表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カテゴリーエラー  作者: あごひげいぬ
2章 故に死者は歩く
67/71

4. 故に死者は歩く-6

 刃が桜花を、拳がレイロードを掠める。最早、互いに声を上げる事もなければ、驚きもしなくなっていた。

剣速を落したお陰で、致命的な同士討ちは防げたが、それで成果が上がる訳もない。変化と言えば、疲弊する体力、増える桜花のかすり傷、元に戻った照明の色、その程度。フェイスレスの瞳には、未だ4つの円が残る。

 好転しない状況に業を煮やし、積もる苛立ち代わりに汗を拭った時、背後のシャッターに細工が施された事を象圏で捉た。漸く訪れた転機に、レイロードは桜花へと視線で知らせる。つぶさに反応した桜花がそちらを向けば、シャッターが内部へ向けて爆発四散。桜花の顔が困惑に彩られ、息つく間もなく、妙にきびきびとした動作で人影が飛び込んでくる。


「え、ちょ……!?」

「外からの衝撃には反応しないッ!」

「だったら自力でやれましたよねっ!?」

「気にするなッ!」


 毒ガスを恐れてアタフタと周囲を見回す桜花を、レイロードは無責任に一蹴した。外からの衝撃には反応しないよう設計されている場合もあるにはある。であれば、桜花の言う通り、室外から己顕法(オータル)で破壊すればいいのだが、設計が不明な以上、手出しは躊躇われたのだ。とは言え、やられてしまった以上、後の祭り。開き直るしかない。


「そう言う事にしておきますよっ!?」


 涙目で叫ぶ桜花に、フルールがPDを投げ寄越し、当てろと耳を指差す。従う桜花に、動く素振りを見せたフェイスレスを明鴉で牽制、押し留める。白く輝く紋様が、闖入者に注がれた。


『君達に用はないのだが……戦おうと言うのであれば、それは一時的な錯乱状態にあると見ていい。一時の感情に身を任せても、後には後悔しか残らない。正しく現状を受け入れ、するべき事を考える。それこそが肝要だ』

「そうね、そうかもね……だけど、己顕士(リゼナー)なんて、皆どこか狂ってるもの……今更!」

「流石天窮騎士(アージェンタル)、心に響くね。眠っちゃいそうだ。動けば目も覚めるかな?」


 啖呵を切ったフルールとレオルに、フェイスレスが呆れたようにかぶりを振るが、衰える事ない明確な戦意を引き連れて、二人は剣を取る。

 フルールが右前に、右足の踵に左足を付け、左手を腰に、剣を右手に胸元へ。

 レオルが左を前に、肩幅程度に両足を伸ばして開き、両手は自然体に任せて柔らかく下げる。

 レイロードの、傷も残っていない筈の腹に、朱の己顕(ロゼナ)と一閃の痛みが蘇った。


「……ターンオフ・ザ・ミスフォーチュン……? 使えるのか……?」

「俺が他のを使うよりは、ですけどね」


 硬い笑顔で答えるレオルに、レイロードは眉根を寄せる。それは、歴代の"剣聖"達が振るった剣法だからだ。アルトリウスを開祖とするそれは、数ある流派の中でも、最も習得困難と言われ、故に門戸だけは広く開かれていた。"剣聖"が直に弟子を取っていては、継承出来る者に出会えるかも怪しいからだ。

 その事を踏まえれば、レオルが型を覚えていても何ら可笑しくはないのだが、だからと言って使えるかは疑問が残る。が、その猜疑はフルールに遮られた。


「私も、修めきれてはいないけど……でも……」


 緩やかに吐き出される呼吸と共に、フルールが揺らめくように剣を振るう。剣の揺らめきは次第に増していき、そして剣身に炎が生まれる。フェイスレスが、その様に動きを止めた。

 一方で、フルールの動きは止まる事なく激しさを増す。全身で、踊るように、燃え盛るように、優雅に、苛烈に。その度に火勢を増して炎が踊り、フルールの体を覆っていく。そして一閃、剣を払う。紅蓮の炎は消える事なくフルールを取り囲み、尚も艶やかに燃え盛っていた。


『……ノーブル・フランム……?』

「アレがッ!? 実在していたのかッ!?」

「えっ!? No.IIフラン・ソシエ・ベルジュの炎熱剣!?」


 幻の剣法の名に、レイロードとレオルが叫びぶが、当の本人は、初耳だと言わんばかりに困惑顔を返す。

 征帝歴前後のシュバレ王国にて、天窮騎士(アージェンタル)に称された女流剣士。その、伝記にだけ残された幻の剣法。

 剣を振るわば炎が立ち上り、消える事なくその身を包むと、草原を荒野に変え、湖を涸らした。

 そう伝わる剣法の面影を残す流派は、現存していない。型の一つとして、何らかの事象を発生させる剣技はあるが、全身を覆い、且つ、出続ける、などと言う技法は存在していなかった。

