葬儀をしたら決行
目に見える形で功績を残せば、景勝様は評価してくれるはずだ
お久しぶりです。覚えておいででしょうか。
兼光を片手に森の中に待ち伏せなう!の樋口与六兼続です。
どうしてこうなったか。それは今朝の出来事から始まります。
御身城様がお亡くなりになられた翌朝。城中が哀しみに満ち溢れ、まるでドラ○エ8の某城の様な空気。
仙桃院様や景虎様はもちろん、上杉四天王も涙を流した。景勝様も例外ではない。大声を上げて泣くなんてことはなかったが、その分痛々しさは増していた。
俺はもちろん大声を出して泣き喚いたよ。だって前世では身近で死んだ人なんていなかったんだし。師匠でもあったから、周りの目なんて知らん振りをして泣いた。
葬式を挙げることになったが、遺体を燃やすなんてことはなかった。なんかミイラみたいにして、大きな甕の中に入れるらしい。古墳時代に甕棺墓なんてあったらしいが、これだとなんだか春日山に閉じ込める為の檻みたいだ。社に即身仏として祀る訳でもないから、余計にそう思えてしまう。火葬が一般的だった現代人の弊害か?
御堂の中に納められるのを見届けてから、俺たちは後処理を行った。
実は昨晩、亡くなる前に俺は御身城様に呼ばれていた。恐らく後継者を伝える為だったのだろう。念の為に天井裏に軒猿を借りてある。
だが御身城様はそれすら言わず、ただ障子を開けてほしいとジェスチャーて伝えるだけだった。その日の月は見事な満月で、以前御身城様が残した歌を思い出させた。
「地獄も先は 有明の 月の心に 懸かる雲なし」
(私が死んだ後、私は極楽、地獄に行くのかはわからないが、どちらに行くことになっても今の私の心境は、雲のかかっていない明月のように一片の曇りもなく、晴れやかだ)
今晩は全く雲一つない。青い星がキラキラと輝いて、月と寄り添っている。歌の通りだ。
御身城様はそれを眺めて、久し振りに、微かではあるが笑みを浮かべた。それすらも辛そうだった。
俺はただ、何も言わずに共に月見をした。酒を呑まない月見は前世以来で初めてだ。酒が恋しい。
どれ位そうしていたのか。星が綺麗だなあと思っていたところで、御身城様に袖を引かれた。
まさか、という緊張感を胸に右手を差し出す。其処に書かれたのは後継者ではなかった。
「…御身城様?」
最期の教えだった。
御身城様は結局、後継者を選ばずに逝ってしまった。
それだけを残して、再び眠ってしまった。ホッとしたような笑みを残して。
意味など分からない。御身城様から受け継いだ教えを、俺が活かせるなんて分からない。
翌朝、御身城様が亡くなられたことが小姓と仙桃院様から伝えられた。
俺が呼び出されたが、その時に後継者が選ばれなかったことも。景虎様も存じていたらしい。小姓を籠絡したのか。
「後継者が決まっていない今、この上杉家は仙桃院様が仕切ることとなる」
「…上条殿の仰る通り。後継者が決まるまで、姉である妾が指揮をとります」
仙桃院様は相変わらず凛と咲いていた。夫と弟を亡くしても、強くある女性は、不謹慎ではあるが美しいと思った。
御身城様の葬儀の喪主は仙桃院様が務めた。景勝様や景虎様がやったら、その時点で後継者と言っているようなものだからだ。荼毘も埋葬もしなかったのは、御身城様にこの先を見守ってほしかったからか。それとも側に置いておきたかったのか。
葬式は無事に終わった。問題は山積みだけどな。
織田信長との戦いもあるし、この隙に北条や武田、伊達が攻めてくるかもしれない。外交はいつの時代でも死活問題だ。癪だけど北条氏政を見習ったらいい関係を築けるのだろうか。ってかいつ攻めてくるの?
