交渉したら酒盛り
ご都合主義があります
皆さん、とってもお久しぶりです。
覚えてますか?樋口与六兼続です。
御館の乱はまだ続いているよ。冷戦状態みたいなもんだけど。春日城を攻めてきた兵たちがいたけど、落とし穴とか泥まみれの坂道滑り台で、丁重にお帰りいただいた。
楽しそうだったなー。
じゃあ、まずは結論から。
織田さんと徳川さん、武田さんと停戦しました!
まあ、脆いもんだけどな。
織田さんとは本願寺について。
分裂状態で助けに行けるわけがない。
あと、前回も言ったように【関東管領】宛ての勅令だったから、【弾正少弼】である景勝様が出陣される必要はない。
って屁理屈を述べまくった。何故か分かんないけど秀吉さんもいた、しい。まあ、おかげで同盟が上手くいったんだけど。
流石は人誑しの天下人だ。
徳川さんとはご長男について。
織田さんに話を通して、信康さんは廃嫡ってことになった。処刑ではないが。
上杉に人質として来てもらった。次男以降も不安要素扱いされそうだけど、なんかあったら信繁さんみたいに返す予定にしている。
その誠意の証として、景勝様に申請して賜った大青江を渡しておいてもらった。ほら、徳川家って妖刀村正に殺されるっていう縁起悪い話があるじゃん。青江って霊刀らしいから、これで守ってもらえばいいよ。
俺自身が交渉したんじゃなくて、別の人達がやった。遠いところまで、お疲れ様です。
武田さんとはこれから行きます。
「そう暗くならずとも、お主は政繁殿に教えを受けておろう」
「それでも不安なのですよ。斎藤殿」
「主に話すのは儂等じゃ。お主は後ろで見て学ぶだけでよい」
「学ばせていただきます。新発田殿」
俺は若輩者だからな。実際に学んだほうが早いということで、連れてかれることになった。
俺以外にも何人か来ているが、直接交渉するのはこの二人。他は警備と荷物持ち。金塊のな。すごい多めに貰ってきたから、復興だけでなく道路の整備しても余るくらいにはある。まあ、これが目的だったし。
「随分と多めに持ってきたのだな」
「商人の方に行く者たちに持たせようと思っていましたので」
「食糧を確保しようというわけか。兵糧だけでは保たんやもしれぬからな」
「これがあとどれだけ続くのかに懸かっていますからね。油も買っておかねばなりません」
それもこれも北条氏政のせいだ。北条の力がなかったらさっさと攻め入っていたのに。城からあまり離れられない。
今は景勝様が有利ではあるが、上杉を南北に挟むように伊達と武田に攻められたら逆転される。それはまずい。
武田を説得してしまえば、警戒する方角は限られて楽になるんだ。
「それにしても、何故アレらは持って行かんのだ?」
「アレだけの量となると儂等だけじゃ重いからの。それに、儂等の役目ではなかろう」
おー、陣だ。
何やら武田勢の兵たちがピリピリしている。北条氏に良いように使われているから、イラついてんのかな。
いや、違うか。俺たちにピリピリしているんだ。「義がある」とか言われても、それは謙信公のことだって言われているし。でも、俺たち上杉家家臣たちだって、その義を近くで見てきた。景勝様も持っていると知っている。
武田勢の交渉役は武田信豊殿、跡部勝資殿、春日虎綱殿。
交渉はまずまず、といったところか。
武田勢のほうでは、この陣中でお亡くなりになった古参の人たちが主戦力だったらしい。これは不利になると思い、北条に援軍を求めていたようだが。
結果はご覧の通り。あちらさんは動く気配が一切ない。「この程度で兵を貸す必要はない」ということか。嘗められたものだ。今に見てろ北条氏政!
「こちらの誠意を示すべく、これら金を用意させていただき申した」
「っ、こんなにか?」
あ、やっぱり多かったんだ。資金も資材も不足しているって話だから、多めにしたんだけど。
上杉家には佐渡という金の名産地があるから、金に困ることはまずない。いつか起きそうだから、なるべく貯めておきたいけど。
「この金で所領を復興なさってもらえればと思いまして」
「ほう…。これは願ってもないことですな。…お館様もこの同盟に賛成のご様子。上杉の誠意、確かに見せて頂いた。しかし、これだけ大量となると、やはり余ってしまう。何かございませぬかな?」
しめた!
ちょいちょいと一番近い新発田殿を呼ぶ。やってもらうってことは、借りが出来るということだけど。恩を売られるというより、景勝様に将来のための投資をしてもらうと考えればいいだろう。
「折角です。春日山から甲斐までの道路を整備を行ってもらうのはいかがでしょうか」
「しかしそれでは借りが出来てしまう。後にどのような要求をされるのか…」
「そこは大丈夫かと」
「…ふむ。そこまでの自信があるならば、兼続よ。お主が交渉するか?」
「え?私が、ですか?今から?」
「何事も経験じゃ」
新発田殿、嗤いを堪えないでください。
今さら選手交代とか、絶対武田勢の怒りを買うよ俺。まだ景勝様のお役に立てていないのに!今日が命日なのか!?
