防衛からの交渉
ずっと忘れていた次話です
どうも。樋口与六兼続です。
今回は弟に任せてお留守番しています。ちなみに今書いているのは、徳川と織田への交渉の書状だ。ついでに三成達への手紙も。
この後もまだまだ書類が残っている。整理ばっかだけど。
デスクワークってこんなに精神にくるんですね。
景虎様との睨み合いが続く中、俺たちは順調に国人衆たちを味方につけていた。半分以上はアッサリと。
流石は謙信公の下で戦ってきた武士たちだ。流れを汲み取るのが上手い。北条のことを聞きつけたのだろうか。
揚北衆の色部長実殿、五十公野治長殿、新発田重家殿、本庄繁長殿などが味方についたことは心強い。安田顕元殿などが尽力していただいたおかげだ。
戦力はどうにかなった、というところで景虎様の蜂起が始まった。
三の丸に立て籠もっていた景虎様は、なぜか城下に火を放つように命じたそうだ。いや、何で?
民衆はどうするんだよ。いや、避難させてはいるけども。後で一揆でも起きたらどうするんですか。
用水路は畑を囲うように張られている。幸い風下だから、農民の方は問題無さそうだ。
問題は火元である城下町。急いで火消しさせたからいいものの、一歩間違えれば大惨事だ。雨降れください。早く梅雨来い。
それが何度か続いてから、また数週間後。早くも景虎様は既に御館に移りました。
今度は春日山城を攻めてきた。早いな、と思いながらどう追い返すか考える。
「だいぶ多くがきているようだぞ」
「兼続、どうする?」
「相手の数は?」
「先陣が約二千、後陣に約四千」
「合計六千だな」
「到着までまだ時間があるが」
北条氏政への援軍要請は済んでいるだろう。到着を待たずに攻めてきたということは、まだ時間が掛かるから時間稼ぎしておくつもりか?
まだ統制は取れているとは言えない俺たち。まず一介の側近が命じても下は動かないだろう。とりあえず、戦支度をするための仕掛けが必要か。
「…景勝様に掛け合ってくる」
その場は泉沢久秀と狩野秀治に任せた。見張りも続けてもらうことにする。
景勝様のお部屋は嘗て謙信公が政務を行っていた部屋だ。
「景勝様、お話が」
「入れ」
「はっ」
どうやらこの間の城下の火災の書類を処理していたようだ。
俺の提案って、景勝様に卑怯者って言われそうな作戦だけどな。今は無駄に戦力とか道具を消費したくない。
「景虎様が兵をこちらに向かわせております」
「うむ、今朝聞いた」
「約六千の兵に対して、今春日山城にいる兵は圧倒的に少のうございます。山と道に仕掛けを作り、我々は援軍を待つ必要があるかと」
「…仕掛け、か」
「相手を怪我させるような危険な物ではございません」
例を挙げると、山には木の膝の高さ辺りに紐を結んでおくとか。丸い砂利を軽〜く道に敷き詰めておくとか。後は落とし穴とか。
「子供か…」
「そうあからさまに呆れないでくださいよ。少々初心に返ってみました」
「返りすぎじゃ。それにしてもかなり苛つく仕掛けじゃな…、落とし穴とは…」
「城の周囲の登りやすいそうな山の方角の外壁の側に作ろうかと」
「それは酷い。卑怯ではあるが、子供の頃はようやっておったな。お前は自ら掛かった物もあった」
「それは忘れてください…」
いや、小さな落とし穴を作っていたのを忘れていたんだよな。ちょうど泥濘が酷い所に作ったものだから、掛かった瞬間に捻挫した。痛かったです。
「私達が景虎様に求めるのは和睦にございます。ここで相手の兵を減らせば、景虎様は更に焦るでしょう」
「国人衆や中立派が儂らについたからか。北条もこちらに向かうのは当分先じゃな」
「北条が動き出さない内に終わらせるべきです。和睦交渉の方はどなたにしていただきましょうか?」
「…武田が応じてくれれば良いが、武田は北条と同盟を結んでおるしな。伊達も同じ…」
この場合はどうするべきなのか。いまだに武田は渋っているし。城下に放火とかしてくれちゃったから、食糧はこの倉庫にあったものだけで頑張るしかないし。百姓達が一揆しないのは上手く畑は避けているからかな。それより町民や商人が一揆しそうだけど。今は止めてくれよ。
仲介者はかねてから考えていた人がいる。直接話した事はないが、あの二人ならば交流がある。
「…徳川はいかがでしょうか」
「徳川?…織田と同盟を結んでおるが、応じるか?」
「私の友がおります」
「その者に頼むのか。…儂の官位は【弾正少弼】だったな。あの勅諭は【関東管領】宛て」
「はい。我々がすぐに動く必要はございません」
「織田は石山や包囲網に手間取っている。…徳川には織田を通すなりして話をつけろ」
「はっ。武田とは停戦を要求します。金蔵の金をいくつか頂いても宜しいでしょうか」
「北条の力を削ぐか…」
伊達も気になるところだけど。伊達はおいおい交渉しよう。忠勝さんと万千代、小十郎たちは元気かなぁ…。
ただ問題は徳川に何を差し出すかだ。win-winの関係でなければ応じないだろう。徳川は今のところ安泰っぽい。敵といえば同盟を結んでいる織田の敵くらいだろうか。武田を目の敵にしているようだけど、まだ攻めあぐねている様子。もし今回仲介者を頼んで、武田勝頼が上杉へ出向き武田から離れれば、徳川はすぐに攻めてくると思う。機会を逃さないだろうしな。武田を簡単に無防備にさせられない。
北条はどうするんだろう。武田と伊達を嗾けてくるのは分かりきっている。でも自分自身は?
