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カテゴリーエラー  作者: あごひげいぬ
2章 故に死者は歩く
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エピローグ

 プラソユ市警の中は、先日以上の慌ただしさに見舞われ、入れ替わり立ち替わり、人の波と怒号が飛び交っていた。然しながら、普段は鬱陶しく感じる喧噪が、何処か心地いい。

 市警の応急治療室に添えられた簡素なベッドには、学生3名が横になり、完全に緊張の糸が切れたか、死んだように眠っている。

 入り口付近の壁に寄り掛かり、レイロードはその様子を静かに眺める。隣では、桜花が簡素な椅子に腰掛け、同様に、何をするでもなくその姿を見つめる。

 本来は病院に運び込みたかったが、軽傷であるなら、一旦混乱が落ち着くまで匿った方がいいだろうとの判断だ。

 部屋の壁掛けディスプレイには、バートリー・キュルデンクライン前からの中継が放映され、ニュースキャスターとコメンテーターが、ある事ない事を垂れ流している。


『そっちの様子はどうだい? 今の所、死者は出ていないようだけど……他国の己顕士(リゼナー)が原因だとかって話も入ってきているね。何か情報は?』

『ダメ、酷い有様よ! ビルは崩れていないけど、ガラスや瓦礫の破片がまだ落ちてきてる! イクスタッドのディエレ局長と、市警のルティアーナ本部長を見たけど、どっちもダンマリ! マナ濃度は低いから、クイントの可能性は低そう。けど、警察からロマーニのイクスタッドへ依頼が出ていたそうだがら、己顕士(リゼナー)絡みの線は濃厚ね』

『やっぱり、また己顕士(リゼナー)絡みの可能性が高いみたいだね。そろそろ、もっと規制が必要な時が来ているのかもね。ありがとう! まだそっちに残るそうだけど、気を付けてくれよ』


 特に何の感慨を抱く事もなく、レイロードはPDを操作し、壁掛けディスプレイの電源を切ると、眠る3人に視線を落す。穏やか、とは言い難い、疲労が色濃く見える寝顔。その一人の赤髪を一瞥し、桜花が何とはなしに呟いた。


「……あなたも見たのでしょう……?」

「ハッ、取分け珍しくもない……」


 レイロードには、そうとしか言いようがなかった。桜花が差すのは、フェイスレスの記憶らしき物に垣間見た女性と赤子の髪色。恐らくは、フェイスレスの妻と子供。要は、フルールがフェイスレスの子孫ではないかと言う事だ。

 そも、だとしてだ、征帝歴以前、千年も前の出来事。確証もない。偶々フルールがフェイスレスと遭遇し、偶々フェイスレスのイレギュラーナンバー、アナザー・デイの一欠片を所有し、偶々その機能を感知でき、偶々その妻子と髪色が近しかった。それだけだ。


「それも……ふふっ、そうですね」


 瞑目する桜花が静かに微笑み、納得したと独り言ちる。それを見届けたレイロードは、その場を発つと、軽く左手を、握られた刀を掲げた。


「少し、出てくる……お前は休んでいろ……」

「……いえ、行きますよ」


 無表情で立ち上がる桜花に、レイロードは口を開き掛け、結局口をつぐむ。思う所があるだろう事は、直ぐに窺い知れた。


 慌ただしい人の波に逆らいながら、一旦離れる旨を言付けるため、カピタナン警部を探す。PDは混線、警察通信も交信が錯綜し、相互連絡は難しい。コンクリートの影にでも隠れているのか、象圏でも捉えられなかった。近くを通り掛かった職員に尋ねても「今は忙しい」、と返ってくるだけだ。

 別の案件で外に出てしまった可能性を考え出した時、階段付近で寝そべる白黒の被毛が目に入る。


「……ミオリ、警部が何処に居るか知らないか?」

「むぅ、ミオリ~」


 戯れに尋ねてみただけだったのだが、ミオリは抱きつく桜花を引き剥がし、ノソリと起き上がると、付いて来いとばかりに振り向き、長い尻尾を豪快に振って歩き出す。一瞬顔を見合わせた二人だったが、肩を竦めると、大人しくその後を追う。

