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恩師

ちょっと、番外編。

 偶然なのだろうか。

 役者をやっている、という人と話す機会があった。私もその昔、そのような学校に通っていたことがある。ほんの一年と少しだ。その頃の同級生が、大きな劇団にいると話した。

 さて、話しておいて、本当にその劇団だったか不安になってきて、数日後、インターネットで検索してみると、間違った。違う劇団だったことが判明した。

 ついでに、といろいろ調べ始める。そういえば、そのときの科長だった先生はかなりのご高齢になっているはず。今もご健在か。ちょっと検索してみる。すると、もう二年半も前に事故が原因で亡くなっているではないか。

 私は、愕然とした。

 画面上で、誰かの死を知らされるのは、三度目である。一度目は義理の祖父。電車にまつわる死だった。二度目は以前のバイト先の人。震災のときに流れた数千人の犠牲者のテロップの中に見つけてしまった。そして、今回である。付け加えれば、レースの途中、名馬たちがターフを去る瞬間も、何度も目撃している。

 一番、ショックが少ないといえば、それは確かだ。そもそも、かなりのご高齢とは知っていた。その頃の友人たちとは最近になってやっと連絡が取れるようになって、それまでは私のほうが音信不通だったので、連絡がきていないかもとは、想像していたことだ。それでもやはり、悲しい気持ちになった。寂しいというべきか。

 入学して、初めて対面したときのことを覚えている。

「ただのおっちゃんやな」と思った。少しいかつい容貌をした、普通のおやじにしか見えなかった。ちょっと目が鋭い。いつも杖を突いているのは、雪山で凍傷になり、足の指が何本かないからだと話してくださった。

 学校の住所と、学校の名前を言って、自分の名前をいう、という自己紹介をさせられた。みんななるべく大きな声で言っていたような気がする。私も、自分の名前を言った。全く平坦に発音した。

 先生は、私が発音した名前を繰り返した。そして、ゆっくりと私をにらみつけ(たように思えた)、

「発音はこれでいいのですか」と聞いた。私は、

「はい」と答えた。先生は怖い顔のまま、黙って頷いた。

 時代の流れとして、標準語とされる言葉から、抑揚がなくなってきていることを、先生は嘆いていた。

「ここでの授業では、アクセント辞典にそった中高のアクセントを採用します」と宣言された。私が発音した、私の名前は、先生がもっとも正しくないとしているアクセントでの発音だと、後になって気がついた。それでも、先生は私の名前を私が発音したとおりに呼び続けた。そんなに名前を呼ばれた覚えはないけれど。

 私は、よい生徒ではなかった。ろくすっぽ学校にも行っていなかったから、先生からしてみれば、生徒ですらなかったかもしれない。でも、私はいつも学校のことを思い出すとき、必ず先生の姿を思い出した。杖をついて仁王立ちし、ちょっとにらみつけているようなあの表情を、必ず思い出した。

 先生はただのおやじではなかった。追悼公演の記事が延々と続く。死亡記事が残っているほどの偉大な人なのだ。

 偶然だろうか。

 先生が亡くなった次の日から、私はコールセンターでの研修を受けた。言葉の使い方や、発音や発声などのレクチャーを受けていた。そして、学校のこと、先生のことを思い出していた。

 偶然だったのだろうか。この世の中に、偶然なんて存在するのだろうか。そして、必然も。また、運命も。


 先生、こんなに時がたつまで、気付きもしなくてごめんなさい。私は先生の生徒であることを早々に放棄してしまいましたが、いまだにこうやって、駄文を書いたり、時々人前にでたりしています。あの頃と同じように、今もこの先どうなっていきたいのか、だからどうすればいいのか、見つけられないような次第です。多分、先生の教え子の中で、私が一番最後でしょうが、今度お墓参りに行きたいです。先祖のお墓の場所も知りませんが、先生のお墓の場所は探し出して、必ず伺おうと思います。だから、一番みそっかすでいいので、先生の生徒の中に入れてください。

 そしてついでに、競馬場によって帰ることを、お許しください。

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