一章「1-1 崩れ行く」
齢17歳の巧未が、何故ここまで冷静に自身の人生に終止符を自ら打ち、アメルダの手助けをするのか。
それは――――生い立ちにあった。
物覚えがつく頃には黒ひげを逞しく伸ばしたお爺さんの家に住んでいた。両親は生後数ヵ月の巧未を山へと捨て行方不明。たまたま近くを通った仙恫 大吉に巧未は拾われる。拾われた時、ゆりかごと共にネームカードが備え付けられてあり、名前はそのままにされていた。
12歳になる頃、その事実を大吉から聞かされる。それと同時期に大吉は他界。その後、自身の性格の元になる夫婦に出会う。
名を仙恫 要、仙恫 鈴巴と言った。
彼等に出会ったのは仙恫要の父親である仙恫大吉の葬式場であった。
引き取り先が彼等の元であり、そしてそんな彼等の劣悪な家庭環境で5年間を過ごす。
要は殺しを専門としたよろず屋。鈴巴は他人の機密情報の奪取を専門とし、表はとある有名企業の社長秘書。
そんな彼等の元で過ごす生活は、幸せとは縁遠く、大吉に育てられてきた十数年で得た自分を木っ端微塵にされていた。
しかし、そんな生活に苦もなく巧未は過ごしていた。その結果、父親の手伝いで得た異常なまでの動体視力と母親に無理矢理刷り込まれた俊敏さ。そして、運動能力と傷。
巧未という男はそんな過酷な人生を過ごしながらも、仙恫家の人間に何度もしつこく聞かされた
「人は人のために生き、人は人のために死ね」
という家訓を頭に染み込ませていた。
だからこそ、アメルダからのヘルプには何度も考えはしたが、こうやって目の前で話を聞いている。
きっと、それが正解なんだと思い込むことで、彼は救われている。
――2050.1月3日.やすらぎ荘
「いつになったらそのサードバイオリンに行けるんだよ!」
「まぁまぁお待ち下さい」
巧未の死から約一週間が経過した。自宅からそれほど遠くもない山奥にあるこのやすらぎ荘にて、巧未とアメルダは項垂れている。
「んだよ。その上司ともう一人の助っ人が来なくちゃ俺らは動けねえってことかよ」
「だから何度も仰ってるじゃないですか。上司と助っ人が来なければ、帰ることはできませんし。そもそも、上司と連絡が途絶えてる今、私は勝手に現世を動き回ることができないのです」
仰向けになりながらもアメルダは得意そうな顔で答える。それに腹が立ったのか、巧未は段ボールで作られた机を蹴飛ばす。
「今にも危ない状況なんだろ!探しに行ってでも早く帰るべきだろうが」
「命令違反で私が怒られちゃうんですよ」
「そんなこと言ってられる場合かよ」
溜め息をつく巧未。一週間も小汚ない部屋で寝て起きての繰り返し。食事も、アメルダがサードバイオリンから持参した缶詰めのみ。ストレスが貯まりきっている状態にも関わらず、アメルダはそんなことをお構いなしにフローリングに突っ伏している。
「なぁ、それなら俺は外で能力の練習でもしてきていいか?そろそろ体が鈍ってきてるし、さっさと把握しておきたいんだよ」
「それも無理ですね。この世界では能力は一切合切使えないみたいなんですよ。まぁ筋肉トレーニングくらいならば全然大丈夫ですよ」
「本当になにもできねえんだな。あー早くそのクソ上司とやらの顔を拝みたいもんだぜ」
「そうか?なら貴様が振り向けばこの私の顔を見られるぞ」
「「!?」」
リビングから丸見えの薄暗い玄関に、アメルダと同じ白装束を着た女性と、隣で真っ赤なコートに身を包む女性が立っていた。
「お、お帰りなさいませ!」
「すまんな、このお嬢ちゃんがどうもうるさくて」
