いざ中山・前編
中山は遠い。
朝十時に用意を始めて、電車に乗ったのは、十一時を回っていた。
「帰りに洋服でも買いに行こうかな」
というえさで、やっと同行を決断した娘を待っていたからである。
さて、どのルートで行こうか。どのルートで行っても大体、所要時間は同じである。東京都を横断する中央線を使うか、はたまた埼玉を横切り、千葉へと向かう武蔵野線を使うか……
結局、乗換えが多いのはいやだ、という娘の意見を採用し、武蔵野線を使うことにした。
この電車、ギャンブル線との異名を持つ。東京の方の端っこには府中競馬場、千葉の方に行けば中山競馬場と、競馬場をつなぐ列車だから。そしてこの電車は非常に揺れる。もともとは貨物線だったこともあるだろう。
「ロデオボーイみたいだよね」と笑いながら、ここは東京か、埼玉かとはなしていた。そして、埼玉に入って半分くらい過ぎたところでだ。
「強風のため、徐行運転をいたします」
そうだ。忘れていた。武蔵野線は天候に弱い。すぐに徐行運転をして遅れる。止まることもしばしばである。中央線は飛込みが多く、そのために止まることがあるので天気予報を注意深く見ていれば、予想ができる武蔵野線のほうがまだよいか。
一駅の間を、ロデオボーイからモノレールのように切り替わった運転で、八分も遅れる。駅間も長い。そして電車代は約九百円と、これまた結構な金額となる。
さて、船橋法典の駅に着き、地下道を、ためしに動く歩道に乗ってみたりして感触の悪さにもう乗るのはやめようと決意しながら歩き、私たちが始めに入ったのは、ターフィーショップだった。
私の家の鍵には、阪神競馬場のキーホルダーと京都競馬場の根付がつけてある。阪神のは、横長の小さな鉄のもので、緑色の下地に黄色い文字で『HANSHIN RACE COURSE』と、阪神競馬場のロゴマークがついている。センスがよろしい。京都のは、小さな縦長の四角で、プラスチックでできた二枚の板の間に、京都らしい和風の布地が挟まっており、『京都競馬場』と縦書きに書いてある。こちらもすこぶるセンスがよろしい。
そういった限定ものを探して、ショップに入ったが、あったのは、ネックストラップで私のめがねにはかなわなかった。ちなみに東京競馬場の限定のキーホルダーも、ちょっと大きくてコースがプリントしてあるものなのだが、もっていない。各競馬場の名前の入ったターフィー人形のキーホルダーもあったのだが、全馬場のものがいっせいに吊り下げられていて、購買意欲を失ってしまった。
結局冷やかしに終わって、向かいに出ていたGI焼き(今川焼き)屋で一つずつ買い、あんこが多いだの、外の皮がおいしいのにだの文句を言いながら競馬場に着いた。
回数券の入場券をかい、中に入る。事前にネットで場内の位置については簡単に見てあったが、思っていたよりも狭い。コースのそばまで出てみて、思った。
「ちっちゃいね。阪神みたい」
「そう?阪神はもう覚えてないよ。寒い。おなかすいた」
そばを食べようという話になって、レストラン街を探したが、勝手知ったる府中とは違い、さんざん迷った挙句に、そばからラーメンへとメニューの変更を余儀なくされた。狭いのは狭いのだが。
東京と中山の雰囲気はだいぶ違う。中山は関西の競馬場に似ている。というか、東京だけが違うのか。
東京はレジャーの色が濃い。家族連れも、カップルもたくさんいる。年齢不詳の深々と帽子をかぶった女と、多分小学生くらいに見える娘との二人連れでうろうろしていても、違和感はない。レースが始まり、ゴール前なんかでは、怒号が飛び交うにはかわりはないが、どうにも賭博場の雰囲気にかける。
その点、中山にはまだその雰囲気が残っていて、観戦をメインとしていた当日には、なんだかもうしわけない気分になってしまった。
だが、今日の目的は『最後のガーネットステークスを堪能する』。負けてはいられない。私たちは第十レースを見に行くのをやめて、パドックの、テレビカメラの横に陣取り、出走馬が出てくるのを待った。