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事の発端は、何だったのだろう。
夜、いつも通り眠りについたのは覚えている……
アルはここに来た時のことを思い出そうと、眉間にしわを寄せ考え込んだ。
気づいた時には、大規模ライブでも始まるのかと思うほどの、広いイベント会場にいた。正面には一番後ろからでもよく見えそうな、大型のスクリーン。ざわざわとした大勢の観客たち。
夏フェスの夢でも見ているのだろうか。
ぼんやりとそんなことを考えていると、辺りの照明が一斉に消え、それと同時にステージにスポットライトを浴びた人影が現れた。
『Doorsの世界へようこそ!』
マイクを片手に華々しく登場したのは、背の高い眼鏡をかけたスーツ姿の男性だった。仕事の出来る、イケメンエリートサラリーマン。と、いった印象だが、音楽フェスのステージには酷く不釣り合いな格好に見える。
『私、このDoorsの創設者であり、運営を任されております、天使と申します。どうぞよろしくお願い致します』
そう言って天使と名乗ったスーツの男は、舞台俳優がカーテンコールをするように、観客席に向かって大袈裟にお辞儀をした。
『Doors』
それは3年ほど前に突如サービスの始まった、複合投稿サイトの名称だった。
漫画、小説、イラスト、作曲、歌い手。
五つの部門に分かれていて、誰でも無料で気軽に投稿できる。
作家が絵師に挿絵を依頼したり、人工ヴォーカルの曲を歌い手がカバーしたり、読み切り漫画を小説化したりと、部門を超えた交流も活発で、他者と協力することで創作活動の幅が広がることも魅力の一つだ。その上Doorsで注目され、プロに転向した者も現れると、より一層人気が高まり、あっという間にこのサイトは世の中に広まっていった。
「投稿者ユーザー」たちはそれぞれの得意分野で自分の作品を世の中に発信し、日々、創作意欲や承認欲求を満たしている。
その他に、Doorsには創作活動をしない「視聴者ユーザー」という登録者も数多くいた。
文字通り、視聴専門のユーザー達だが、彼らは良いと思った作品に『いいね』を付けたり、お気に入り登録をしたり、感想を送ったりする。それが作品の人気のバロメーターになっているのだ。
彼らの評価が、創作者たちの励みになり、支えとなり力となる。
「まぁ……諸刃の刃で、時に創作者の心を折る要因にもなるんだけどね」
アルは、誰に言うでもなく一人で小さくつぶやくと、苦笑いを浮かべた。
「アル」というのは、ユーザーネームだ。
登録名はアルベロブルというのだが、長いのでアルと略されてしまう。イタリア語で「青い木」という意味を持つこの名前は、本名の『青木俊也』から由来していた。
「こ、これって夢ですよね?」
「えっ?」
突然、隣に立っていた女性に話しかけられ、アルはそちらに顔を向けて驚いた。まるで、絵本に出てくるお姫様のような、フリルが何段も重ねられたドレスを身にまとっている。
「あ、ええと、そうですね。夢だと思います」
現実離れした彼女のドレス姿を見て、アルは自分に言い聞かせるように頷きながらそう答えた。