「な、何私のせいにしてんのよ!アンタのせいで何度も迷子になるわお気に入りの洋服は台無しになるわで最悪なのに」
白装束の女性は女性らしからぬ伸長の高さで、一見で180を越えている。
一方、そんな彼女のとなりにちんまりと立っている少女は、明るみに出て気づくような綻びを見ながら息巻いていた。
「巧未様。彼女が私の上司、アリスト・ゴシック・ブルース・レイン。そして隣の方は――」
「助っ人の夜桜 華憐だ。どうも、お嬢ちゃんは本物のお嬢様らしくてな。二人になる時間もないし、説得するまでに時間がかかってしまったんだ」
「あ、えっと。俺は――」
「スカーレットに聞いている。貴様が巧未だな。ふむ、割りと普通な顔だちじゃあないか」
「スカーレット...?」
「なんだ聞いてないのか。こいつは二つ名を『スノースカーレット』っていんだよ」
そう言われ、恥ずかしげにアメルダは顔を赤らめている。二つ名の由縁は、真っ白な髪色に真っ赤な瞳。アストロには珍しい赤眼の種族なのである。
「さて、正直休みたいのも山々なんだが、遊んでられる暇もないからな。そろそろサードバイオリンに戻ろうか」
「ええ、そうしましょう。きっと姫様もお待ちです」
そう言うと、レインは小さな金色のコンパスを取り出した。
山奥ということもあり、指針は色々な方へと回っている。
「任務完了。転送を頼む」
そうレインが言った所で、動き回る指針は一瞬動きを止めた。と、同時に四人の視界を白に染めた。
――2050年.1月3日.三の塔~王の間~
永遠に続かれると思われたその白い光による視界の遮断は直ぐに解かれた。巧未は恐る恐る目を開けると、愕然とした。
「な、んだよこれ。」
広がる視界で見えるものは、崩れかけた屋根や石垣が王宮のような広さを誇る部屋に散乱しているという圧巻な光景だった。
「な、なんだこれは。遅かったのか」
「レイン様。私は下を見てきます。レイン様は巧未様と華憐をお願いします!」
「あ、まてスカーレット!」
アメルダは目にも止まらぬ早さで、部屋を後にした。
明らかにそこは、偉い人間のみが立ち入ることを許されるような部屋で、豪華な扉の先にはこれまた豪華に彩られた椅子があった。回りには荒らされたような痕跡しか残っておらず、時々、破壊された壁からすきま風が通っていた。
「ここがサードバイオリンなの?アンタが言っていた王宮ってのがまさかここなのかしら」
「あぁ、そうだ。私達がここを出るまでは綺麗に整備されてきた塔だ。ここは、その最上階。サードバイオリンを収める姫様の間だ」
「やっぱり手遅れだったてことだよなこれ。それに、あちこちにある破裂痕や斬痕。そこまで経ってないように見えるぜ」
「なんだと?そんなことがわかるのか」
「あぁ。明らかにこれは昨日一昨日に付けられた痕じゃねえ」
と、そこで下からはとてつもない轟音が鳴り響いた。
壊れかけた天上や壁にぶら下がる大層な絵画などが落ちていく。
「おい、ここにいたら潰されるぞ!そしてさっきの音もしかして」
「あぁそうだな。スカーレットが気になる。行くぞ」
「あ、ちょっと待ちなさいよ!私高いブーツ履いてきたから走りにくいんだっての!」
三人は、崩れかけた塔の最上階を後にした。
――三の塔~中間層・廊下~
三人が塔の階段を下りに疲れてきた所で、数百メートル程ありそうな廊下へと辿り着くと、アメルダともう一人。真っ黒なマントを羽織り、不気味な白い仮面を被った者がいた。
どうやら、戦いの最中というわけではなく、二人とも膠着状態で立ち止まっていた。
「スカーレット!そいつは何者だ!」