 長距離や状況次第によっては、犬の嗅覚は象圏を凌駕する。それを証明するするように、実にあっさりと、1階エントランス通路近くに、誰かと口論するボサボサ頭を見る。


「いやあ、ですからねえ? 今は混乱している状態ですのでえ、後日お越し願えませんかあ? いえいえ、窃盗は受理しますしい、その方にも、あたしからお伺いしときますんで」


 レイロードの鼓動が一瞬跳ねた。混乱に乗じた窃盗事件など、大して珍しくはないだろう。が、どうしてもその可能性が頭を過ぎり、気が滅入る。同じく、表情を硬くする桜花を引き連れ、カピタナン警部の頭越しに、その人物を見たレイロードは、声を詰まらせた。


「いえ、ですから、その方が居られるのであれば、一目、一目でいいんです! 一目確認出来れば……って、ああ! あの時の騎士さん! よかった、見つかった!」

「……ソール・イリエ……? それに奥方も……」


 それは紛う事なく、刀の修復を依頼した、イリエ電気店の店主、ソール・イリエと、その妻、アンナだった。レイロードは、ソールがフェイスレスに殺され、アンナ夫人だけが来てい可能性を想像したのだが、いい意味で裏切られた。


「おんやあ? 本当にお知り合いでえ?」


 ミオリを撫でるカピタナン警部に、レイロードと桜花は、二人は呆気に取られながらも頷く。そんな二人を余所に、ソールは早口で捲し立てる。


「その、申し訳ない! 刀の修復は何とか出来まして、何としても貴方に届けければと思っていたんです! そこへ、あの白ローブが! 本当に驚きました……恐ろしかった……ですが! 寄越せと言われた時、私は抵抗しようとしたんです! でも、妻に止められて……ああ、いや! アンナが悪い訳じゃないんだ! 私の心が弱かっただけで……ですから、あの刀の代わりは打てませんが、何とか新しい刀を……って、ああ!?」


 レイロードとアンナを交互に見やり平謝るソールに、レイロードは、その手に握られた刀を掲げて見せた。ともすれば、今度はソールが目を白黒させる番となる。目の前の二人を見る限り、至って平穏無事、安堵から、レイロードの口元が緩む。


「この通り、此処にある。奥方の判断は適切だった。その白フードから受け取ったよ。素晴らしい出来映えだ。俺の為に誂えたように、よく馴染む。

 ……ありがとう……貴方方のお陰で、俺は救われた……」

「いえ、そんな……救われたのは、私の方です……漸く、一歩を踏み出せたんです。父が目指した物、私が目指した物へ……ですから、ありがとうございます」


 レイロードと桜花、イリエ夫妻が、共に深々と腰を折り礼を交わす。心に積もった陰惨な杞憂が消えていく瞬間を、レイロードは確かに感じた。


「ああ! そうでした! 修繕費ですが、私も無我夢中で直していまして、正確な費用を算出しておりませんで……ですので、算出後、後日請求書を発行する形で宜しいですか?」

「あ、ああ、了解した。何か、は、ありたくないが、その時は、また宜しく頼む」

「勿論です! ああ、では連絡先を……ご入金、宜しくお願いします!」


 そんな感慨に耽る間もなく、職人から一転、商売人の貌に戻ったソールに気圧されながら、レイロードは言われるがままにPDを取り出す。その折に、桜花がそれを提案した。


「丁度いい、名前を付けましょう。刀の名です。何時までも名無しでは、可愛そうでしょう?」

「ああ、それはいいですね! お嬢さんの刀とは、間違いなく姉妹刀ですから、銘も添えられますし」

「とは言え、取り立てて謂れはないぞ? 強いて言うなら……」


 本来、刀の名は、その来歴や特徴と言った謂れから取られる物。しかし、この刀はそれがない。値する物があるとすればと、レイロードの瞳が、名付けに賛同したその修繕者を捉えた。桜花もまた頷く。


