ゴーレムダンジョン探索2
分岐すらなく、一直線の通路を歩いてきたため、迷う心配はない。エリーゼが歩きながら作っていた地図を確認することもなく、2人は出口のほうに向かって歩いていた。
「今日、手に入れた魔石は俺に預けてくれないか?」
この世界では魔石の利用価値はなく、それを欲しがる健人の意図が理解できなかった。
「それはいいけど……どうするの? この世界じゃ使い道がないわよ」
「記念品としてアクセサリーにしたいと持ってね。エリーゼは反対?」
「ううんそれはいいアイデアよ! 実は私、初めて倒した魔物の魔石をずっと持っているの」
そういうと立ち止まり、腰につけていたポーチから、先ほど手に入れたのと同じくらいのサイズ・色をした魔石を取り出して、手のひらの上に置いた。
「お金と時間がなかったからアクセサリーにはしなかったけど、私もずっと持っているわ。恥ずかしい話だけど、不安になった時にこれを持つとなんだか安心できるのよ?」
エリーゼの顔は、少し顔を赤くなっていた。
健人は恥ずかしがる姿を微笑ましく見ていたが、エリーゼの眉間にしわが寄り目つきが鋭くなったことに気付く。
「健人。ゆっくりと私が見ている方に向いて」
エリーゼの一言で、穏やかな雰囲気が一変した。
指示に従って出口の方向に顔を向けると、10mほど先に手のひら程度の黒い霧が出現していた。
「……何が起こっている?」
現実世界では起こり得ない現象に、先ほどまで浮かれていた気持ちが吹き飛び、驚きと不安を感じた健人は、無意識のうちに一歩、二歩と後ずさる。
そんな健人の心の動きに気づいたエリーゼは、健人の手を取り自分の隣に引き寄せ、落ち着かせようと目の前で起こっている現象について説明を始めた。
「黒い霧自体は無害よ。何が起こっても私が守ってあげるから、落ち着いて黒い霧だけを見てて」
不安と恐怖に襲われていた健人の気持ちを落ち着かせるために手を握ってくれたエリーゼの優しさに気づき、安心感を覚えるとともに久しく忘れていた人の温もりに思わず涙が出そうになりながらも無言でうなずく。
覚悟を決めて視線を黒い霧に戻すと、人の頭程度の大きさにまで拡大していた。
「大きくなってる?」
予想外の変化に驚き、思わず声が出てしまった。
「そうよ。この黒い霧は周辺の魔力を使って人の背丈ほどの大きさにまで成長するわ。そして成長すると魔物が出てくる」
「魔物が?」
「そう。魔物は黒い霧から生まれて、死ぬと黒い霧に包まれて消えるの……私の世界の法則がここでも通用するのであればね」
お互い無言となり、固唾を呑んで見守っていた。
耳が痛くなるほどの沈黙のなか黒い霧は成長していき、ついに人の背丈ほどの大きさまでにまで拡大したことを確認すると、エリーゼは健人から手を離して魔法の矢を創り出す。
「もうすぐ魔物が出現する。健人は少し下がって、この光景をよく見てて」
健人は、無言でうなずくとエリーゼから離れた。
エリーゼの準備が整うのをを待っていたかように、黒い霧から目や口といった顔のパーツのないのっぺりとした木製の顔が出てくる。しばらく様子と見ていると、棍棒をもった右腕が出現した。
「……棍棒の形が違う?」
先ほど健人が倒したウッドドールが持っていた棍棒は長いだけの木の棒だったが、目の前にいるウッドドールの棍棒は、先端に向かうほど太くなりトゲがある。
このトゲで叩かれたら痛いどころではないだろう。
「魔物は個体差があるの……」
魔物の性能は一定ではなく、生物と同じように性能には個体差があり、その最も分かりやすい違いとして所有している武器の違いが例としてあげられる。
武器の性能が良いほど同じ魔物でも手強く油断してはならないと、エリーゼは過去の経験から学んでいた。
「持っている武器の形は違うけど、ウッドドールのようね」
そう独り言をつぶやいてから、ゆっくりと慣れた動作で矢をつがえて弓を引く。
狙われている気づくことなく、水中でもがくようにして黒い霧から出てきたウッドドールは、両手を上げて誕生による喜びを全身で表現した。
「あなた、運がないわね」
