ジャッジ
東海ステークスの予想をしようと新聞を読んでいた。ある馬の厩舎のコメントにこうあった。
「距離もダートも大丈夫だけど、地下馬道でパニくるから」
私は思わず笑ってしまった。自分のことのように思えて。
お稽古はたくさんした。何をしなくてはいけないかもよくわかっている。一生懸命走ればいいだけ。大丈夫、厳しいお稽古たくさんしたもの……だけど、やっぱり好きじゃない。厩務員さんも騎手さんもいつもと違う。見たことのない馬もたくさんいる。いつもじゃ考えられないくらいの数の人間もいる。ああ、どきどきする。嫌だ。おうちに帰りたい。どうして私はこんなところにいるんだろう。私は一体なにをやっているんだろう……
彼女の気持ちはこんなところだろうか。ライブ本番前の私の気持ちに重ね合わせた勝手な推測である。しかし今回は一着でゴールした。パニックにならなかったのか、無心で走れたのか、はたまた自分の存在意義を見出せたのか。十三番人気という低評価だったヤマトマリオンちゃんである。癖のある馬は好きなので、馬券とは別に追いかけることに決定。
しかし、この馬名聞き覚えがあるなと思ったら、二年前のエリザベス女王杯で馬券を購入していた。カワカミプリンセスが降着になったあのレースである。直線を向いてからの斜行はひどいものだった。もちろん審議になり、騎乗していた本田優ジョッキーは自分はどんな処分を受けてもいいから馬は勘弁してやってくれと頼んだという逸話が残っている。懇願もむなしく変則牝馬三冠を逃し、初の敗北が十二着への降着という不名誉な結果になった。
馬券がとれなかったことはかまわない。あそこで内側に切れ込まなくても、彼女なら勝てたはずだ。無傷の六連勝。久しぶりにつよい牝馬がでて楽しみにしていた。ジョッキーは引退間際、テイエムオーシャンで果たせなかった三冠を目の前にして、気持ちが勝ってしまったということなのか。名ジョッキーだけに残念で仕方ない。
去年の天皇賞のコスモバルクもひどかった。もたれる癖があるにせよ、最後の直線はふらふらとまさに迷走だった。しかし降着処分にはならなかった。あれ以来五十嵐冬樹騎手はコスモバルクに騎乗していない。今年は一度も中央競馬での騎乗もない。
オークスは非常に後味の悪いものとなった。
カワカミプリンセスのエリザベス同様、もちろん降着になると思っていた。ウイニングランは痛々しい気持ちで見ていた。ところが降着処分はなしという。
内側への斜行は、他馬への進路妨害には至らない。よって降着はなし。しかし、継続的かつ修正動作のない危険な騎乗のため、二日間の騎乗停止。
騎手はレースに出ている限り、全員が一着を目指す。多頭数の場合、勝負どころで厳しい流れになるのは当然である。多少の寄り合い、接触に関しては仕方がないと思う。しかし裁決委員も継続的で修正動作がないと認めている。故意だととられても仕方がないということではないのか。勝てばいいのか。
もちろんそういう騎乗をしたジョッキーが一番悪い。だが、危険な騎乗と認定されても降着にはならない程度という前例を作ってしまったのではないか。一般の新聞にも加害馬先着でありながら降着のない騎乗停止処分は極めてまれとの記述を見つけた。
イチローもジャッジに関して激怒していた。野球でいえば、二年前のエリザベスはボールで、去年の秋の天皇賞と今回のオークスはストライクか。野球の審判にしても裁決委員の審議にしてもルールブックとして人力を採用するのであればあるほど、明確で一貫した姿勢が問われるのではないか。
そういえば二〇〇六年の安田記念の日。第七レースが審議になった。大画面に映し出された検量室。ものすごく怖い顔でつめよるミスターフェアプレー藤田騎手の言葉に、はいと返事をしている気の良さそうな武士沢騎手。どうみても「いじめられっ子がいじめっ子にいちゃもんをつけられている図」だったが、審議の結果、一着入線の武士沢騎手は三着に降着になった。
昨日、あの場所に藤田騎手がいたら、一体彼はなんといったのだろうか。