「ふむ、入江安綱、ですかね? 修繕で出来映えが上がったのです。安綱翁も納得してくれるでしょう」

「ええ!? そ、それは私の名前でして、流石にそれだけでは恐れ多いですよ! 例えば……何かこう、騎士さんにまつわる由来などはどうですか!?」


 本当に困ったと言う様相で、当のソールがバタバタと否定的に手を振る。だそうだが、と、発案者の桜花を見やれば、あなたの事でしょうにと、肩を竦め、諫めるように何時もの半目が飛ぶ。


「私は、それ程あなたの事を知っている訳ではないですが? まぁ、それでも丁度いい題材がありましたよ。

 裁死たちしに……"裁死入江安綱"でどうしょうか?」


 常死(とこしに)を裁ったが故の裁死(たちしに)、成程それらしい名だと、レイロードは手で応え、どうだろうかとソールを見やる。


「ああ、私の名は入るんですね……ああ、それは、いやしかし」

「ふむ、嫌ですか?」


 歯切れ悪く答えるソールに、桜花が小首を傾げる。しかし、ソールはとんでもないと、再び勢いよく否定し、そんな様とは対照的に、まるで落ち込むように俯くと、静かに声を発した。


「……何と言うか、その……そう、ですね……嬉しい物、です……ですが……何だか、悔しくも、あるんですよ……結局、誰かの靴を履いた訳でして……」


 言葉を切ったソールが、その顔が、真っ直ぐにレイロードへと向けられる。その瞳は刀の名前付けの時とは打って変わり、力強い意志に満ちていた。


「私だけの刀を打ちたい。そう、強く想います」

「……そうか……楽しみにしても?」

「ええ、勿論! その時は、お安くしておきますよ!」


 朗らかに笑い飛ばし、署を去って行くイリエ夫妻の背を見送る。あれならば、最早何も心配はないだろうと、肩の荷が一つ下りた気がした。ならばもう一つと、レイロードは、気が掛りになっていた事を、隣に佇む刑事に投げ掛ける。


「……警部、バートリー・キュルデンクラインの関与、立証出来そうか……?」

「そうですなあ……機材だけでは何とも……その道の専門家が、他に居るかとなりますとお……使い道なんぞ、どうとでも言い逃れ出来ますからなあ」

「では、難しいと……?」


 ミオリを撫でながら、眉を歪ませる桜花に、カピタナン警部は然もありなんと頷く。フェイスレスとの戦いに於いて、被害を抑えるべく立ち回った事に意味がなかったと聞かされ、レイロードと桜花は肩を落す。が、そんな二人を尻目に、カピタナン警部が笑みを浮かべながら、1本のメモリースティックを取り出した。


「何処かの誰かが送ってきていましたあ。何やら様々なデータに機材の説明、加えて実験の記録映像付きです。尤も、物証がなければ、このデータに信憑性は認められなかったでしょう。機材の損壊を最小限に留めて頂けた結果でもありますよお?」

「……フェイスレスから、か……?」

「どうでしょうねえ……誰かは分かりません。ドクターの他に、実験を阻止したい人物が居たのかもしれませんしねえ。聞いた限りですと、彼は薬を抹消出来れば、それでよかったようですし」

「しかし恐らくは……警部がそれを望んだから、なのでしょうね」


 桜花の言葉に、レイロードは一人息を呑んだ。ソールとカピタン警部の件を鑑みれば、フェイスレスは本当に、誰かが望んだ事を成してきたに過ぎないのだと。誰かが望んだから殺し、誰かが望んだから生かし、誰かが望んだから運んだ。そうして千年以上、狂った歯車として回ってきた。それは、実によく、似ていたのだ。


「……アレは……俺だ……ただ与えられたままに、天窮騎士(アージェンタル)足ろうとしただけの……」

「ん~? そうですか? 考えすぎでは? ふふっ、なりませんよ、あなたは――」


 脳裏にちらつく、あり得た可能性に、眉根を寄せるレイロード。その陰鬱に歪んだ貌を吹き飛ばすように、桜花の声は気楽で、実に優しく、


「――結構好き勝手やってますから」

「馬鹿な……」


 そして、少々の棘を含んでいた。

 レイロード自身としては、真摯に責務を真っ当しようとしていただけのつもりだったのだが、傍から見ればそうなのだろうかと、軽く落ち込み掛ける。そんなレイロードに、カピタナン警部が苦笑した。