エリーゼの一言が合図となり、弓から赤銅色の矢が勢いよく飛び出すと、狙い違わず頭の中心に突き刺さる。すると、ウッドドールの頭部から炎が出現し、瞬きする間に全身へと燃え移った。
木の体でも熱さを感じる器官があるのか、火を消すために硬い石の上をもがくように転がりまわる。エリーゼは追撃をすることなく、黙ってその姿を見つめていた。
完全に出現してから10秒。ウッドドールの動きが完全に止まり短い生涯を終えると、黒い霧に覆われ消えてしまった。
完全に消滅したことを確認したエリーゼは、構えを解いてウッドドールが倒れていた場所にまで移動をすると、その場には先ほど手に入れた同じサイズ、色をした魔石と、武器として持っていた棍棒が転がっていた。
「武器が残っているなんで運がいいわ!」
よほど運がいいのだろう。ダンジョン内だというのにもかかわらず、飛び跳ねるように喜んでいた。
「ダンジョン産の武器は優秀よ! 木製の棍棒でも鉄のような硬度があるし、長さも十分。武器として使って!」
地面に転がっていた棍棒を手に取ると、健人に向けて勢いよく棍棒を差し出すと、勢いに押されて慌てて受け取る。
ダンジョン探索では常に冷静だったエリーゼが喜ぶほど、武器が手に入ることは珍しかった。
「エリーゼがそう言うなら従うけど、ホームセンターで買った斧と鉈はどうする?」
「鉈はそのままで、斧は薪割りとして使いましょ」
「そっか。ちょっともったいない気もするけど……仕方がないか……」
購入したばかりの武器が用済みとなってしまい、少しだけ気分が盛り下がってしまったが、気持ちを切り替えるために、先ほど思い浮かんだことを提案することにした。
「実は魔石を見てから思いついたことなんだけど、探索のお礼と初探索の記念として、エリーゼに魔石を使ったアクセサリーをプレゼントしたいと思っているんだ。ずっと持っていた向こうの世界で初めて手に入れた魔石。それとこの探索で手に入れた魔石を材料として使いたいんだけど、どうかな?」
「それは嬉しい提案だけど……いいの? それなりの手間とお金がかかるとおもうわよ?」
「まぁ、問題ないさ」
「それならお願いするわ。実は、アクセサリーにしたいとずっと思っていたの。今から楽しみになってきたわ!」
10代の少女が欲しいものを手に入れたように、満面な笑みとなって喜びを表現していた。
嫌な現実から逃げるために無人島へと移り住んだ健人は、一人で生きて死ぬ予定だった。だが現実は、エリーゼと出会い、共同生活をする過程で忘れかけていた人と関わることの楽しさを徐々に思い出し、人との関わり、特に目の前にいるエリーゼともっと仲良くなりたいと考えるようになっていた。
健人は、自身の人生を救ってくれたエリーゼにお返しをしたいと考えての提案だったので、想像していた以上に喜んでもらえ、その気持ちにつられるように健人も笑顔になっていた。
「コテージに戻ったら渡すわね。もう出口が目の前にあるけど、ここから出るまでは気を抜かずに行きましょう」
その後は緊張感が途切れることなく慎重に行動し、何事もなく無事にゴーレムダンジョンの外に出ることができた。
◆◆◆
ダンジョンでた時刻は13時。コテージに戻った2人は、荷物を置くと作り置きをしていたカレーを食べていた。
「今日の探索は、どうだった?」
「驚きの連続で、正直、なんて言えばいいかわからない」
魔法を覚えたことでフィクションの世界に慣れていたつもりだったが、ダンジョン内の閉塞感、魔物との命をかけた戦闘、そして今までの知識では理解できない現象。どれもがインパクトが強く印象に残っているため、ゴーレムダンジョン探索の感想を言葉にして表現することができないでいた。
「さっきまでの出来事は夢なんじゃないかと思えるぐらい現実感がないよ」
現実感がないという言葉を聞いた瞬間にエリーゼは眉をひそめ、声のトーンを落として忠告をする。
「間違いなく現実よ。夢だと思って油断しないでね。死ぬわよ」
「……あぁ……肝に免じておく」
失言に気づいた健人は、言い訳をすることなく忠告に頷いた。
