scene:9
「うーん。何がいいかな。俺、こういう名前を決めるの、苦手なんですよね。ネネさん、何か良い案ありますか?」
「私、『Sky is the limit』がいいです」
「えっ」
予想していなかった単語に、思わずアルは手帳から顔を上げてネネを見る。
それは今、Doorsでアルが書いている小説のタイトルだった。
Sky is the limitは直訳すると「空の限界」だが、空の限界に上限はないので、実際には「可能性は無限大」という意味になる。
そんな他人の作品名を即答したネネに、少し驚いた。
「私、あのお話大好きなんです」
Sky is the limitは、『ある日、突然動物の言葉がわかるようになった主人公の青年は、飼っていた黒猫から世界の危機を知らされる。実はその黒猫は魔王に姿を変えられたお姫様で、彼女を元の姿に戻すため、青年は黒猫と共に旅に出る』という、まだ書き途中の冒険ファンタジーだ。
「あ、ありがとう。でも、本当にいいの? チーム名に俺の小説のタイトルだなんて……」
「はい! 言葉の意味も、凄く良いと思いますよ。『限界はない』なんて、カッコイイじゃないですか」
ニッコリとほほ笑むネネにアルも頷くと、チーム名の欄にSky is the limitと入力して決定ボタンを押した。すると、次は『メンバーを招待してください』と言う文字と、ユーザー名を入力する画面に無事に切り替わる。
「良かった、小説のタイトルはセーフだ。まぁ、珍しい言葉でもないしな」
「そっか、リアルで気づいちゃうような個性的なタイトルだと、チーム名として認められない可能性もあるんですね」
「多分ね。じゃあ、ネネさんの名前を入力するよ」
アルが『nene』と打って送信すると、少しの間をおいてネネの手帳がブルブルと震えた。
「あっ、アルさんから招待されました。チームに入りますかに『はい』って答えますね」
ネネが『はい』のボタンを押した瞬間、画面にはSky is the limitと書かれたアンティークな扉の画像が現れた。扉の下に『入室する』の文字。
「これが、クラブルームなんですかね? 押したらどうなるんでしょう」
さすがに不安になったネネは、戸惑いながらアルを見上げる。もちろん、アルもどうなるかなど解らないので、肩をすくめて見せた。
「画面にクラブルームへの行き方が表示されるのかな? まさか、クラブルームに瞬間移動ってことはないと思うけど」
「ですよね。さすがに、そんな漫画みたいなことないですよね! じゃあ、押してみます」
「うん。俺も押してみる」
顔を見合わせ覚悟を決めたように頷くと、二人は同時に文字をタップした。
「うわ!」
その瞬間、目の前にいたはずのネネの姿も確認できないほど、ぐにゃりと景色が歪み、ジェットコースターに乗った時の胃が浮くような感覚に襲われる。
たまらずにアルはよろめいて尻もちをついてしまった。そうしてる間に、緩やかに歪みが元に戻り始める。ぐるぐる回る景色に酔いそうになり、思わずぎゅっと目を閉じた。
「アルさん、大丈夫ですか?」
ネネの心配そうな声に、床に座り込んだ情けない格好のまま、アルは目を開けた。
「す、すみません。ネネさんも大丈夫ですか?」
「まだグラグラしてます。コーヒーカップに乗った後みたい」
ネネの方も、四つん這いになりながらこめかみを押さえている。
「まさかの場面転換でしたね。考えてみたら、夢の中なんだから何でもアリか」
「物語ではよく見ますが、実際は結構きついですね」
少しずつ眩暈が収まってきた二人は、改めて部屋を見回した。
画面にあったアンティークな扉から、勝手に部屋の調度品も重厚な木の温もりある書斎のようなものを想像していたのだが、実際はクリーム色のタイルの床に白い壁という、シンプルなものだった。