不穏のあとの波乱
うわわわわわぁぁああああ……!
ヤバいよコレ…ってか皆さん目とか雰囲気とか怖いっての…。
お久しぶりです。目の前の空気に怯えている樋口与六兼続です。本当にいつになったら直江になるんだろうな。
目の前の空気の原因は、睨み合ったり主張し合ったりする上杉家臣達だ。一昨日の夜中に御身城様が倒れて以来、家臣達の空気は今の状態です。
これはいくつか理由がある。
一つ目、織田や北条、伊達への警戒心。特にそれぞれの領地に近い所に城を持つ家臣は対策を求めている。
これより二つ目の方が原因かもしれない。
上杉後継者。
養子ではあるが才に富み、北条の方でもある景虎様。
長尾政景様と仙桃院様の御子息であり、寡黙な景勝様。
才能を重視する者と、北条氏を恐れる者は景虎派に。血縁を重視する者と、上田長尾衆は景勝派に。それ以外は中立派に分かれている。ただし重臣は未だに沈黙を保っている。もし御身城様の決定無しに、自分等がどちらかについたら、争いの元になると分かっているからだろうか。
もし御身城様が目を覚まして後継者を選んだとしたら、どちらが選ばれようと争いは避けられない。俺だって景虎様が選ばれたら戦を起こす。
でも手っ取り早いんだよなあ。景虎様が戦を起こしても、当主の景勝様に逆らったとでも言えばいいし。景虎様が選ばれたら、血縁のことを持ち出せばいいし。その時は、まず織田に交渉しないとだな。
二日経ちました。雪がまだ越後を護ってくれているので、今のところは平気ですが、そろそろ危ないかもしれません。
「与六」
「っ、政繁殿!」
びくった…!久しぶりに会話したかもしれない。色々ゴタついていたし、上条さんは七尾城を護っているし。
「お主はこの後どうなるか、予測ついておるか?」
「…皆様が予測している程には…。やはり乱は避けられないかと」
「お主もそう思うか」
皆さん同じ考えでしょうね。結局、どっちなのか分かっていないのは重臣のみなのですが。
「愚問でしょうが、政繁殿はどちらに?」
「お主、分かっておろう。儂等は上杉の重臣だぞ」
「御身城様のご意思無くして、勝手な決定は出来ない…ということですか」
「ああ。お主もいつか上に上がるだろうから、肝に銘じておけ」
そう言って去ってしまった。多分七尾城の始末がまだ残っているのだろう。
それにしても何故あんな事を聞いてきたんだろ。俺みたいな奴でも、事の重大さを理解しているのか確かめたかったのだろうか。
ああ、本当にマズイよなあ。
御身城様が倒れてから、俺たち家臣の仕事が劇的に増えた。一応、上杉を取り仕切っているのは仙桃院様だ。景勝様や景虎様にだけでなく、俺にまで政務は回ってくる。親父も大変そうです。
本庄繁長さんとかと共にに政務に励む日々がいつまで続くのか。
多分そんなに遠くはないと思うけど、それは吉報で終止符を打ってほしい。
…なんとなく。なんとなく嫌な予感がして、本庄さんに訊いてみた。
「本庄殿」
「どうした?」
「やはり皆様は二つに分かれなさるのですか?」
こういう後継者争いの場合、一般的には血縁者である景勝様が選ばれる。たとえ甥であっても。
だが今回は話が別だ。相手の北条氏、景虎様の後ろ楯が強力過ぎる。形だけでも二つに分かれないといけない。そうすれば国力の低下は明らかだし、下手すれば武田氏の二の舞になりかねない。
北条氏康は既にお亡くなりになっているが、氏政だけでも厄介だ。でも今は佐竹氏と宇都宮氏と戦っているはず。
その間に景勝様が後継者と宣言して、景虎様を始末すればいい。
「まあ、そうであろうな。国人衆を中心にする方と、上杉の血を重んじる方に分かれるだろう」
「北条氏の出方も気になりますね。問題も出てくる」
「大きく分けると二つじゃな」
問題は上洛と仲立ちだ。
上洛は御身城様がお亡くなりになったことで流れた形になる。それにこの雪だ。あと一月半は溶けないだろう。その結果、織田信長は包囲網の解除に励むことができる。まあ、こっちはいいか。どうせなら同盟を組めたらいいんだけどな。
仲立ちは御館の乱を平定させるために必要だ。とにかく早い方がいい。
近くだと武田氏か。前田氏にやってもらいたい気もするけど、敵対しているから無理だな。
…北条氏にやってもらうってのはどうだ?先方が断れば非は北条氏にあるし、仲立ちしたとしても景虎様から破った場合も、その非は北条氏にある。代理人に武田氏を寄越す可能性もあるけど、それでも非は北条氏にあることに変わりはない。
「じゃが、お主は先を見すぎておる」
「はい?」
「それは最悪の場合であろう。御身城様のお言葉があれば、そのような事態は起こらぬ。…北条方が納得すればの話じゃがな」
「…軽率でございました」
御身城様が後継者を選んだとしても、北条氏が納得しなければ戦いになる。それはそうだが、御身城様の死去を前提としていることになる。今の上杉は御身城様の【毘沙門天の化身】というカリスマ性で成り立っている。特に鎌倉御家人以来の家臣はそうだ。
乱が起きない為には、それが無くならなければ良いだけだ。
倒れてから13日後、御身城様は医師たちの尽力も虚しく亡くなった。
また模試です。次の更新は未定です。