「……」
気まずい沈黙がダイニングを支配する。
健人はその場の空気を変えるために、ダンジョンで話していた魔石のアクセサリー作りについて話すことにした。
「魔石をアクセサリーにする話だけど、エリーゼは、どんなアクセサリーがいいと思う? 俺は髪留めがいいと思っているんだけど……」
「さっきの戦闘で髪が邪魔に感じたから、髪留めが欲しいと思っていたの。その提案に賛成ね……もしかして健人が作るの?」
アクセサリーを作るとしか聞いていなかったエリーゼは、誰かに作ってもらうものだと考えていたが、コテージに戻って冷静に考えてみると、魔石は他人に見せるわけにはいかないので、誰かに依頼して作ってもらうことは無理だと考えなおし、健人が作るのではないかと推測していた。
「実はハンドメイドが趣味なんだよ。とはいっても、必要な部品を買ってくっつけるだけのお手軽ハンドメイドだけどね」
過去にアクセサリーを作った時に「女っぽい」と馬鹿にされてから、誰かに言うことなくハンドメイドが好きなことは隠していた。その隠していた趣味について話してしまったことに、いまさらだが恥ずかしさを覚え、カレーを食べるために持っていたスプーンを撫でるように触っていた。
「私は、素敵な趣味だと思ったわ」
恥ずかしがっていることを察したエリーゼは、からかうことなく健人の目を見つめてストレートに趣味を褒めた。
「どうやって作るか気になるから、私も参加していい?」
「もちろん。一緒に作ろう!」
今まで趣味を分かち合う友達がいなかった健人にとって、エリーゼの提案は驚くとともに、非常に嬉しいことだった。
「そうとなれば、早めに材料を買わないとね。明日、本島にいって材料を買ってくるよ! 預かる魔石は、さっき手に入れたのとエリーゼの世界で初めて手にいれた3個あるから、デザインはどうしようか? ……とはいってもこの世界の髪留めがどんなものかわからないと決めようがないか……。先にサンプルを買ってきた方がいいかな……」
後半からはブツブツと独り言になってしまった健人を見て、異世界のことに夢中になっていた自分を見ているようで、エリーゼの口元はゆるんでいた。
「デザインは健人に任せるわ」
「うぁー。それは責任重大だな! ……こうなったら材料をいっぱい買って、その中から選ぶようにしよう」
結局、この場では決めることができない上にインターネットを使うつもりのない健人は、後先考えずお金で解決することを選んでしまった。
「そうしましょう。で、健人はどうするの?」
「俺はストラップにするつもり。クルーザーの鍵に、何もつけてないから不便だったんだよね」
ポケットから何も付いていない鍵を取り出すと、見えやすいようにテーブルの上に置いた。エリーゼは鍵をじっくりと眺めてから質問をする。
「ストラップってなに?」
「ごめん。説明が足りなかったか……。鍵を持ちやすくするための道具だよ。鍵に紐をつけて、先っぽに魔石を取り付けるんだ。そうすると、紐を引っ張るだけで鍵がポケットから取り出せる。地味に便利なんだよ」
「なんとなく便利そうなことだけは伝わったけどよく分からないわ。完成したら見せてね」
本来は落下や紛失防止のために使われるストラップだが、健人は取り出すときに便利な道具として使うことをイメージしていた。だが、何度聞いても実物を一度も見たことがないエリーゼにとっては「説明されてもよくわからないもの」でしかなかった。
「それと午後は、ゆっくり休みましょう。特に健人は初探索だったし疲れたんじゃない?」
「たしかに、ご飯食べてから急に眠くなってきた。気づかないうちに疲れていたみたいだから休ませてもらうよ」
安心できる場所に戻ってから疲れを感じていた健人はエリーゼの提案を受け入れると、食後すぐに部屋に戻りパンツだけを身に着けてベッドで横になった。
無人島に移り住むまでに蓄積した精神的・肉体的な疲労と慣れない生活、そして、ゴーレムダンジョンでの戦闘によって、さらに心身ともに疲れていた健人は、目を閉じた瞬間に意識を手放し、途中で起きることなく翌日を迎えた。