新発田殿が斎藤殿に何か耳打ちをした。ああ、俺のことを話しているな。
しかし、何故だろう。目の前で内緒話をされると、自分の悪口じゃないかって不安になるのは。
斎藤殿が頷いて、武田信豊殿を見てこう言った。
「武田殿、こちらの者が提案がある模様でございまする」
「む?その者は小姓ではなかったのか」
小姓とか懐かしいです。
そうだな。景勝様のご学友として小姓になって、元服して、戦に出て。思えば色々あった気がしなくもない。
でも俺はもう18歳だ。高3くらいだぞ。
「これは樋口兼続という者。小姓と呼ばれる齢はように過ぎておりまする。ほれ、兼続」
「はっ。ご紹介に預かり申しました。私は樋口兼豊が嫡子、樋口与六兼続と申します」
「ほう。お主がかの上杉謙信が弟子か。して、お主に案があると?」
「はっ。若輩者の言葉ではございますが、お聴きいただきたく存じます」
これでいいのかな。不安だ。
チラリと相手3人を見ると、じろじろと俺を見ている。
「ふむ。若い者の言葉、聞かせてもらおうか」
「ありがとうございまする。提案として春日山から甲斐を結ぶ道路の整備をするというのはいかがでしょうか」
「上杉領までの道路を?」
「はい。勿論、自国の復興を優先ください。そして、この道路を整備することで、商人の行き来を更に楽に、そして活性化させることが出来ます」
「そんな事せずとも、今の武田領だけで出来るが?」
「いえ、これから武田は大変危うい立場となります。商人達は戦に巻き込まれぬようにと、別の儲かる地へ向かうことでしょう。例えば、堺」
「…………」
多分な。堺に挙って行きそうな気がします。座とか関係なく、売り手にも買い手にも優しい堺なんだし。
俺たちが刀を持って戦うのに対し、彼らは銭を持って戦っている。命よりも金という商人はごまんと居る。
「春日山の商人達には甲斐へ資材を中心に運んでもらいます。豪雪にも吹雪にも負けない彼らならば、喜んで行くでしょう」
「…それだけではなかろう?」
「ええ。こちらには食糧など、必要物資をお願いします」
「どちらにも利がある、と」
ダメか…?北条に喧嘩売るような同盟なんだから、商人達は離れていくと考えての交渉なんだけど。
やっぱり俺には無理です新発田殿!交代してください斎藤殿!
「…ふむ、良かろう」
アレ!?
「何を驚いておる。『上杉謙信には義がある、何かあれば上杉を頼れ』…信玄公が仰っていたお言葉だ。武田は上杉に恩がある。弟子であったお主にも、家臣たちにも義は受け継がれていよう。それに対し義で返すのは道理」
いい人!!
昔、武田さん家に謙信公が大量の塩を送ったことがある。その塩のおかげで領民は生き残ったらしい。
まだ覚えていたってことか。俺からすれば将来に向けての投資って感じがするんだけど。
「まだまだ未熟の私の言葉をお聞きいただき、ありがとうございます」
はい、俺退場。
斎藤殿、新発田殿。交代ですよ。
その後は北条氏政率いる北条勢をどうするかという論争だった。とりあえず、武田勝頼さんの仲介で、景勝様と景虎を停戦させるという。
でもそれ、北条が割って入ってきたら大惨事だよな。景虎や諸将に圧力をかけて、景勝様を襲ったりすれば崩壊する。そうなると、謀反を鑑みて景虎を殺さなければならなくなってしまう。
それはダメだ。
「兼続」
「はい?」
「よもや、これを狙ってアレらを商人に任せておったのか?」
「いえ、アレらは甲斐の商人と交渉するために任せていました。今回は幸運なことに、あちらが先に持ちかけてくれましたから」
「…やはり未熟じゃのう。運に任せるのではなく、自ら率先して持ちかけさせるようにせよ」
「商人の事も教えねばならんな。今回は御身城様の人望で成立したようなものだが、次は己が力のみで成せ」
ヤバい。授業内容が増えた。他の人達にも教えられているようだが、槍が苦手な俺は事務仕事を特に鍛えられている。
まあ、仕方ないよな。人を斬るのは慣れたけど、戦はまだ嫌いだし。事務仕事の方がまだ落ち着く。交渉術も頑張って覚えないといけない。
運任せじゃダメなんだ。
もっと北条の力を削がないといけない。
あとは蘆名氏とかか。絶対に伊達もだよな。とにかく同盟を組んだ諸将が来そうだ。
徳川さんが武田さんを襲わなければいいんだけど。えーと、長篠だっけ?桶狭間だっけ?……とにかく、どちらかで武田さん家が滅亡するんだよな。それまでに後継者争いを終わらせないと。
うん、あとで考えよう。
その後は酒を飲みました。
買い物班が買ってきたものだ。高いもん買ったもんだな。めっちゃ澄んでる。
「呑んどるか?」
「ええ、景色が歪む程に」
「そうかそうか」
イヤーもう緊張した。あんな重要な場面で交代するとか、何やってんだ俺。呑んで忘れよう。
「ほれ、もっと呑め」
「はっ、ありがとうございます……」
………んんっ!?
