ゴーレムダンジョン探索(地下四階)-2
その後、何度も襲いかかるゴーレムナイトとの戦闘を繰り返す。次第に薄暗い空間での戦闘に慣れていくと、健人の動きは見違えるように良くなり、どのような状況になってもピンチになるような場面にはならない。
ダンジョン内は乾いた足音だけがする。三人は無駄口を叩くことなく、地図を見ながら目的地にまっすぐに進み、階段を降りると、数時間かけてようやく地下五階に到着したのだった。
階段下の小さな広場で、健人は衝撃に強い腕時計で時刻を確認する。
時刻は夕方。これから探索するには少し遅い時間だ。戦闘で体力も消費している。まだ余裕は残っているが、ここで無理をする必要もないだろう。そう判断すると、階段下にある小さな広場で野営すると決めた。
ヴィルヘルムが背負っていたリュックからテントを取り出す。効率化された用具は、不慣れな健人でも簡単に組み立てることができた。地面に固定していないため、風が吹けば飛ばされてしまうが、ダンジョン内ならそのような心配はない。
テントの中に入り手回しで動く電気ランタンをぶら下げる。マットを敷いてから、魔物除け箱を床に設置。起動ボタンを押すと、部屋一面に魔法陣が展開され、しばらくすると消えた。
「これで寝床の準備はオーケーかな」
久々に使った魔物除け箱のボタンは淡く光っており、無事に起動していることを静かに伝えている。健人は一つ小さくうなずくと、テントから出て料理をしているエリーゼのもとに向かった。
調理中の彼女は、タンクトップにショートパンツといった露出度の高い服装に着替えている。魔石で動くコンロで、鍋をかき混ぜていた。
「良い匂いだね。何を作っているの?」
「もつ鍋よ。明日も探索だから、肉を使った贅沢な食事にしてみたわ」
海に囲まれた日本では魚はともかく、肉が手に入りにくい状況だ。輸入は滞り、交通機関が麻痺しているため、値は高騰し続けている。
健人は香りを嗅いだ瞬間に、空腹が刺激されて口中に唾液が溜まっている気づいた。
「もうできるから、ヴィルヘルムと一緒にお皿を並べてくれる?」
「そうだね、ちょっと手伝ってもらうか。早く食べたいしね」
組み立て椅子に座り退屈そうに眺めていたヴィルヘルムを見て、小さなため息を吐くと、足早に向かう。
「働かざる者食うべからずって、ことわざ知ってる?」
依頼主ではあるが、無償で探索しているため、お客様気分でいられるのは少々腹が立つ。魔物と戦えとは言わないが、せめて設営や料理の手伝いをするべきだが、そんな気遣いができていれば偏屈なドワーフとは思われなかったのだろうから、期待するだけ無駄だというものだ。
だからこそ、健人は無言のまま紙皿とコップを突き出す。顎を使って、食器を並べろと暗に示した。
「知らんが、言いたことはわかる」
「………………」
「……仕方がないのぅ」
圧力に屈したヴィルヘルムは、ノソノソと立ち上がる。気持ちを反映するかのように動作は遅い。結局、最後は健人が一人で作業をすることとなった。
◆◆◆
薄布をかけたランタンの前で健人とエリーゼは、肩を寄せ合うようにして座っている。魔物除け箱の効果で魔物は寄りつかず、ヴィルヘルムはテントの中でいびきをかきながら寝ており、二人の世界を邪魔する存在はいない。
ダンジョンの中だというのに心安らかに過ごせる。そんな矛盾した状況だ。
地上の喧噪を忘れて、ぼーっと過ごすのも悪くはない。健人の中でそんな想いが込み上がってくる。
だが、明日からが本番だと思い出すと、煩悩を追い出すように頭を軽く振って、口を開いた。
「ダンジョン鉄って、アイアンゴーレムが落とすって話しか聞いてないけど、アイツみたいにデカくないよね?」