内政は元々俺たち家臣がやっていたから何とかなる。浅井久政の灌漑事業や治水は見習いたい。時々ではあるが洪水があるし。いっそのこと神事でもするか!と馬鹿なこと考えた事もある。あの川に名のある神様はいなかったと思うが、アニミズムで考えた末だ。まあ、その時にやってみようかな。
で、整理すると一番の問題は後継者なんだよな。
仙桃院様や重臣が選ぶことになるんだけど、どっちになるんだろうか。出来れば穏便に済ませてほしいなあ。
そんなことをお願いしたこともありました。無理でした。
三時くらいの時に、景勝様に呼び出された。後継者が決定しただと公の場で言うはずだから、内政で何か問題でもあったのか。
しかもすっごい静か。いるのは障子を開けてくれた小姓だけ。ってかこの人見た事ある。人払いするほどのミス?
ビクビクしながら向かった部屋には、上条政繁殿や本庄繁長殿、甘粕景持殿、新発田長敦殿、直江信綱殿が揃っていた。
あれ?景勝様は?
「景勝様は今仙桃院様のもとだ」
政繁殿、エスパーですか?
まあ、それは置いておくとして。
「皆様、どうなされたので?」
「今宵じゃ」
「へ?」
繁長殿、主語をお願いします!
って、いや待てよ。こんなに真剣で、しかもちょっと殺気と闘争心が見え隠れしている5人。後継者も決まらず、景虎様が何か企てていると、昼間に軒猿によって景勝様と共に知らされた。
ちなみに、後継者宣言は自分でも重臣でも、とにかく下が納得すれば成り立ってしまうらしい。清洲会議の後に、秀吉が三法師を後継者とした時然り。武田信玄が父を殺害して後継者宣言をした時然り。
と、いうことは。
「まさか、後継者宣言をなさるのですか!?」
「声を慎め。誰かに聞かれたらどうする」
新発田殿が慇懃無礼に宥めてきた。いや、確かに今のはまずかったか。でも。
「人払い、なさってますよね」
「…気付いていたか」
先程の小姓は確か軒猿にいた人だ。一度景勝様の護衛をしていたのを覚えている。
「そこまで気が付いているとは、流石は御身城様唯一の弟子じゃ」
「槍運びはちとアレだがな」
直江殿が誉めてきて上がった気分は、甘粕殿に叩き落とされました。見てたんですか。俺はもう槍は諦めました。一応朱槍は持ってるけど。
話を戻そう。
「しかし御身城様が亡くなられたばかりです」
「先手でなければならぬ。景勝様が当主とならねば、北条に支配されるのは目に見えておるわ」
確かにそうだけど…。本当に、いつの時代も御家騒動はドロッドロだな!もういいよ!これが戦国だって理解しました。
のってやろうじゃんか。
「…ならば金蔵と食糧庫、武器庫を収めねばなりませんね」
「分かっているではないか」
「私はどれを収めれば良いので?」
「どれでもない」
はい?上条殿、それだと俺はどこに配置されるんですか。
その疑問には直江殿が笑いながら答えてくれた。
「其方には本丸を収めてほしいのじゃ」
「…え?ということは、私は景勝様と共に本丸へ?」
「そうなるな。お主も分かっておろうが、向こうも同じように考えておることだろう。景虎殿に着く者がどれだけおるかは分からんが、相手は北条だ。先の3つは我らが収める予定だ。力のある者が来るだろうからな」
なるほど。俺は他の皆と景勝様を本丸へお連れすればいいのか。
相手も同じように考えているとすれば、夜中に来るはずだ。
「お役目、承りました」
「うむ」
作戦皆無ですがどうしましょう。
そんな訳で、只今景虎様の部隊が来るのを待ち伏せしているのです。
多分、向こうは少数鋭で来ると思う。強者十数人に本丸へ向かわせて、他の者たちは金蔵等を収めに行く。そして弓矢を使う者を森に潜めるだろう。で、景虎様は来ないと。
重臣に後継者宣言してもらえればそれでいいしな。
景勝様は軒猿上忍達と直江殿と家臣達に任せてある。下忍は弓兵がいないか確認してもらっている。
時刻は丑三つ時。マジで真っ暗だし怖い。
「兄上」
「ん?来たか」
「はい。春日山城にも攻めてきたようですが、下人ばかりのようです」
「…一番当たって欲しくなかったのが当たったか」
ってことは強い奴はほぼこっちって訳だ。景勝様を仕留めに来ているな。
景勝様には俺たちが動いてから向かうように伝えておいた。この分だと春日山城から応援を呼べそうだ。
「兼続殿」
「っ、軒猿か…来たか」
「あと半刻ほどでこちらに来ます」
「そうか。…念の為に後十名程呼んでくれ。上条殿達には金蔵等はそのまま守り続けて頂きたい」
「はっ」
3人の軒猿は全員が真っ黒な服を着ている。闇に溶け込んでおりますな!