ブッ!!あ、あっぶな!酒吹き出しそうだった!
さっき俺の意見を聞き入れてくれた武田信豊殿が、俺の空になった盃に酒を注いでくれた。慌てて俺も注ぎ返した。
一気飲みは身体に良くないが、緊張をほぐすためだ。酔いが少し回ってきたかもしれない。堪えろ俺。
「上杉の者は酒豪ばかりのようだ」
「確かに…あのお二人を見ていると、自分がまだ未熟だと実感します」
お二人こと斎藤殿と新発田殿は中央付近でグイーッと飲み比べまでしている。あれはすぐに倒れそうだ。
俺は小姓時代の名残りか、介抱しなければならないという気になってホロ酔い程度に収めるようにしてある。
うん。周りの人たちもあと少しかも。
「ところで、北条のことだが」
「はい?」
「どうするつもりだ?」
それって景虎殿との停戦後のことかな。
北条は手紙か何かで戦うように言うと思う。もしその頃に氏政が亡くなっていれば、戦略で負けることはないだろう。もっと兵士達には疲弊してもらわないと。精神的にも身体的にもボロボロになったところを折れば勝ちだ。
日本史の先生曰く、秀吉さんは北条氏に対し、小田原城の近くに城を一夜で建てたらしい。一夜で完成させられるくらいに大工やら金やらつぎ込んだんだろう。それだけの余裕と力が天下人秀吉さんにはあったんだ。疲れきった北条の兵士達の士気を下げるには充分。
とにかく北条の力を削ぐ必要がある。
「伊達とも交渉します。北条にはとにかく戦ってもらわなければなりません」
「伊達を使うと?」
「どうでしょうか。北条の兵士達には立てない程に疲れきってもらいたいので、少しずつ削りますよ」
景虎殿には完全に上杉家についてもらいたい。これ以上力が削がれるのも、血も流したくない。そのためには、北条の影響力が上杉より小さくなくてはならない。
御身城様がご存命の頃は、景虎殿に家督どうのうとは言っていなかった。亡くなってから間も無く、分裂状態の今を好機と見たんだ。兄たちが口出ししているんだったか。氏政が死ぬのはいつだ。まだまだ元気だというから、当分先の話だな。
「勝算はあるのか?」
「うまくいけば、ですがね。だいぶ協力者が必要になります」
北条氏は自ら動かない。それはこの御館の乱でよく分かった。戦だと直接攻めるしかない。小田原城の中は安全地帯だそうだし、兵士たちは弓矢や鉄砲で攻撃してくるかも。城壁に薄い部分があったらいいのに……。火薬大量にしかけて、珪藻土でタイムラグを作って爆発させるのに。きったねー花火だって言ってやる。
………ん?
「あの、一つお尋ねしたいのですが」
「なんだ?」
「花火って行っておりますか?」
「はなび?」
あれっ!?この反応はもしや!?
この時代に産まれてから色々あって気にしていなかったけど、夏といえば花火だよな。でも俺一度も観てないし、現物も見てない!
『建内記』に載っていたはずなんだけど…あれ?廃れた?
「それはどういう物だ?」
「一言で言えば、奇妙な火術ですね。万里小路時房が記した『建内記』にありました。文安の頃、唐人が風流事としてこの国に伝えたそうです。火薬に含むものによって火の色を変えるんですよ」
「火の色を?確かに奇妙だな」
「南蛮にも伝えられているはずですから、南蛮人から伝授してもらった方がいいかもしれません。私は線香花火しか分かりませんから」
「で、それを名物にすると?」
「火薬を用いて作るものですがね」
「火薬か……」
テレビでやっていた。カイロの中身を紙に包んで、針金を持ち手として付けて点火する。スチールウールを燃やす実験は化学の授業でやった。アレと同じ現象が起きるのが線香花火だ。
色を変えたいなら、他の鉱物を砕いて粉末状にしないといけない。銅を少し入れたら青緑色になる。ススキ花火って火薬が何種類もあるんだよな。今の日本はムリです。
「竹ひごの先に少量の火薬を丸めたものを付けて、点火すると小さく火花を散らします。慎重に持っておかないと牡丹がすぐに落ちて消えますが、それで誰が一番長持ちしたかと勝負することも可能です」
「ほう」
これ自分で作ろうかな。暇と火薬があればいくらでも作れる。でも打ち上げ花火の作り方は知らないんだよなぁ…。花火大会が出来ないじゃんかよ。
「む?おい」
「はぃ………ぐぁー!」
「……おい、おい」
いや、南蛮人がやってくれるかも。ザビエルとルイス・フロイスとヴァリニャーニしか分からないけど。
うん。線香花火とか手持ち花火は自分で作ろう。いつか。
もう眠気が限界です。
介護できなくて申し訳ありません。
良い子は花火を作ろうとしないでください