「いやいやあ、何から何まで、自分の意志を押し通せる人間なんて居やあしません。征帝歴以前ならば兎も角、もうそう言う時代じゃありませんからねえ。誰だって社会に縛られとりますからなあ。流されてしまうもんです。

 まあ、そんな窮屈さにあって、曲げられない芯があるのなら、それで十分だと思いますけどねえ?」

「全くだ。例えば、自分の発言に責任を持つ、とかな」


 カピタナン警部の背後から聞こえて来たのは、覚えのある厳つい声。直ぐにも姿を現したのは、その声よろしく、厳めしい顔つきを愉快そうに歪ませた、ガッシリとした体躯の中年男性。釣り上げられた口角が、尚更に凶悪な人相を形作っている。


「コイツは中々に大事だ。被害総額だって軽く流せる額じゃないだろう。責任は全て取る、何ぞと、啖呵を切ったヤツが居なければいいんだがな?」


 続け様放たれた言い草に、レイロードはつい先程、自身が口にした言葉を思い出し眉間を歪ませ、桜花も手で顔を覆う。

 ほぼ手持ちのない今ではどうしようもなく、かと言って、今回の報酬では到底足りそうもない。そも、別件での支払いのために受けた仕事だ。幾ら何でも考えが足らな過ぎたかと、レイロードは臍を噛む。


「……いえ……分かっています……ですが、」

「まあ、そんなヤツが居る訳はなかろうが」


 そんなレイロードを遮って、E.C.U.S.T.A.D.プラソユ局長が言葉を挟む。何かと首を捻るレイロードと桜花を余所に、局長は妙に芝居がかった口調と、大仰な所作で先を続ける。


「ああ、だったら仕方がない、イクスタッド、騎士団、警察とで後始末をする以外はない。それが我々の責務だ。なあ? 警部」

「結局は、あたしらの意地の張り合いが招いた事でもありますからなあ。自業自得でしょう」


 局長にカピタナン警部が肩を竦めて同意を返す。要は、格好付けさせろ、と言う事だ。が、しかし、それでは天窮騎士(アージェンタル)の名折れに過ぎる。隣で、余計な事を言わないで下さいよ、と半目で睨む桜花を無視し、レイロードは口を開き、


「ですが、それでは私の……」

「あーあー、一介の己顕士(リゼナー)が何を言った所で、相手にするヤツは居ないぞ? なあ、そう言う事にしといてくれよ。何せ――」


 またしても直ぐに言葉を遮られた。あくまでプラソユ局の管理範囲で仕事をしただけだと、そうしてくれと主張する局長は、その背の先にあるだろう物を指差すと、殊更に口元を歪ませた。


「――あそこは保険屋もやっている」


 何の事かと、目を白黒させていたレイロードだったが、直ぐにその意味を理解し、口角を釣り上げた。


「ハッ、成程、それは災難な」

「あたしも、示談に持ち込ませるつもりは、ありませんからねえ」

「何と言うか……えげつないですね」


 汚い大人達めと、目を細める桜花に、カピタナン警部と局長が肩を竦めて見せる。

 とどのつまり、E.C.U.S.T.A.D.プラソユ局の保険の契約先が、バートリー・キュルデンクラインと言う訳だ。そして、E.C.U.S.T.A.D.側で処理をすれば、その保険金を支払うのも、当然バートリー・キュルデンクラインになる。