「ダメですレイン様!この者は敵です!奇怪な能力を使って私の動きを止めています」
「なんだと」
レインは近づくことを止め、距離を置く。そして、仮面はそれとは逆に一歩歩を進める。
「貴様何者だ!名のれ!」
「・・・」
仮面は聞こえていないかのように、また一歩。一歩と進む。進んだ先にはアメルダが震えながら立ち止まっていた。
「ふん。この私に向かって無視とはな。面白いじゃないか」
そう言うとレインはゆっくりと手を上に向かってかざす。
「アイス――ヘル」
そう呟くと、突然、回りの壁や天上。廊下一面が凄まじい早さで氷に満たされる。
「おいおい!俺らまで巻き込んでどうすんだよ!」
「そ、そうよ!ちょっと、足まで固めなくてもいいじゃない!ていうかなによこれ!」
「貴様達も覚えておけ。これがこの世界でいう『個性』であり、そして戦い方だ」
「・・・」
仮面もまたゆっくりと手をかざす。すると、真っ黒な靄が手を埋め尽くす。ソレは段々と仮面の体を包み込み、やがて全てを包み込んだ。
そんな仮面は一瞬でアメルダの横を素通りし、レインの目の前まで歩を進めていた。
「ほぉ?やるじゃないか」
仮面の繰り出した蹴りは、地面から生えた氷の壁によって邪魔をされる。
しかし、とてつもなく分厚い壁を意図も容易く破壊する。
それを察知してか、レインは瞬時に後方へと下がる。
「おいおい、本当に異世界に来ちゃったわけか?」
「嘘でしょ。夢でも見てるようだわ」
17の少年巧未と、18の少女華憐は二人して目の前の激しい攻防を見ることしかできなかった。
それもそのはず、レインの作り出した氷は足を束縛しているだけではなく、彼等の回りに何重もの氷の壁を作り出していたからだ。
しかし、例えそれが無かったとしても彼等はこの様を見届けることしかできなかったであろう。
「貴様、姫様。ストレア姫をどうした!」
「・・・」
攻防の最中も、無言を貫き通す仮面。黒い靄に包み込まれた仮面は、異様を通り越して怪奇に見えていた。
「スカーレット!その束縛は解けないのか!」
「やってはいますが、どうも魔術回路が複雑で解けていません!」
「魔術だと!?ならやはり、こいつは魔術師か!」
と、そこで仮面は黒い靄を引かせる。
「逃げる気か貴様」
「興が削がれたのでな。またにしよう、氷の英兵」
「ま、待て!貴様、その声!」
レインの声は空しく、黒い仮面はゆっくりと黒い靄と共に消え去っていった。
「あ、と、解けました...奴は一体何者だったゆでしょうか」
アメルダはレインに駆け寄る。
レインは真剣な表情で真っ直ぐを見つめている。
そんな中、ゆっくりと一面銀世界と化していた氷は消えていった。
「お、おいおい。なんだったんだあいつ」
「アレが私達の倒すべき敵みたいね?面白そうじゃない」
「お二方。お怪我は?」
「ねえよ。氷で守られてたからな。そんで、レインだっけ。レイン、さっきの言葉から察すると、あんたアイツのこと知ってんの?」
レイン、先ほどの呟きの真意を聞かれ、冷や汗を垂らす。
彼女はもちろん、アメルダもよく知る人物であったからだ。
疑うべきか戸惑う彼女は目を瞑る。
「どーしたんだよ」
「答えられないとは言わないわよね?」
「・・・ザル」
「「「え?」」」
三人揃えて、聞き返す。
巧未と華憐に関しては、聞くべき名前ではあったが。アメルダはそれを聞くことによって結果的に後悔することになってしまった。
「ガーネット・シェザル・ワイン・オリオンハート。このサードバイオリンの姫様を守る最強の戦士であり...」
――――クローズ・アメルダ・ワイン・ガンドレッドの兄だ