scene:8 【挿絵あり】
すぐさま「こちらこそお願いします」と返信したアルは、会場の壁を時計回りに伝いながら歩き出した。ネネには壁を反時計回りに伝うようにお願いしてある。そうすれば、どこかで出会えるはずだ。
歩きながらアルは自分が緊張していることに気が付いた。
ネネのリアルなことは全く知らないが、文面から受ける印象は、真面目で誠実そうな大人の女性だ。こんな非常事態でも『Doorsでは、いつもお世話になっています』なんて一言を添える気遣いは正直凄いと、アルは感心する。そんな彼女からチームの誘いを受けて、実際に言葉を交わせるなんて、光栄なことだ。
「いやいやいや、別に出会いとか期待してるワケじゃないし」
頬を赤らめながら首を振ったアルは、気を取り直して前を向く。しばらく歩くと、壁伝いにこちらに向かってくる人影を見つけ、一瞬ドキンと胸が鳴った。
肩より少し長いセミロングの黒髪には、ミニハットがちょこんと乗っていた。
レースのついたスタンドカラーのブラウスの首元には大きなリボン。そのリボンとお揃いの、チョコレート色のフリルのたくさんついたハイウエストのスカートの裾から、生成りのフリルがのぞいている。その、甘さを押さえたクラシックロリータには見覚えがあった。
ネネのアイコン画像だ。
しかし、目の前にいるのは大人の女性というよりも、あどけない少女と言った方がピッタリくる。
「あ、あれ? もしかして……ネネさん?」
その声に反応してパッと顔を上げた彼女は、思った以上に幼かった。
「アルさんですか? 良かった、会えなかったらどうしようかと思いました」
レースの手袋をした手を胸に当て、ホッとしたようにふーっと息を吐く。
雪のような白い肌に、薔薇色の唇。琥珀色の瞳。
透明感のある彼女には、クラシカルな服装が良く似合っていた。
大人の女性ではなかったんだ……と、心の中でショックを受けつつも、すぐにその方が気が楽だと思い直した。もしも妖艶な女性だったら、アニメ制作に集中できる気がしない。
「ネネさんに声をかけてもらえてよかったです。自分が手帳型のタブレトを持っている事にすら、気づいてませんでしたから。急にポケットで振動したので驚きましたけどね」
「あはは、すみませんでした。私も手帳を見つけて、アルさんが誰かと組む前に急がなきゃと思って……」
そう言って、彼女は手帳型のタブレットをスカートのポケットから取り出した。アルの古びた手帳とは違い、彼女の物はまるでヴァンパイアの棺のような、黒革にシルバーのクロスが埋め込まれたゴシックなデザインだった。
「ここに、『チームを作る』ってボタンがあるんです。私が作ったら、私がリーダーになっちゃうので、アルさんにお願いしたくて」
ネネに手帳の画面を見せられ、アルも自分の画面を確認した。
「ああ、ありますね。でも俺がリーダーで良いんですか?」
「私がやるより、断然いいと思います」
力強くうなずいたネネに、アルは照れながら頭を搔いた。
「では、作ってみますね」
早速チーム制作のボタンをタップすると『チーム名を入れてください』という表示が現れた。
注意書きに、『本名やユーザーネームなど、リアルで誰が作ったか解ってしまうようなチーム名は不可とします』と書かれている。『一度決めたチーム名は変更できません』とも。
「これは、悩むな……」
アルは画面を睨みながら、うーんと唸った。