 刑事責任に賠償金、加えて保険金の捻出、それは大きな痛手となるだろう。全うに仕事をしていた社員達には災難な事だろうが、そこは会社勤めの苦しい所。致し方ない事だ。

 これで漸く気掛かりがなくなったと、肩の力を抜いたレイロードの象圏が、背後から近づくフルール達を捉える。振り向けば、


「もう起きて大丈夫な……」

「ミオリくん!」


 脇を駆け抜けたフルールがミオリに特攻を仕掛け、レオルとラナが呆れ顔で疲れた笑みを浮かべ、どう言う訳か、負けずと桜花もミオリに抱きつく。

 要領が掴めず、何かと手で促せば、フルールが慌てて取り繕い、しどろもどろに声を紡ぐ。


「も、申し訳ありません、ピースメイカー卿。えーと、その、この剣の事なのですが……」

「どうした? 何か問題か?」


 桜花が勝ち誇った顔でミオリに抱きついていたが、取り敢えずは無視し、フルールに先を促さば、おずおずと剣を掲げ、迷いも顕わに口を開く。


「その……これを、斬って頂けないかと……私はこの力を扱えませんが……人が使うには過ぎた力ですから……」


 確かに、全てが揃っていたのであれば、アナザー・デイは恐るべき兵器になり得た。しかし、秒針だけならば、賭のベットにも間に合わないと、レイロードは眉根を顰める。


「そうか? 聞く限り、その一振りならば戦術レベルに収まる。イレギュラーナンバー何ぞ、皆得体の知れん代物ばかりだ。その程度ならば文句も言われんさ」

「ですが……」


 が、どうにも納得がいかないらしく、フルールが渋る。見かねてか、それとも単に面倒になったのか、ラナがその背を後押した。


「いいって言ってるんだから、そのまま持ってれば?」

「機能が使えないかなら、ただの剣だしね」

「そう、だけど……」


 レオルも頷くが、それでもフルールは踏ん切りが付かないらしく、手の中で剣を遊ばせる。煮え切らない態度に、レイロードもどうした物かと考えあぐね、一先ずの妥協案を提示した。


「取り敢えず、だ、暫く使ってみろ。その上で、どうしても扱いに困る、と言うのなら、博物館にでも寄贈すればいい。君の母国、シュバレのリュクス美術館ならば、警備も十分だろう」

「……そう、ですね……そう、します……」


 手で促すレイロードに、フルールが相も変わらず歯切れの悪い言葉を返すが、その貌にはどこかしら、安堵と思わしき感情が浮かんでいた。思い入れの生まれた代物を手放すのは躊躇われる物。それが、手に馴染む武器であれば、己顕士(リゼナー)にとっては尚更だ。レイロードの手に握られた刀のように。


「ああ、そうすればいいさ」


 そう告げたレイロードは、確実に緩んでいた。スナイパーはその隙を見逃さない、とでも言うように、レイロードのPDが振動した。咄嗟に取り出せば、そこにはナロニー・ユマスの文字が。顔からは血の気が失せ、頭の中が真っ白になる。が、出ない訳にもいかず、処刑台に送られる罪人の面持ちで、通話を繋ぐ。そんなレイロードとは打って変わり、そこからは陽気な女性の声が。


『レッダく~ん、君のナロニーおねーさんだよ~。今どこ~? まぁ、そんな事よりお金は~? レダくんからすれば、はした金でしょ~?』

「……その、ナロニー……その、PDが壊れてな……その、持ち合わせが……」

『ふ~ん? そうなんだ?』


 レイロードはしどろもどろに、それを告げる事しか出来なかった。そこから生まれた物は、僅かな沈黙。そして、冷たい声。


『……で、それ、通用すると思ってんの? 思ってないよね? 思ってないから、声詰まらせてるんだよね? そもそもさ、預金ないの? なんで?』


 周りに聞こえてしまいそうで、レイロードは慌ててPDを手で覆う。桜花が何時もの半目を向けているのは、情けないその姿にか、それとも通話の内容が聞こえたからかは分からなかったが、気にしている余裕はなかった。


「い、いや、領土を持たない国家では、そもそも口座が作れない訳で……」

『あたし言ったよね? 個人じゃなくてチームなら、税金の支払い義務は生じるけど、各国に法人登録できるから、法人名義の口座は作れるよって。その時さ、レダくん何て言ったか覚えてる? うん、そうだね、「考えとく」って言ったよね? 聞き間違いかな? 違うよね?』

