと待ってて!」
そういうと、健人はすぐさま半球の型にレジン液を半分ほど注いでから、シェルパウダーを入れると、気泡ができないように慎重にかき混ぜ、箱型のUVライトの中に入れて電源を付けて硬化させる。
約3分ほど経過して硬化が終わると型を取り出し、硬化したレジンの上にレジン液とシェルパウダーを入れてから1cmほどあるライトストーンが型から半分ほど飛び出すように配置して、もう一度UVライトに入れて硬化させる。十分に時間が経過したことを確認してから型から取り出すと半球状のレジンがカッター台の上を転がった。
先ほどの型にもう一度、レジン液とシェルパウダーを入れ、取り出した半球状のレジンをずれないように慎重に重ね合わせてUVライトに入れて硬化させ、継ぎ目にできたバリを複数のネイル用のヤスリを使って整えると、サンプルが完成した。
「あっという間にできたわね……光を当てただけで固まるなんて、この世界の魔法だと言われたら信じてしまいそう」
「確かに、原理を知らない人から見たら魔法を使っているように思えるかも」
クラークの三法則では「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」と提案している。タブレット、テレビそして目の前の光景その全てが、科学に関連する知識が乏しいエリーゼにとって、現代社会とは、高度な魔法社会のように感じられていた。
エリーゼが魔法と科学の違いについて悩んでいることなど気づく素振りすらない健人は、レジン液で作った球体をつまんで持ち上げると、蛍光灯の光に透かして仕上がりを確認していた。
「久々に作ってみたけど、気泡も入らず、透明度も問題なさそうだ! これならヘアピンを作る作業に取り掛かっても問題ないだろう」
サンプルを見ながら何度も頷いて仕上がりに満足した健人は、エリーゼの方に顔を向けてヘアピンのデザインについて話をする。
「ヘアピンにつける魔石なんだけど、素材の色を活かしたいから、キラキラと光るデコレーションはしない予定なんだけどいいかな? それとも、サンプルで使ったようなキラキラと光るようなデコレーションをしてほしい?」
「さっきのキラキラした粉はきれいだと思ったけど、身に着けるのであればシンプルなほうが好きだわ。レジン液を使うだけで十分よ」
「じゃぁ、その案で作るから少し待ってて」
そう言うと、サンプルを作った時と同じようにレジン液を球状の型に少し流し込んで硬化させてから、魔石とレジン液を入れて再び硬化させる。先ほどより慎重に作業すること30分。魔石が中に入ったボールが3つ完成した。
健人は仕上がりの確認が終わると、ヘアピンについてる半球状の台座に瞬間接着剤をつけてから、魔石入りのボールを丸皿の中に入れる。
健人の作業が一通り終わると、エリーゼが口を開いた。
「これで完成?」
「作業はこれで終わりだけど、接着剤が完全に乾くまでは触らない方がいいよ。ヘアピンはエリーゼに渡すから、2、3日は日の当たる場所に置いてもらえるかな?」
そういうと健人は作ったばかりのヘアピンをエリーゼに手渡した。
「ありがとう! 大切に使うわ」
エリーゼはお礼を言い終わると、スキップしそうな勢いで部屋へと向かった。
「あとは俺の分だけだな」
残された健人は自分用のストラップを1人寂しく魔石を取り付けると、散乱した道具を片付けてからベッドに潜り込み、心地よい充実感を覚えながら眠りについた。