 尤も、この場に於いて事の真偽は重要ではない。フルールとレオルの未熟さも、ともすれば、レイロードの算段と噛み合う。仄かな期待を抱くレイロードに、通話を終えた桜花が嬉々として声を投げ掛ける。


「レイロードっ! あの眼は多分、予想通りです! あ、ただ、時間を戻せるらしいので……注意しようもないですよ!?」

「フザケろッ! 何だそれはッ!?」

「どうしようもない事はどうしようもないのでっ! と言う事で行きますよっ! 私もキツい! ちゃっちゃと決めましょうっ! っで、あの眼の対策はっ!?」


 言いながら桜花が後ろ手に描いた文字を象圏で捉える。象圏を持たないフェイスレス相手だからこそ使える手だ。


――フルールとフェイスレスの剣を合わせる、リミット4分――


 本当に大丈夫かと疑念が頭を過ぎるが、同時にラナの手甲に刻まれた、"Dragon Negro"の刻印を思い出す。それは黒龍のアーティファクトブランドだ。妙にきびきびとした動きは、"クロックワークス"による時流の移動だろう。レイロードの見立てでは、10年前と変わらない程度の加速だが、それでも十分だと言える。後は、どうにかなる事を願い、腹を括るしかない。


「簡単だッ! お前達も好きにやれッ! 桜花がサポートするッ!」

「ちょ!? ええっ!?」


 レイロードはフルールとレオルにそれだけ告げると抜刀し、目を白黒させる桜花を捨て置き、フェイスレス目掛けて一息で踏み込み逆胴に薙ぐ。捌かれるも、勢いを殺さず納刀しつつ体を落とす。左足はつま先を立てたままの跪座(きざ)に、右足は胡座に。レイロードのやらんとする事を理解してか、桜花の目が見開かれた。


「えと、あの、いえ確かにそれなら関係ないでしょうけどねっ!?」

『っ! 若人に当てられたか!?』

「至って……――」

「他力本願が過ぎません!?」


 困惑も顕わに剣を振り下すフェイスレスへ、桜花の抗議を無視し、


「――正気だッ!」


 立て膝に移りながら刀を抜き切る。真伝朔凪派夢想剣・"鳴り鏑"。斬り落されそうになった剣を、フェイスレスが手の内で回して受け流す。響く澄んだ鐘音の合間を縫ってレイロードは叫ぶ。


「桜花ッ! お前にしか出来んッ!」

「多大なご評価痛み入りますよっ!」


 嫌みで返す桜花も早々に、膝を起こして体を引きながらの袈裟懸け、"梳き髪"。フェイスレスが距離を取る。が、


「ハァァアアアアアッ!」

「デェエエエヤァアッ!」

『っ……』


 その背後、左から炎熱を纏ったフルールの突きと、右からレオルの斬り上げ、上からは桜花の蹴りが。全てを躱すも、その場に押し留められ、フェイスレスの瞳が憎々しげに燃えた。

 桜花がフルールとレオルの後方に。レイロードは左足を踏み込みながら、右に薙ぎつつ、刀は胴と平行に留める、"閂"。フェイスレスが潜り際、フルールとレオルに斬り付けるが、共に引きつつ唐竹に。が、フルールが袈裟懸けに、レオルが左切り上げに入れ替えられる。


「うそっ!?」

「これが!?」

「んのっ! いいから次をっ!」


 飛び込んだ桜花が、蹴りと拳で切っ先を逸らすも、炎がレイロードの頬を焦し、剣先が腕を掠める。が、構う事なく納刀と同時に鞘での打ち上げ、"海鳴り"。受けたフェイスレスの体が浮く。瞳の円は2つ。合せてフルールとレオルの切り上げ。


「またっ!?」

「しまっ……でも尽きた!?」

「はい次っ! 気にしないっ!」


 横薙ぎに入れ替えられた二人の一撃を、桜花が下から弾き上げた。炎熱がコートを燃やし、剣先が頬を切る。フェイスレスの瞳から円が消える中、鞘の鐺を天へ、刀を地へと向けて抜き様の縦突き、"逆波(さかなみ)"。フェイスレスが交差させた剣で逸らし、火花が舞い散る。