「ま、待ってくれナロニー、その、周りに人が……居てな……?」


 浮気現場に踏み込まれた間男の気持ちとは、こんな物なのだろうかと、現実逃避をするレイロードへ、近くを通り掛かった者達が、途切れ途切れと胡散臭げに視線を寄越してくる。その間にも、ナロニーの声が途切れる事はなく……・。


『人? 人が居るから何なの? 関係ある? ないよね? そもそもさ、あたし言ったよね? PDは壊れる可能性もあるよねって。あたしもレダくんもさ、それで一度、連絡先喪失しちゃったじゃない? だからレダくん、「考えとく」って言ったんだよね? 何で法人登録しなかったの? 4年くらい前だよ? また面倒臭かったから?  他は兎も角さ、ロマーニならそんなに手間掛からないよね? レダくんさ、自分の立場、本当に分かってる? 戦えればそれでいい、だけじゃないんだよ? それって無責任だよね? 社会に対してさ。あたしね、レダくんの事心配してるから言ってんだよ? 分かるよね?

 ……はぁ、もういい分かった。お金、期限までに用立ててね。じゃあね』


 淡々とした口調で、然れど感情的に、しかし理路整然と言葉を紡ぎ続けたナロニーは、それだけ告げて一方的に通話を切った。

 冷たい視線を飛ばしてくる桜花、見なかった振りをしている警部と局長、要領を得ないと言った面持ちの学生達。レイロードは大きく嘆息すると、自嘲の笑みを学生達はと向けた。


「ハッ、見ての通り俺はこのザマだ……金の切れ目は縁の切れ目、とも言う……お前達は大事ないか……? 見た所、装備は大分痛んでいるようだが……」


 実にさりげなく、レイロードは気遣いの言葉を投げ掛ける。それは当然親切心から、ではない。桜花が冷たい視線を飛ばしてくるが、構ってはいられなかった。何らかの気配を察知したのか、フルールが一歩下がる。


「あ、わ、私は大丈夫です」

「俺は結構キツいですね……この前、メイン一式壊しちゃったんですけど、予備もこれですから……」

「ん~、あたしもディスクの消費がね~ジャケットも買い直さないと……」


 が、レオルとラナは自身の装備を摘まみ、呑気に罠へと足を踏み入れた。まんまと掛かった獲物二人の肩を、レイロードは朗らかに叩く。


「ならば少し仕事をしようか」

「へ……?」

「あの……?」


 困惑する兄妹の肩をガッチリと抑え、レイロードは局長に、朗らかな引きつった笑顔を向ける。


「局長、市内の混乱対処に己顕士(リゼナー)が出払い、郊外以遠のクイント対処の人員が不足しているのでは? 己顕士(リゼナー)5名なら、平行で20件は持てます。この二人は低カテゴリー故、安めの案件でも角は立たないでしょう。と、言う訳で、討伐系を上から20件見繕ってくれませんか? 一括受注で1割引でどうでしょう? なに、一月掛かる案件でも、1日で片付くのですから安いものでしょう? そうでしょう?」

「5人!? 私も!? ちょっと待っ……! なんでもないでひゅ……」


 頭数に入れられていた事に気が付いたフルールが抗議の声を上げようとしたが、レイロードの穏やかな微笑みを見るや、顔を青くしながら口を閉じる。その姿に、局長が哀れみの視線を飛ばしつつも、案件を開示した。


「あ、ああ……まぁ、ガッゼーラらしき翼龍の幼生の目撃やら、ネーヴェリオやバルディーレ等のレア物もあって、処理に困ってはいたが……纏めて2億エツェ程度だぞ? いいのか?」

「ほう……? それは結構な事ですね……」


 天窮騎士(アージェンタル)には安すぎると、暗に言った局長ではあったが、その金額に桜花が目の色を変える。ガッゼーラは、青緑色の体躯を持つ亜龍種だ。亜龍種の個体としては尤も面倒だが、被害規模は少なく、故に報酬も低い。所謂"不味い仕事"だ。が、レイロードと桜花にとっては関係ない。ほくそ笑む2人とは裏腹に、学生達は肩を震わせていた。恐らくは武者震いの類いだ。