どこかと一緒に上杉に攻めるのか、他に景虎様へ援軍を寄越させるために攻めるのか。北条という名だけでも十分に脅す事ができる。もし同盟を結んで攻めさせるとしたら何処だ。上杉から近い場所…加賀とか?前田さんって織田の家臣だから無理だろ。いや、同盟は結ばないとか?
あれ?徳川にはどう言えばいいの?
とりあえず、武田と徳川に書状を書こう。拝啓っていらないんだよな?
武田にはあまり国から動かないように、とも書いておくか。北条は動く気ないようだから安心安心。
徳川には…なんかない?
そんな悩んでいる俺の前に、いきなり軒猿さんが現れた。シュッて!うわカッケー!ジャパニーズ・ニンジャ!
はい、すいません。自重します。でも突然どうしたんだろう。
「武田は北条へ援軍を要請した模様。ですが北条はこれを拒否し、武田は北条へ不信感を募らせています」
「今がチャンスか…」
「ちゃんす?」
「あ、いや…それで、行軍は?」
「陣営はまだ動いておりません。武田が離れたところで、無防備な国を北条に攻められるのを恐れているのかと。北条は伊達も動かしています」
「完全に囲まれているな…」
「頼まれていた徳川に関してですが、信康殿に裏切り者の容疑がかかっておりまする」
へぇ〜………………え?裏切り者?
あれ?確か信康って徳川信康だよな。噂だとかなりの優れた才を持っているとか聞いたけど。長男なのに自ら地位と命を投げ出すような事をするか?
「信長公が信康殿を処刑するように命じる予定にしているようです」
「信長公が?」
家臣の長男を?小姓じゃなくて?何か私情が入ってそうな。
何を考えているんだ。そんな事を命じたら離反しかねないだろうに。いや、試しているのか?だとしても長男を処刑させるってどうよ。それとも信康殿を処刑しておかないとヤバイのか。才能が優れているからか。徳川家康の隠居後を危惧しているのか?
そういえばそろそろ信長さんも隠居の時期なのでは?そしたら次は信忠殿か。こちらも優れたカリスマ性があるとかないとか。 家臣のほとんどは信長への忠誠と畏怖で従っていると思うけど、信忠殿はどうだろう。舐められないといいんだけど。
まさかそれを危惧して、見せしめに信康殿を処刑するなんて無いよな。
……え、無いよね?
「家康公は弁解したようですが、信長公は一切無視しました」
「うわ…それで後継者である長男を処刑しなければならんのか…」
「それが主命ならば従うのが家臣です」
「…そうだな。ありがとう、ゆっくり休んでくれ」
「はっ」
元高校生の俺にはあまり理解できない。先生の言うことも命令ではなく、従うかは自由だった。主従関係なんてテレビの某黄門様とかでしか知らない。“主命”という言葉は縁遠かった。
それが今では身近で他人事ではない。まだ高校生の時と同い年なのに、既に社会人として扱われる。縦社会に支配されている。逆らえるのは生まれついての上位者か、後に地位を得た成り上がりかだ。
景勝様が俺たち家臣に酷い命令をなさることはないと信じたい。でも主命が下った時は、それは上杉が危機に陥っている時だろう。それならば俺たちは従うか諌めるかだ。より最善な道を選んでもらうために。
「…信康殿の件を使うか」
信康殿を上杉への人質に来てもらおう。織田と上杉で和平を結んで、東の一向一揆は全て上杉が処理すると条件に出せばいいだろう。荒木村重は今年中に決着がつくだろうけど、一向一揆はまだ続くはずだ。東の敵が減ると分かれば、向こうも乗ってくれると信じよう。
伊達と北条、武田を東で抑えることも約束してしまおう。戦をする時は援軍を頼めるようにしておかないと。
織田への要求は、徳川信康を上杉に人質として差し出してもらうか。徳川が武田に攻め入らないように命じてもらおう。
武田にはまだ生きてもらわないと。
「……忙しくなるな」
御館の乱が終わるのが先か、俺の胃に穴が開くのが先か。
歴史を変えていきます。日本史を学んでいる方、信じないでください。