ヴィルヘルムの捜し物はアイアンゴーレムが残すダンジョン鉄だ。そう言われて、多くの探索者は疑問に思わないだろう。だが健人は違う。過去に一度、イレギュラーな個体と戦ったことがあるからだ。
巨人と見間違えるほどの背丈に、経験を積んだ今でも苦戦してしまうほどの戦闘能力。圧倒的な暴力の前に、二人は死を覚悟したほどの強敵だった。勝てたのは奇跡であり、幸運に恵まれただけで、もう一度戦っても同じ結果をは出せないだろう。
思い出したことで健人の体は自然と力が入り、いつの間にか、床に置いたアイアンゴーレムが残した剣を見つめていた。
「もちろんよ。1.5m程度ね。私たちが戦った個体とは明らかに違うわ。紛らわしいし、私たちだけはリトルアイアンゴーレムとでも呼びましょうか」
「俺が率先してルールを破ってしまうのは気が引けてしまうけど……そうしようか」
「私たちのときは、そんなルールはなかったし、戦ったことは誰も知らないから仕方がないわよ。割り切っていきましょ」
顔を上げて天井を見る。心の大半は安堵が占めていたが、ほんの僅かだけ、残念と思う気持ちがあった。魔法を覚えたての頃ではなく今の自分が戦ったら、どこまで戦えるか試したいと持っていたのだ。もちろん、目の前に出現したら逃げ出すのは間違いないが、そう思ってしまったのだ。
元々は教師だったこともあり荒事とは無縁の生活をしていたが、エリーゼと出会ったことで一変し、眠っていた闘争本能が目覚めつつあるのを自覚せずにはいられなかった。
だがそれは、性格が変わったと指摘するよりかは、環境に適応しつつあると表現するのが適切だろう。世界中に魔物が溢れ出したからには、戦いと無縁でいられるほど優しい世界ではない。
特にダンジョン探索士は、一般市民の盾として使われる場合が多く、守ってくれる存在はいない。戦って、生き延びるしかないのだ。
「面白いことでも思い出した?」
「ん? なんで?」
「口がにやけているわよ」
エリーゼが自らの唇に指を当てて、無理やり引っ張り笑顔を作った。つられるように健人は自らのほほを触った。無意識のうちに口元が上がっていた感触がある。
「明日の探索が楽しみなんだ。未知なる場所は、いつになっても心が躍るよね」
変わってきたことを気付かれたくなかった健人は、あえて正確に答えなかった。戦いが好きな野蛮な人間と思われたくない。そんな日本人的な気持ちがあったことを否定することはできなかった。
「そうね。私も初めて入ったダンジョンはワクワクしながら探索してたわね。健人もそんな風に思えるほど、自信がついてきたのは良かったわ」
「そ、そうかな?」
「そうよ。頼り甲斐があるわ」
飾りっ気のないまっすぐな言葉で、顔が赤くなる。
まともに顔が見れなくなり、小さくありがとうと言い放つと、立ち上がった。
「じゃ、寝るね。前半の見張りは任させたよ」
「えー。まだ、話しましょうよ」
「久々の探索で疲れたから眠いんだ」
「仕方がないわねぇ。帰ったら話に付き合ってもらうわよ」
「あぁ、夜通し話そう。じゃあね」
軽く手を上げて就寝の挨拶をすると、イビキが響き渡るテントに入る。
普通では寝付けないほどの轟音だが、体が疲れ、緊張から解き放たれた健人にとって問題ではなかった。
目を閉じるとすぐ意識が離れ、夢の世界に落ちる。だがそれは、幸福な時間ではない。
毎晩、アマゾンでの経験が呼び起こす悪夢が襲いかかり、見張りの交代時間が訪れるまでうなされ続けるからである。衰弱するほどではないが、疲れが完全にとれることもない。そんな状態がずっと続いているのであった。