scene:2
もう駄目だと絶望し、アルと呼ばれた魔導士風の青年は、きつく目を閉じ顔を伏せた。
が、突然、近くの茂みがガサガサと揺れ、驚いて再び目を開く。
次の瞬間、茂みから人影が飛び出した。
その人影は、3人を背に庇うようにして、大トカゲの前に立ちはだかった。後ろ姿だけで顔は見えないが、細身で長身の男性だと言うことはわかる。彼は全く憶することなく、右手に握った両刃の剣を無造作に振り下ろした。肉を断つ鈍い音がしたかと思うと、大トカゲの首が地面にゴロンと転がる。
あっという間の出来事だった。
薄暗い森の中、木々の隙間から差す光に照らされ、たった今、大トカゲを絶命させたその人の華奢な背中を、アルは神々しいとすら思った。
「く、首が飛んだ!」
呆けたように口を開けたまま固まるアルの思考は、司の悲鳴によって引き戻される。
目の前に転がってきたトカゲの生首に、司は自分の剣を放り出し、少女と抱き合って震えた。倒れた大トカゲは白く発光すると、次の瞬間にはふわふわとした光の粒に変わり、その粒もゆっくりと天に向かって登りながら消えてしまう。
後には一冊の真新しいノートがポツンと残されていた。
「やったね、『初心者のノート』ゲット!」
まるで正義の味方のような登場をしたその人は、機嫌よくノートを拾い上げると3人に向き直りニコッと笑った。そして、ポケットから取り出した手帳のような物に目を落とすと、驚いたように声を上げる。
「お兄さんたち、こんなレベルでここまで来たら危ないよ?」
アンシンメトリーのウルフカットでトップにボリュームがあるものの、襟足は短いので爽やかな印象だった。アッシュグレイのサラサラの前髪を大きく分けて顔を出しているので、目にかかりそうな長さでも暗い印象は全くない。
スラッとした長い手足に、色の白い小さな顔、大きな瞳に長いまつげ。
20代前半の、どことなく少年ぽさが残るその青年は、デニムのパンツに黒いドルマリンパーカーという普段着にもかかわらず、立ち姿はまるでモデルのようで眩しかった。
――イケメン。
3人の頭に、そんな言葉が浮かぶ。
「あ、あの。助けて頂いて、ありがとうございます。うっかり迷い込んじゃって」
綺麗な人間に対しては、男同士であってもドキドキしてしまうものなんだなと、アルは余計な事を考えながら礼を述べた。
「え? 嘘。もしかして……優斗?」
腰を抜かしていた司は、ようやく立ち上がると、ハッと我に返ってそのイケメンに向かって声をかけた。青年は訝しそうに首を傾げ、司を見つめ返す。
「え、何で本名知ってるの? お兄さん、だあれ?」
「こんな格好だけど、私だよ、愛梨! 久しぶりだねぇ」
「うーん? どこのアイリちゃんだろう」
「あんたがバイトしてたBarの隣のカラオケ屋にいたでしょ! 店が終わった後、よく一緒に飲んだじゃん」
その言葉を聞いて、青年は目を見開いた。
「えー! アイリって愛梨? 何でお兄さんになっちゃってんの」
「実は私、少年漫画家志望なんだ。漫画の主人公、男だったからさ……」
「ああ、なるほど。それで『こっちの世界』に来たら、男になっちゃったのか」
「うん。でも、まさか『こっちの世界』で優斗に会えるとは思わなかった。あんたの姿は、現実世界と変わらないね」
「おかげで愛梨に気づいてもらえたけどね。あれ、メンバーってまだ3人だけ?」
「そうだよ。私と、この眼鏡がアルさんで、こっちの美少女がネネ」
それを聞いた青年は、あごに手をやり考え込むような仕草をした。そして、先ほどの手帳を再び広げる。
「物書きのお兄さんに……へぇ! お嬢ちゃんは作曲家さん? それに愛梨が漫画家か。いいね、このパーティー! 僕も混ぜてよ。いいでしょ? それから、ここでは響って呼んで欲しいな」
響と名乗ったイケメンは、可愛らしく首をかしげてとびきりの笑顔を見せた。
『ここでは』か。
と、響の言葉にアルは改めて自分の来てしまった場所について考えを巡らせる。
日本だけれど日本ではない場所。
普通の人間が、普通ではなくなる世界。
良く知っているけれど、初めて見る自分。
――ここは、皆が同時に見ている大きな一つの夢だった。