そのうち2人が報せに行った。
「…誰が来ていた?」
「長尾景満殿、桃井義孝殿、山浦憲重殿と他二十名にございます。弓兵は全て始末致しました」
「ご苦労さん。…長期戦に持ち込む気か」
意外と有力武将が少ない。恐らく北条に援軍を要請しているからこその余裕だろうが。しかし川中島を何度も生き残っている奴らが相手か。ここにいるのは俺や泉沢久秀など景勝様の馬廻衆と、栗林政頼さんと岩井信能さん、水原満家さん、吉江宗信さんがいるけど十名くらい。はいピンチ。
他の武将達は御館にでもいるんだろうか。籠城戦に持ち込む為には、何としても食糧庫は俺たちの物にしないと。
「ありがとう。お前は景勝様のもとへ行ってくれ。…頼んだぞ」
「はっ」
シュバッ!て消えた…。下忍でこれなら上忍は音が無いんだろうな。
そんなことを考えていた時。
《今頃春日山城は我等の物となっていよう》
《下人ばかりであったが?》
《向こうは葬儀の夜に襲うなど考えているまい》
舐めたこと言ってくれますね。
やっぱり灯りを持っていない。火が森に着いたら大変だからか、見つからない為か。どちらにせよ、俺たちと争う気ではあったようだ。
報告通りに数は23人。ほとんどが川中島や手取川で前線にいた人達。経験値の差が酷いな。次世代で揃っているこちらが不利だ。
でも後に退けないのも事実。
「…行くぞ」
「はい」
「おう」
実朝と上村直秀を連れて先ずは少し前を塞ぐ。今俺たちが来ているのは黒い羽織。その下には白を基調とした小袖で目立つようにしてある。
視認が出来る距離まで来てから、羽織を脱ぎ飛ばした。
「止まれ!この先へは行かせん!」
「っ、貴様ら一体どこから!?」
「そのような目立つ格好ならば我等全員気が付いた筈…!?」
「種明かしはしないタチでな」
ありがとう、怪盗キ○ド様!
やっぱりいきなり現れたように見えたらしいな。初歩的なトリックだけど、この時代では最先端。でも前例がありそうだなあ。
槍を構える2人を確認して、俺も構える。
「おい、兼続!槍は刺す物だぞ!」
「先手必勝!」
「投げるなああああああああ!!」
うおっ!デッカい声だな。
槍投げでとりあえず2人は刺せた。残り21人。
「なるほど、このような使い方もあったのですね」
「実朝も感心するな!兄者の奇行を止めろよ!」
「画期的ですよ?」
「常識はどこに行ったんだ!」
実朝、分かっているじゃないか。ただ刺すばかりではないのが槍です。
だいぶ深く刺さったみたいだけど、後で回収しよう。
「2人共、来たぞ」
とりあえず、前見てくれ。鬼気迫る感じで来てるから。
前の2人を仕留めて、後続の者たちを確認する。残り19人。
追い込めたな。
「今だ!」
「はっ、余所見しておる場、」
「お前はしなきゃならんな」
俺の後ろに泉沢久秀が降りてきた。左右は少し高めになっているから、山の中には逃げられない。囲んでしまえばこっちのもんだ。
でもやっぱりキツイ。俺たちは十名だから、1人ノルマ2人くらい。暗闇だし足元悪いし、状況はあまり変わっていない。残り15人。
桃井義孝を俺が、山浦憲重は久秀が止めているけど経験値が違う。
「兄上!後続が来ました!」
「っ、早いな!何人だ!」
「十数人ほどです!」
「マジかよ!」
忍じゃないから正確には見えない。
ヤバい。これ以上増えないでください。残り9人。
「さっさと死ね!」
「お前がな!」
意外と強いなこいつら!ってか腕が限界です。一撃が重すぎるんだよ。
久秀はまだ戦っている。手が空いている奴は見当たらない。マジでピンチか?
