病相の男
「ね、寝れない……全然眠くないぞ。マズイなこれは……」
光りのない暗闇に、俺の言葉だけがやけに響く。
時刻は午前三時過ぎ。
今日の昼に新しく買ってきた電波時計を見ながら、俺はベッドの上で転げまわっていた。
現在、俺は鬱病を患わっており、ついでに言うと睡眠障害者でもある。
先月から俺が通っている精神科の薬を出す規定が変わり、今まで処方されていた睡眠導入剤の種類が変わったのだ。
おそらく、その薬が俺の身体に合っていないのだろう。
薬の効果は薄く、俺の目は深夜なのに最高に冴えわたっていた。
「あー、眠れない。……そうだ! こんなときはネットで耳かきボイスでも聴きながら眠ることにしよう。それがいい。我ながら妙案だ」
耳かきボイスとは、文字通り耳かきをしてくれる音声動画のことだ。とは言っても、それを聴いたからといって実際に耳垢が取れるわけではなく、それを聴くと、まるで本当に耳かきをされているかのような体験ができる動画のことである。
俺はスマホを操作し、動画再生アプリを起動させ、耳かきボイスをたれ流しながら、再び布団を被った。
「うーむ、やはり俺が厳選した耳かきボイスは最高だなー」
耳に心地よい響きを覚え、妙な満足感を得た俺は深い睡魔に襲われ――
――る。ことはなかった。
「チッ、結局……寝れねぇじゃねぇか」
そう毒づき、俺は再びベッドの上を転がる。
「まぁいいか。どうせ今日の講義は昼からだ」
長いようで短い学生生活を、俺はつまらない惰性で暮らしている。
「あー、だるい。生きるのってめんどくせぇな」
でも、死ぬのは怖い。だから、仕方なく生きているだけだ。
クソみたいな己の人生を呪いながら、今日もなんとか眠りにつこうとする。
夜になると嫌なことばかり考えてしまい、それが頭の中を延々とループするのだ。
「こんな思いをするのなら、いっそ生まれてこなければよかった」
口癖のようにそう呟き、今日も俺の孤独な夜はふけていく……。
耳かきボイスはいいぞー。