アイアンゴーレム
「返事はいつ、もらえそうですか?」
研究所を出た健人は、ゴーレム事務所に向かった梅澤と話していた。
「ここ一か月はネットは止まったままです。手紙の方が早いと思うので、多く見積もって一、二週間ぐらいでしょうか。往復でそのぐらいかかると思います」
シワが一つもないスーツに落ち着いた対応。世界が変わりつつある今も梅澤はいつも通りだった。
「やっぱり。まだ復旧してなかったんだ」
「インフラを重点的に狙われていますからね。昼夜問わず、ゲリラ的に施設やケーブルなどを襲われてしまえば、全てを守り切るのは不可能です」
「そうだよね。電気もそうだけど、特に食事は苦労してそうだったよ」
「ゴーレム島は半自給自足していますからね。ここで生活していると、外の不便さが際立ってしまうのもしれません」
健人が移住してからソーラーパネルの設置や小さいながらも野菜を育てていたので、物流や電力がほとんど止まっている都市部と比べて生活の変化は小さい。
さらにダンジョン探索士は毎日訪れるので、安全性も比較にならないほど高く、移住を希望する人も多かった。もちろん、健人は移住を許可することはないので、住民が増えることはない。
「何か支援したほうが良いかな」
「魔石を提供し続ける。これが最大の支援だと思いますよ。それにヴィルヘルムさんのおかげで、魔石で動く家電の製造は見通しが立ったんですよね?」
「うん。作り方はまとめたから、ミーナに持って行ってもらう予定だよ」
「製造方法を売却すれば、また儲かりそうですね」
権利を主張して継続的に収入を得る方法もあるが、健人は管理しきれないと判断し、国内の企業に売却をして大金を得る方針を選んだ。
製品が普及すればエネルギー源となる魔石の需要は高まり、ゴーレムダンジョンから産出される魔石の価値も上がるので、決して損をしているわけではない。
「お金儲けのためだけじゃないんだけど」
「他人は、お金儲けのためにと邪推すると思いますよ」
「だよねぇ。また世間から批判されそう」
ゴーレム島の持ち主は、ダンジョン運営で荒稼ぎしている。
そんな噂が広がってしまったため、健人を妬む人が絶えず、恨む人すら出てきている。さらにエルフのエリーゼと常に一緒に行動していることから、アンチは増えていく一方。事実無根の噂を否定するのを諦めてしまうほど広がっていた。
「有名税だと思って我慢するしかないですね」
「何かあったら梅澤さんも巻き込んであげます」
あくまで他人事だと言い切る梅澤に苛立った健人は、アンチに攻撃されたときは絶対に巻き込んでやると、この場で決心した。
「それは、遠慮したいですね」
梅澤は頬を引きつりながら否定する。
「ダメです。逃がしませんから」
軽い口調で話す健人だが、決して考えは変えない。一人は寂しいのだ。気軽に、そして罪悪感無く巻き込める彼を手放すことはない。笑顔のまま肩に手を置いて力を込める。逃がさないぞと、無言のプレッシャーを放っていた。
「お前ら何しておるんじゃ」
密着した二人に声をかけたのは、先ほど別れたばかりのヴィルヘルムだ。無遠慮に近づいてくる。
「ダンジョンに潜るぞ」
「魔石が足りないんですか?」
過酷な環境でポーターをやっていたこともあり、ダンジョンに入るのを嫌がるヴィルヘルムが、自らダンジョンを探索しようとしている。
健人は魔石が足りないぐらいしか動機が思いつかなかったが、十分な量を渡しているため、その線は薄いだろうと思いつつも疑問をなげかけた。
「地下四階が見つかった話は聞いておるか?」
「ええ。確かアイアンゴーレムがでるとか。そこそこ強力な魔物だと聞いています」
健人がオーガを退治している間にもゴーレムダンジョンの探索は進んでいた。つい先日、地下四階まで到達したのだ。
「ふん、その程度は知っておるか。なら話が早い。そいつを狩りにいくのじゃ」
「またいきなりですね。理由を聞いても?」
「あやつの金属が欲しいのじゃ」
進むにつれて魔物の種類は増え、そして手に入る素材のバリエーションも増えている。ウッドドールの残す素材は木材だったが、アイアンゴーレムは金属の塊だ。
便宜上、ダンジョン鉄と呼ばれており、普通の鉄とは性質が違うことが分かっている。硬く、しなやかで、そして錆びない。見た目はほとんど一緒だが、上位互換ともいえる性質をもっている。
希少性は魔石より高く、いくらヴィルヘルムの願いだからと言って、すぐに渡せる物ではない。
「では、明日来るダンジョン探索士に依頼を出しますよ。わざわざ危険を冒してまで行く必要はありません。一週間ぐらい待てば手に入ると思います」
「それじゃ遅い。ごちゃごちゃ言わずに、今から行くんじゃ」
いくら身勝手だとは言っても、話せば理解を示してくれたヴィルヘルムだったので、手に入れるために強引に進めようとしている姿に、健人は驚いていた。
「何かありました?」
健人の質問にヴィルヘルムは答えない。
腕を組み、望む答えが出てくるのを待つだけだ。
突如としてできあがった気まずい空間から逃げ出すように、仕事を再開した梅澤のキーボードを叩くカタカタとした音が、やけに耳に残る。
「だんまりですか」
健人は地下四階で探索するリスクとヴィルヘルムの機嫌を損ねるリスクを天秤にかけた。
アイアンゴーレムの報告書を読む限り、勝てる見込みのある魔物だ。オーガと同等レベルだと推測している。またアイアンゴーレムが金属の塊を残す確率は低くはない。五体も倒せば一つは手に入るので無謀なチャレンジではない。
ダンジョン探索について考えたまとまったところで、健人はヴィルヘルムについて考えることにした。
彼は仲間の中で唯一、魔道具が作れる人材だ。気分屋であり嫌だと思ったことは、拷問されても作ることはしない。機嫌を損ねてしまえば、最悪、二度と依頼を受けてくれないこともありえる。例外があるとしたら親しい人から頼まれるか、貸しを返してもらうぐらいだろう。
健人は、無理を押し通せるほどまで親しい関係とは言えなかった。
クルーザーの改造などで貸しより借りの方が多い。
「溜まっていた借りを返すのも悪くはない、か」
ボソリと小さく、誰にも聞こえない大きさでつぶやいた。
「それで、何個必要ですか?」
方針を決めた健人は、諦めたようにため息をついた。
大量でなければいいなと祈りつつ確認をする。
「一つじゃ」
「……分かりました。今回は手伝いましょう」
「最初から、そう言えばいいんじゃ」
「危険だと思ったらすぐに帰りますよ? 一時間後にダンジョンの入り口前に集合と言うことで」
話しをまとめた健人は、梅澤の方へ顔を向ける。
「手続きよろしくお願いしますね」
「任せてください」
ゴーレム島の持ち主と言えどもダンジョンを探索するには手続きは必要だ。
面倒な作業を受付の梅澤に任せると、ヴィルヘルムを置き去りにしてゴーレム事務所の外へと出る。
準備のためにコテージに戻った健人は、部屋で本を読んでくつろいでいたエリーゼを誘うと、ヴィルヘルムと同流。ゴーレムダンジョンの中へと入っていった。