どうして今日は週末じゃない
夏は皆様、お休みの方が多く、色んなイベントにお出かけであろう。接客業の私はそれとは反対にひたすらに忙しくなる。お盆はといえば帰省する同僚たちもいてこれはまた忙しい。これは毎年のことで、本当はちゃんとレースに参加していたいのだけれどそこまでも手が回っていないのは、これまでの収支表をみても明らかだった。加えて去年は自室で熱中症になり仕事を休み、それを夏休みにされてしまったというおまけつきである。
今年も案の定、
「ドリームジャーニーはデュランダルみたいな脚質だな」
とか、
「マルカシェンクはつよいねぇ」
てな具合で二週間が終わってしまっていた。
だからといって全体的に悪いことばかりではない。少々外食が多すぎて腰周りの肉が気になるほど仕事は順調だったし、変わった人との出会いがあったりしていつになく楽しい日々だった。が、しかし……
まぁだいたい人生においていいことばかりが続くわけがなく、突然落ち込むような出来事がふってくる。結構、右から左へ受け流すのが得意なほうではあるが、そうもできないときもある。いらいらした気分を抱えて腹がたち、さらにそれを上手く消化できない自分に腹が立ち、負のスパイラルに陥って行く。そうして思う。
「どうして今日は週末じゃないんだ」
たとえば週末だったとしても、強行に競馬場に脚を運んだ場合、また体調を崩してそれを夏休みにされかねないくらい忙しい。それでも競馬に行きたいと強く願った。一番近い競馬場は府中なのでもちろん今はパークウインズなのだが、それでも行きたいのだ。
なんとか、どうにかして、くさくさした自分を立て直そうと必死になってアタマをめぐらし、長風呂にしてみようか、いやそれでも入っている間にまた嫌な気分になりそうだとか、運動しようか、いや体力消耗して余計めいりそうだとか考えて、腹の奥底から湧き出た言葉が、
「どうして今日は週末じゃないんだ」
だと気がついて、少しだけ気分が軽くなった。
こんなふうに絶望的な気分のときに、何度も競馬場に脚を運んだ。霧雨に煙っていた東京コースを今も思い出す。せつなかった。なんて私はだめなやつなんだろうと思った。実は仕事をやめて半年近く引きこもったことがあるのだが、そのときも土日の競馬場通いだけは欠かさなかった。言葉を交わす人間は、一週間に片手程度で、そのうちの半分以上は競馬場でだった。救いの場所の競馬場、それは確かなのだが、コースの様子や景色や天気は思い出せるのに、一つだけどうしても思い出せないことがある。それは、
「あの景色をみてせつない気持ちだったけれど、それはなぜだったのか」
要するになんでブルーな気分で競馬場に脚を運び癒されたのか、根本的なことは覚えていないのだ。
所詮私の悩みなんてその程度のもんよと開き直り、自分自身を笑ってしまった。まぁ、まぁ、こんな落ち込んだ気分もよいではないか。それほどできた人間であるわけでもなし、できた人間にならなくてはいけないわけでもなし。三浦ジョッキーは新人にして重勝初制覇をし、リーディングも上位にいるけれど、みんながみんな彼のような天才ではない。時には落馬も騎乗停止も甘んじて受けようじゃないか。そしてまた戦線に戻るためにあがけばよい。
すっかりとはいかないけれど、だいぶ気分が楽になった私は、今年は帰省できずに札幌にいる知り合いにメールを送ることにした。競馬を見たことの話など聞いたことのない人だ。
「元気ですか? 今週札幌で白馬が走ります。とても美しい馬なのでお時間があるのならお出かけになってみてください」