VSオーガ
エリーゼは攻撃が当たる直前、横に転がるようにして避ける。勢いを殺さずに立ち上がると、弓を引いて攻撃をする。即席で創り出した矢は、オーガの肌に傷をつけることは叶わなかった。だが、衝撃までは吸収しきれずに上半身が仰け反る。
攻撃をたたみかけるには足りない僅かな時間だが、距離を取るには十分だった。何度かバックステップをしてオーガから離れると、赤く輝く矢を何本も作成する。魔力はほとんど込められていない即席の矢だ。それらを束ね、構えた弓から一斉に飛び出すと、目の前にまで迫っていたオーガに直撃する。
頭、体、腕、足――オーガの全身に次々と当たると炎が出現し、外れた矢は周辺を照らす。
「グオオオオオオ!!!!!」
衝撃によって動きが止まるが、それだけだった。命中した部分が焼けることも貫くことも出来ない。唯一効果があったとしたら、オーガを怒らせたことだろう。
無抵抗のまま倒せると侮っていたら予想外の反撃を受けてしまったオーガは、つばを飛ばしながら空気を震撼させるほどの叫び声を上げた。
人が理解できる言葉に置き換えるのであれば”絶対に殺す”といったとこだろうか。殺意を隠すことなく、叫んでいる間に距離を取っていたエリーゼに詰め寄る。
しかしそれは上手くいかなかった。再び散弾銃のように飛んでくる矢に当たり、動きが鈍る。攻撃が止んだと思えば、エリーゼとの距離は離されていた。
時間稼ぎをされていることに気づかないオーガは、何度も近づこうとするが逃げられてしまい成功しない。すぐに捕まえられそうな状況なのに、それが叶わない。苛立たしく、博打にのめり込むようにしてエリーゼを攻撃しようと、前に突き進む。
まさにエリーゼが狙っていた状況であった。
チラリと、健人の方を見れば準備が整ったことが分かり、わざと逃げ場のない場所に移動する。
後ずさろうとしても後ろにガードレールがあり動けない。目の前には、ついに獲物を追い詰めたと嗤っているオーガがいた。
「オーガの知能が低くて助かったわ」
健人はトドメを刺す一瞬の隙をついて、時間をかけて魔力を込めた強力な氷槍を勢いよく放った。エリーゼの矢によって周囲にあった可燃物が燃えており、オーガの周辺は明るいため外すことはない。
隙さえ見せなければ防ぐことも出来たであろう攻撃に気づけず、オーガの頭に突き刺さり、そのまま突き抜ける。数瞬遅れて、大きな地響きを立てて倒れた。
「助かったわ」
健人がエリーゼに近づくと、黒い霧に包まれて消滅するオーガを見つめていた彼女が顔を上げた。
「強敵だったね。話に聞いていたオーガはもっと弱いと思っていたけど、アレが普通なの?」
「まさか! それなら二人だけで戦いに挑まないわ。ほら見て」
エリーゼがオーガが倒れていた場所を指さす。健人がその先を見つめると、金属製の棒が残っていることに気づいた。魔物が残したアイテムだ。
「ダンジョンで発生する普通のオーガは素手よ。道具を持っていたということは、特別な個体だったはずよ。その剣を手に入れたときに倒した、ウッドドールのようにね」
健人は持っていた剣を持ち上げると、まじまじと見つめた。
普通のウッドドールであれば子どものように振り回すだけで、そこに技術や駆け引きなどは存在しない。戦いになれてしまえば100回戦っても勝てる相手だ。
それに比べて、剣と盾を持っていたウッドドールの攻撃は剣術として成立していた。魔物の驚異的な身体能力とあわさって、強敵といっても大げさではなく、今でも剣だけで戦うのであれば勝てるかどうか分からない。
「さっきのオーガは、フロアボス以下、特殊個体以上って感じかしらね」
エリーゼはそう結論づけた。
「それで、この武器は誰の物になるのかしら? ヴィルヘルムに渡せば頑丈な武器を造ってくれると思うわよ」
「それは魅力的な提案だね。でも、残念だけど、政府が一括で買い取って終わりだよ。お金がいつ手に入るか分からないけどね」