『こうもッ!』


 叫ぶフェイスレスが、下へ逃れながらレイロードの頭へ蹴り返す。触れれば即死の一撃を、レイロードは避ける素振りすら見せず残心を取り、


「もっと情熱的にっ!」


 テンションを振り切った桜花が、フェイスレスの蹴りを蹴り弾く。

 レイロードの次手、右足を踏み込むと同時に柄頭での打ち下ろし、"石突き"。腕で受けたフェイスレスを、そのまま床へと叩き付けるが、接地と共に独楽よろしく回転斬りを返される。

 フルールとレオルが、両足を上げて避けながら突きを放つも、別の過程に入れ替えられて左右に跳ぶ。


「っ!?」

「戻ってる!?」

「大漁っ!」 


 紅剣二振りをすんでの所で釣り上げたのは、桜花が上から伸ばした糸状のイミテーション・コア。それを今度はフェイスレスが引き寄せ蹴り上げるが、桜花は糸を切り離して天井まで離脱。

 フェイスレスの瞳に6つの円が灯っていたが、それも想定内。


「これで"4度目"だッ! いい加減弾切れだろうさッ!」


 そう鼓舞し、レイロードは右足を下げながら刀を逆袈裟に引き、背後で納刀、左腕を胸元に引き付け鐺を前へ、"背返し"。避けたフェイスレスの向き先は、先程までフルールが居た空間。


『こうもッ!』

「通行止めですよっ!」


 させまいと、桜花が超音速に達するスローングナイフをばら撒き、レオルがプラズマトーチを投げ付け、フルールが炎を纏った剣を掲げる。


 「こ、のっ!?」


 フルールが切り下ろした瞬間入れ替えられ、代わりに左手が払われると、盛大に炎が巻き起こる。フェイスレスが下がり際、投げ付けられたプラズマトーチを掴んでレイロードへ投げ、本来の獲物を逃した炎もまた迫る。が、避ける訳には行かず、"自戒"に任せて心を抑え、刀身半ばまで刀を抜く。

 レイロードの対処法は実に単純だ。別の課程と入れ替えるのであれば、状況を無視して、先に決めた型を、先に決めたテンポで使えば、常に同じ課程になる。ならば、入れ替えた所で意味はない。後は桜花を信じて突き進むだけだ。

 紅蓮がレイロードを覆い尽くそうとし、プラズマが首を飛ばす寸前、


「助演女優賞物ですねっ!」


 上下反転した桜花が"涼篝(すずかがり)"で炎を飲み込み焼き尽くし、プラズマトーチの柄を掴んで跳ねる。


「主演に推しておくッ!」


 レイロードは嬉々と返し、左手を外に引きながら右足を踏み込み、薄桜の残照を払い右薙ぎに抜刀、"跳ね火"。屈み込んで躱される。


『こうもッ!』

「取るっ!」

「行けるかっ!?」


 そこへ、フルールとレオルの剣が地を滑り挟み撃ち――突きへと入れ替えられ、二人の剣が交差し火花を散らし、折れたレオルの剣先がレイロードを脇を掠める。残弾3。


「剣が!?」

「Damn!」


 炎に巻かれて燃える剣を、レオルが取り落とした。戸惑いに動きを止めた二人へ、フェイスレスの逆手突き。


「その人は気にしないっ!」


 飛び込んだ桜花が、二人の襟を掴みフェイスレスの背へ蹴りを。背後での交差に切り替えられた剣に防がれるが、そのまま離脱。プラズマトーチをレオルに投げ渡す。

 タイミングは上々。のめるフェイスレスへ、返す刀で逆風(さかかぜ)に切り上げ縦に納刀、"掬い撥(すくいばち)"。


『こうも未熟ではッ!』


 憤りも顕わに、フェイスレスが横に倒れ込んで躱しながら、右手で切り上げ、左手で千本二つをフルールとレオルに飛ばす。


「早々上手くはっ!」

「この程度っ!」

「流石にねっ!」


 切り上げを桜花が弾き、二人が千本を躱すが、飛び去った千本は室内奥に残されていたポッドを割る。


「ハッ! 本当に弾切れだったかッ!」


 焦りを見せるようなフェイスレスに、レイロードの口角が釣り上がる。フルールとレオルの型も功を奏した。フェイスレスが言う通り、未熟で動きがぎこちない。その為、緊急時の反応も制限され、次手を思うように誘導出来ないのだろう。