「よくないです! 全くよくないです! ガッゼーラって、アレでしょ!? マッハ3とかで空飛ぶんでしょ!? 無理ですって!」

「そうか、レオル・グリーンフィールド。君も戦いたいか。しかし残念ながら、幼生なら音速を超える程度だ、囮がいれば直ぐにも落ちる。あまり面白くはないぞ」

「お、囮って確実に俺達の事ですよね!?」

戦場(いくさば)己顕士(リゼナー)がやる事など、出る、斬る、死ぬ、それだけだ。やる事は何も変わらない」


 戦々恐々とするレオルの瞳を、レイロードは真っ直ぐに見つめる。それだけで、レオルは観念、もとい、戦いの決意を新たに項垂れる。が、往生際の悪い、もとい、気勢を上げる少女が一人。


「いやいやいやいや! 古い! 古いよ!? どうしてそんな殺伐とした考えになるのよ!?」

「そうですか? 和雲(いずも)では普通ですよ?」

「農耕戦闘民族とイグノーツェ人を一緒にしないで!? あたし達、田畑を耕しながら片手間で合戦なんてしないから! そんな文化ないから!」


 桜花が小首を傾げたが、それを向けられたラナは、千切れんばかりに首を振って否定する。和雲(いずも)の事情など知りようもないレイロードは、ラナの肩に、恐らくそっと力を込める。


「安心しろ、俺は24年間イグノーツェで育った。お前達より永く居る。同郷と思ってくれて構わん」

「ほら……やっぱり天窮騎士(アージェンタル)なんて碌なヤツじゃない……」


 桜花の言に、何とかして抵抗を試みたラナであったが、穏やかに同意を求めるレイロードへ、涙目で、それは恐らく、感涙と言える物で応えた。

 そして、一人フルールが、PDのディスプレイに映るプードルに向かって何やら呟いていた。


「ごめんねシエル……お姉ちゃん、帰れないかもしれない……」

「いい、覚悟だ」


 既に諦念を決め込んだ……覚悟を決めたその姿へ微笑むレイロードに、学生達は、最後の望みを託すように、桜花を見る。が、そこに居るのは、既に金の亡者……戦場いくさばに想いを馳せる戦士の貌。


「よい、覚悟です」


 華やかに咲き誇るその笑顔に、完全に退路を断たれた少年少女を引き摺りながら、レイロードは一時の戦友へ振り返る。


「警部、世話になった、ミオリもな。すまないが、これでお暇させて貰う。報告書は後程、遡及して提出する故、報酬の件、宜しく頼む。

 そちらの本番はこれからだろうが、手が必要ならば、言ってくれ。俺達に出来る事なら、幾らでも手を貸そう」

「いんえ、こちらこそ。一層のご活躍と、ご武運を祈ってますよお。ねえ、ミオリい? 」

「ふふっ、今度はもっと平和なお仕事で、ご一緒したい物です。それでは、また何時か」


 桜花もまた振り返り、屈託のない笑顔で手を振って別れの挨拶を告げる。カピタナン警部が、フサフサとしたミオリの前足を振り、それに応えた。


 現代と千年前とでは、様々な事物が変化した。連絡先が分かっていれば、連絡は直ぐに取れる。向かう先が分かっていれば、合流も容易い。世界は狭くなった、などと言われて久しい。その安心感が、却って心の繋がりを薄れさせているのかもしれないが。

 ただ誰かを愛するがために狂った男が、この時代に生きていたのなら、何かが変わったのだろうか。それとも、変わらなかったのだろうか。

 狂おしいまでに誰かを愛する、それは、レイロードの知り得ない心だ。ならば、答えなど分かりようもない。

 何時か、それを知る日が来るのだろうか。迫り来る夜の色に似たマントが、背で侘しげに揺れる。長い長い黒髪もまた、風に靡いて揺れていた。その光景を視界の端から外し、レイロードは沈み行く茜色の空に目を細める。


「……さて、往くとしようか」

「ふむ、そうですね。この先に、私は何かを見る事が出来ますかね?」


 物憂げに呟く二人とは、全く別の意味で物憂げな学生達を引き摺りながら、レイロードと桜花は、消え行く陽光の下へ足を踏み出した。

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