電話すら満足に使えない状況だ。金額の確認や銀行への振り込みも今まで通りとはいかない。最悪、直接会って手渡することまで覚悟しなければいけない。
そうなったら飛行機、いや、車が使えると良いなと、健人はそんなことを考えていた。
「色々確認が終わったし、そろそろオーガに追われていた人の所に行こう」
「気をつけるのよ」
「分かってる」
人が訪れなくなった樹海周辺に突如として現れ、オーガに襲われていた人物は、ダンジョンと共に出現する異世界人である可能性が高い。
動きからしてケガをしていることは分かっていたので、人命救助優先といきたいところだったが、アマゾンで出会った獣人ヤグのように、敵対することも想定していたため、二人は後回しにしていたのだ。
健人が歩き出すとエリーゼも後をついていき途中で立ち止まると、緑に輝く矢を創り出した。攻撃されたときに先手がうてるようにと準備したのだ。
「生きてますか?」
健人の持つ電子ランタンの淡い光に照らされて、暗闇から男性の顔が浮かんだ。
顔つきはわかりにくいが、無精ひげが生えており、全身は薄汚れていて、頭部から血が流れている。革製の鎧を身につけ、手にはショートスピアと金属製の丸盾を持っている。日本では使われない装備を身につけていることから、健人は異世界人だと断定した。
「ケガはほとんどしていないんだが、空腹で動けなくてね。何か分けてもらえると助かるんだが」
地面に座り、売店の壁により掛かっている男性は、かすれた声で返事をした。
「質問に答えてくれたら水と食料を分けます。最初の質問です。あなたは、どこからきましたか?」
「あの山からだ」
そう言うと、ゆっくりと腕を上げて富士山を指さした。
「オーガもそこから?」
「そうだ。しつこいヤツらで、ここまで追ってきやがった」
「それは本当なのかしら。だとしたら、少しマズイわね」
穏便にことが進みそうだと判断したエリーゼは、創っていた魔法の矢を消して健人の隣にまで移動していた。光に照らし出された長い耳に気づいた男性は、空腹を忘れて驚いた表情を浮かべる。
「エルフと人間が一緒にいる? 珍しい……いや、ここだと当たり前の光景なのか?」
「違うわね。この世界で、人と一緒に居るエルフなんて私ぐらいよ」
「この世界? ということは、やはり」
「想像の通り。別の世界よ」
「そうか、俺は……ついに、たどり着いたのか」
出会ったばかりの健人とエリーゼの前だというのに、声を出しながら涙を流して泣いていた。長く、辛い、人生を賭けた旅路が終わったと確信して安堵したのだ。ポツリ、ポツリと、謝罪するように、道半ばに倒れてしまった仲間の名前を震える声で呼んだ。
どんな犠牲をはらってでも、異世界を目指すに足る理由があったのだと、二人に思わせるには十分な出来事であり、特にエリーゼはその思いが強く隙をあたえていた。
「危ないっ!」
健人が気づいて振り返ったときは、選択肢は一つしか残されていなかった。
暗闇から巨大な腕が出てくるのを発見すると、反射的に前に飛んでエリーゼを抱きかかえながら地面を転がる。
グシャと、健人の後ろから何かが潰される音が聞こえた。
転がったときに出来た擦り傷を無視して立ち上がる。先ほどまで話していた男性の頭をオーガが叩き潰していたところだった。赤いペンキをぶちまけたように、売店の壁、アスファルトの地面に血と臓物が飛び散り、生存が絶望的だと嫌でも理解させられる。
健人は激しい後悔に襲われていた。
先ほどまで言葉を交わし、もしかしたら仲良くなれたかもしれない。そんな異世界人を一瞬のミスで失ってしまったからだ。そして、発散できない感情は怒りにへと変化してゆく。
「もう一体出て来たわ! あっちは私が担当する! 健人は目の前のヤツをお願いするわ。出来るわよね?」
「もちろんだ。こいつらは、絶対に逃がさない」