白星の定義
最近、ゼッケン好きになっている。
馬友たちからは、
「今週こそ初白星を祈っています」と励ましのメールが届く。あまりにも負け報告ばかりで、可愛そうになっているのだろう。多少はあたってくれないと、自分の勝ち報告もしにくいということか。
が、白星とはなんだろう。
GIをとっても、勝ち損だったり、万馬券をとっても、トータルでは負けていたり。
完璧な白星は、当日の収支が大幅にプラスで、狙ったレースの予想がぴたりと当たり、ほくほくしながら払い戻す。というのがベストだろう。途中で払い戻すことなく、その日のレースの馬券を買い続けられることも重要である。
では完璧ではないまでも、白星とはなにか。
予想はあっている、が買い目が間違っている。これは黒星。
何レースかは、押さえて買ったのがあたっているが、当日の収支はがっつりマイナス。これも黒星。
悩むところなのは、硬いレースをきっちりとって、他のレースははずしてしまい、収支は少しマイナス、という場合や、こつこつと何とかプラスには持っていったものの、今年の負けを考えると焼け石に水、という場合だ。
いくばくかのレースを当てているのだから予想はあっている。だが、大幅に勝ったわけでもなく、大幅に負けたわけでもない。
何をスタンスにするかで、見解はだいぶかわってくるのだろうが、私の場合、勝ったと思えるのは、まず当日の収支が、プラス五十パーセントはあって、三十倍くらいの馬券をぴたりと当てており、そのレースに関して薀蓄をたれられるときである。はっきりと、明白になぜその馬券を買ったのかを説明できない場合は三十倍の馬券をとっても、何かしらもやもやしたものが残る。
先週などは、土曜日は予想は当たって、買い方に失敗し、日曜日は予想が全然だめでもちろん収支はマイナスとなったが、十六倍の馬券は取っていた。悔しいのは土曜日のような負け方のほうだが、どちらにしても収支ががっつりマイナスなので、またも黒星といったところだ。
ゼッケン好きになるにも理由がある。個人的感情で買えない馬たちに馬券ゲットを阻まれ続ければ、全くのデータだけで予想をせざるを得なくなる。収支がっつりマイナスがこれ以上続くと、馬券を買い続けることすら困難になってしまうからだ。みているだけでも楽しいけれど、やはり馬券をかうと買わないとでは気合の入り方も違ってくる。
ところで、毎週買っている競馬新聞が値上がりすることになった。もともと他のよりちょっと安く、全場掲載されている新聞を買っていたので、このところの石油高騰などで値上がりしてしまうのは仕方ない。だが、一気に五十円も値上がりする。土曜日曜の二日分買うと、馬券一枚分の値上がりだ。年間では五千二百円程度か。
今まで安く頑張ってくれていたのだから、値上げも仕方ないが、つもりつもって考えると結構いたい。以前も書いたように、紙媒体は必要なものだ。同じ内容がネットで見られれば紙である必要はないのだが。
専門誌のことをネットで調べていると、予想を毎回メールで送ってくれるという有料のサイトが多いことに気がつく。馬友の中にもそういうサイトを利用して、そこそこ儲かっているという輩もいるが、私は疑問に思う。自分で予想していて、
「これは大穴の匂いがぷんぷんするぞ!」と思ったら、あえて誰にも言わない。だって穴党の敵は同じ穴党。わざわざ自分で自分の買い目のオッズを下げようとする人はいなかろう。こういうサイトを運営している方たちは、自分では馬券をお買い上げにはならないのだろうか。中身を見ていないから想像でしか、申し上げられないが。
なんにせよ、しばらくは白星をだすことを目標に予想をしていくことになる。二ヶ月でためた競馬貯金をそろそろ引き出させていただかないことには、心中穏やかではなく、応援する心の目にも曇りが生じてきてしまう。
とりあえず今週は、競馬新聞の値上げにも、
「苦しゅうない」
と余裕の笑みを浮かべられるくらいの予想の的中に伴う収支プラスが白星か。貯金の半分くらいを引き出せたなら、大金星である。