「兼続!」
俺の後ろに迫っていた奴が刺された。誰かが殺ってくれたのか。確認している暇はない。
桃井義孝が一瞬止まったところで、腕を斬り落とした。
「ぐぁああっ!…っ、この!」
「遅い!」
胴を斬りつければ終わり。いくら強くても、致命傷を与えられればあっという間だ。
すっかり俺の小袖が赤くなった。幽霊役出来るな。
呼吸を整えてから周囲を確認する。最後の敵を倒すところが見えた。残り0人。
そういえば誰が助けてくれたんだろう。後ろを振り返ったら。
「甘粕殿!」
「意外と手こずったみたいだな」
「…お恥ずかしい所をお見せしました」
甘粕景持殿と甘粕景継殿がいた。柿崎憲家殿は久秀を助け起こした。山浦国清殿は実朝を助けてくれていた。
他の皆も無事の様子。若さも武器だけど、戦国だと経験値が物を言うようだな。
「兼続、次はどうする」
「、景勝様!」
「後続はもう山を登ってきているぞ」
俺たちが敵を倒してから春日山城に向かう予定にしていたんだった。でも、これじゃあな。よし。
「二手に分かれましょう。私たち上田衆と吉江殿、山浦殿は城へ向かいます。
忍の方々は周囲の警戒を。
栗林殿、水原殿、景継殿、柿崎殿、岩井殿、景持殿は後続を迎え撃ってください」
「後続への戦力が多すぎないか」
「念の為です…他の家臣の方々が見られないのが不安でして」
他は皆中立の立場にいるみたいで。
どうにかしてこっち側に引き込まないといけないな。
「城門で直江殿が待っている。早く行け」
「はっ。景勝様」
「うむ。行くぞ」
多分これでどうにかなる。敵に刺さったままだった俺の槍を回収してから、俺たちは城へ走った。
景虎様に着いている中で今不安なのは、山本寺定長殿と北条景広殿だ。他にもいっぱいいるけど。呼び掛けとかしたら大勢が動きそう。中条殿とか上杉景信殿も面倒だけど。
城門の前に仁王立ちして立っていたのは直江信綱殿だ。様になっているなあ。
「参りましょう」
「うむ。兼続、行くぞ」
「はっ」
直江殿が前に進み、いつでも敵を斬れるように鯉口を切っている。
と、その前に。
「栗林殿、後は頼み申した」
「うむ。景勝様を頼んだぞ」
「はい」
栗林政頼殿、山浦国清殿には城門の見張りをしてもらうことになっている。もしかしたら山の中から来るかもしれないからな。用心に越したことはない。
城の中には仙桃院様がいらっしゃった。あれ、眠ってなかったのか?
「母上…」
「決めたのですね」
「はい。儂は義父上の跡を継ぎ、上杉の当主となります」
「…あの子達は?」
「後継者宣言をした後に、和解を致します。決して死なせませぬ」
「…それを聞いて安心しました」
あの子達って景虎様達か。和解、出来るのかな。いや、しなきゃいけない。誰かに仲介してもらえばいけるはずだ。
天守閣に来たことは何度もあるけど、こんな景色だったっけ。月が陰って見えるのは雲のせいか。山が黒々としていて、雪がどんよりして見える。気分のせいか。
共に眺めていた景勝様が振り返った。後ろから着いてきていた仙桃院様が微笑んでいる。
「これより、上杉家の当主はこの上杉景勝だ!」
後継者が決まった。




