scene:7
「俺の小説の主人公……」
アルは自分の姿を確認してから、もう一度大勢のユーザーたちに目をやった。あの人たちも、自身の作品のキャラになっているのだろうか。だとしたら、この仮装大会のような状況にも納得がいく。しかし、そんなユーザーたちを観察していて、ある事に気が付いた。
――人数が減っている?
先ほど会場の隅まで移動した際は、何度もぶつかりながら人ごみを掻き分けたのだが、今なら難なく端から端まで移動できそうだ。そういえば心なしか、メンバー集めの呼びかけも減ったような気がする。
「チームが出来て、クラブルームに移動したのか!」
後れを取ったかと、じわっと嫌な汗が滲んだ。
早くメンバーを……と、一瞬焦ったが、よく考えれば知らない者同士で組んで上手くいくとは到底思えなかった。どうせならDoorsで交流のあったユーザーと組みたいのだが、この大勢の人の中、どうやって探し当てればいいのかわからない。大声で名前を呼ぶのにも抵抗があった。焦る気持ちもあるのだが、まだ心のどこかでこの状況を信じきれずに「何が何でも」とまでは思えなかったのだ。
せめて、ログインしている時のように、フレンドリストからメッセージが送れたら……
そう思った瞬間だった。
「うわっ!」
ブルブルと太ももあたりに振動が伝わって、アルは思わず声を上げた。額の汗を拭いながらその振動している部分を探ってみると、ポケットに何か入っている。
恐る恐る取り出すと、それは手のひらに収まるような小さめの手帳だった。
随分長い旅にでた航海士の日記のような、日に焼け茶色く変色した表紙をゆっくりと開いたアルは、さらに驚く。
「タブレット?」
アンティークな外見とは正反対な最新タブレットに映し出された画面は、見覚えのあるものだった。
――Doorsのマイページ。
『新着メッセージ 1件』の赤い文字を見つけたアルは、大慌てでその文字をタップする。
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差出人:nene
日付 :20XX年6月20日 00:30
件名 :こんばんは
Doorsでは、いつもお世話になってます。
アルさん、もしまだメンバーが決まっていなければ、
一緒にチームを組んで頂いてもよろしいでしょうか……??
突然すみません。よろしくお願いします。
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「ネネさんからだ!」
願ってもない申し出だった。
イラストを描く者を『イラストレーター』や『絵師』と呼ぶように、音楽合成ソフトと「ムジカ」という人工ボーカルソフトを駆使して曲を作る者を、ユーザー達は『ムジカマスター』と呼んでいる。
ネネはムジカマスターなのだが、詩を投稿する際は小説部門を利用していたので、そこでアルと知り合った。感想やコメントを交す、Doorsで数少ないフレンドの一人だった。
『ムジカ』をボカロ
『ムジカマスター』をボカロPと思っていただけたら幸いです。
ちなみにムジカはイタリア語で「音楽」という意味です。