寺に行ったら修行
今度は数週間経ちました。
俺は今、寺にいます。
なぜかって?正しくは来年じゃなくて今年だったって訳さ。数え年って言って、産まれた瞬間を一歳と数えるらしい。つまり俺は今五歳という訳だ。
和尚さんが色々話しているけど、つまんないから聞き流す。
しかもこの和尚さん。前に会ったことがあったわ。
確か数日前。
*****
「お主が与六か?」
「…そうだけど、誰だ?」
「ほほ、ワシのことはどうでもよい。お主のことをちらっと聴いてな、話をしに来たのよ」
「はあ」
突然我が家に訪れてきた坊さん。誰から俺のことを聞いたのか分からないが、話とは何なのか。
得体の知れない人に敬語は無しでいいかな。見た目は坊さんだけど、その格好をした隠密とかかもしれないし。
「お主は越後を象徴するのは何じゃと思う?」
「それは『義』だ」
「ふむ、ならば『義』とは何ぞや?」
…面倒だから辞書を思い出そう。
坊さんにことわって外に出る。棒切れを探していたら与七が拾ってきてくれた。出来た弟だよ。
「この『義』という文字は、『我』と『羊』で出来ている」
そう言いながら、『義』の文字を真ん中で区切る。
「この『羊』は、『美』と同じ意味を持っているんだ」
大きな羊から『美』という漢字が出来たそうだ。漢字辞典にあったから確かな筈。
「この『我』には『刃が整っている』という意味がある。つまり『美しく整っている』ことから『人道的に恥じぬ正しい生き方』という意味が込められている」
「ふむ、そうか。なら、お主にとってそれは何じゃ?」
そう来るか。…俺の義か。
ちらっと与七を見る。与七は知らない坊さんを前に不安そうにしていた。俺の弟にこんな顔させやがって!
目の前の坊さんを睨みつける。
「俺の義は家族への義だ!父上の後を継ぎ、家族を安心させ、この越後の民として支えとなることだ!」
「ふむ…それに、偽りはないか?」
「ある筈がない!」
俺をじっと見た後、坊さんは少し考え込んでから立ち去って行った。
何だったんだ?
*****
答え:品定め
コレしかないわ。
その後に両親と色々あってここに来た。マジで寂しい。
とにかく絵を描いて気を紛らわせる。それ以外に出来ることがない。だって今、授業中だし。
「おい、何を描いておるのじゃ」
「あっ」
筆を置いた瞬間に取られた半紙。まだ未完成なんだけどなあ。
「…何じゃ?これは」
「犬だ」
「「「「「「「……」」」」」」」
下手くそですみませんね!
そういや、御実城様に会いました。こんな形で会いたくなかったよ!
坊さんに正直な心を言えって言われたから
「俺はこんな所に来とうございませんでした。おかげで俺の義は貫けられませんでした!」
って言ってやったけど。
で、今に至ると。
この寺に入ってからもほとんど前と変わらない生活です。
朝早く起きて布団を片付けて、朝餉の支度をして、勉強して。
勉強の内容は漢詩文とか。押し問答もあるけど、面倒だ。俺の年齢で答えられそうなのだけ答えておく。それか喜平次様に答えられそうなのには「分かりません」でいい。
皆俺のことを子供扱いしてくるが、五歳にしては育ってるほうだと思うんだけど。しかも皆も子供だし。
で、生活してて思いました。
喜平次様って遠慮しすぎ!
いや、だって!これは、ねえ!
遊びに誘われても、誰か一人にでも変な顔されたら断っちゃうし。それって孤立無縁へ一直線コースだよ。あ、殿様(予定)だから大丈夫か。
…いや!大丈夫じゃないよ!この越後は国人だらけの国だ。いつ裏切られるか分かったもんじゃない。それなのに、これは…。
与六、いきます!
「喜平次様、遊ばないのですか?」
「…わしは書を読んでおるからな」
「武士たる者、体を動かさなければなりませんよ!」
「…無理しなくて良いぞ」
「へ?」
あ、あれ?無理って?
「お前はわしを嫌っておるじゃろう」
「……」
「お前の正直さを見て、父上への想いを見て、わしも考えさせられた」
あ、初めて会った時のか。
あの時は本当にご無礼を!
「わしにとっても父上は大事じゃった。だからこそ、父上の本懐を遂げて、意志を継ぎたいと思った。この越後の礎となるために、上杉家の務めを果たすためにも。
そのことに気づかせてくれたお前が、わしの下に来てくれた時はとても嬉しかった」
あのことはいい方にベクトルが向いているご様子。
「和尚様に言われたのじゃ。正直な言葉を伝えよと。…お前は嫌じゃろうが、ずっとわしの下にいてほしい。わしは言葉が少ないが、お前にだったら何でも話せる気がする」
まっすぐ見つめられる。誰かに似てるなあ、ってそうだ。御実城様だ。
目が似てる。
本当の兼続もこんなこと言われたのかな?これはすごい口説き文句です。
「…俺には『仕える』というのが何だか分かりません」
「………」
「でも、それが喜平次様の本当の御心だというのは分かりました。それを皆にも言ってください」
「え?」
「喜平次様は嫌われていません。皆気を使っているのです。だからこそ、喜平次様から気を使わなくて良いと、言わなければなりません」
「……わし、から」
「…これ以上は俺には分かりません。差し出がましいことを申しました。失礼します」
なんか気まずかったので逃げました。すっごい考え込んじゃったよ。
ってか口説かれたのに返事してないのはヤバかったかな。でもなぁ…やっぱり家族が恋しい訳ですよ。
前世は高校生、つまり両親と共にいる家庭だった。いつかは出なきゃいけないとはいえ、家族一緒が一番幸せだった。
まさか五歳で親から離されるとは思ってもいなかった。いや、この戦国の世なら当たり前なのか。
「…簡単には割り切れないなあ」
こればっかりは仕方ない。
三成さんはまだまだです