 フェイスレスが手を軸に跳ね上がりざま、レイロードの顔面左へ目掛けて蹴りを飛ばす。


「溶液の処理をっ!」


 桜花が蹴り返すも入れ替えられ、レイロードの右で蹴りが空を切る。が、後ろ腰に差した刀の柄を弾き、鞘でどうにかフェイスレスの蹴りを捌く。残弾2。


「溶液!? アレかっ!」

「こいつでっ!」


 桜花に応えて、フルールが剣を振るえば炎刃が放たれ、レオルがプラズマトーチの柄を弄り投げ付け爆発させる。紅と蒼の業火が燃え上がり、溶液を瞬時に蒸発させてゆく。マナ自体は消せないが、密度が下がれば集束は困難になる。駄目押しとばかりにもう一手。


「答えろッ! 城へ焚き付けたのはお前だろうにッ! 何故俺を憎むッ!?」


 叫びながら、柄での叩き付け、"鹿威し"。腕で受け、その力を利用し水面蹴りを繰り出すフェイスレスに、桜花が同じく水面蹴りで返す。


「答えざる負えない筈だっ! 貴方の"起源"の一つでしょう!?」


 死と享受、フルールが漏らしたそれが、恐らくはフェイスレスの"起源"。そして"享受"は、"死"だけに掛かるのではなく、全てに掛かる。ならば、本心から問われれば、答えざる負えな筈なのだ。それは即ち、詠唱を封じる事にも他ならない。

 レイロードは柄を叩き上げながら、刀身半ばまで抜刀。距離を取るフェイスレスへ、レオルが唐竹にプラズマトーチを振り下ろす。


「Just do it!」

『ァァァアアアアアッッッ!』

 

 フェイスレスが己顕(ロゼナ)のローブで防ぐがしかし、プラズマは実体を持たず、故に防がれても体は崩れない。ターンオフ・ザ・ミスフォーチュン特有の、残心を取らず次手の初動とする動きで、左切り上げへとレオルが繋ぐ。


『記憶の転移技術を確立する前にッ! 馬鹿共がアレを解放してしまったッ!』


 その一撃をまたもローブで防ぎ、感情を剥き出しフェイスレスが吠える。3撃目へレオルが繋ごうとするも、損なって体を崩す。パワーソースが切れたか、プラズマトーチの出力も落ちる。レオルへフェイスレスが剣を振り上げた。


『せめて私の手でッ! そう願ったさッ! だがねッ! 不死者は死を見出さないッ! 私は無力だったよッ!』


 早まる鼓動を抑えながら、レイロードは抜刀、唐竹から納刀へ、"日の輪"。フェイスレスが振り上げていた剣で捌きながら、フルール寄りに避ける。


『妻がもう、この世に囚われる事もなくなったと聞いた時ッ! 安堵したッ! 感謝さえしたさッ!』

「だったら何でっ!?」


 フルールが後退しながら左手を振り上げ炎を巻き上げた。ローブでフェイスレスが振り払うも、中のブーツやプロテクターが焼ける。が、フェイスレスは気にする素振りも見せない。


『しかしなピースメイカーッ! 同時に君を恨んだッ! 憎くて憎くて堪らなくなったッ!』

「勝手なッ!」


 レイロードは右足を踏み込み、刀身半ばまでを抜いての柄打ち、"芯通し"を。フルールが手を振り下ろし炎の追撃。挟んで、レオルが焼けた剣を拾いながら切り上げ。それらを避けて、フェイスレスがレイロードの懐に潜り込む。


『分からんだろうさッ! 誰も愛した事のない君にはッ!』

「お前の境遇に同情はするがなッ!」


 レイロードを遮るように、切り上げられたフェイスレスの右剣が迫る。

 確かに、レイロードは誰かを愛した事がない。物心付いた時には親は居ず、育てられたチームとの仲は空回り、結果、剣の師であった男の立場を危うくした。

 ナロニー、アズライト、黒龍、戦場で出会った一期一会の戦友達。嘗て肩を並べたその者達にしても、単純な利害の一致や、目的を同じくする共感が大きい。袂を分かった後も気に掛けてはいたが、謂わば感傷に近しい物だった。

 レイロード・ピースメイカーに、フェイスレスの気持ちは分からない。しかし、狂った愛の顛末が、無意味に殺す理由になるなど、輪を掛けて分からない。


「頷けませんねっ!」


 桜花がレイロードの言葉を継ぎ、レイロードに迫る紅剣を右からスローイングナイフで逸らす。


『それがどうしたッ!? 私はッ!』


 フェイスレスの左剣が動くが、それもスローイングナイフが弾き、フェイスレスを押し固める。


『ただ願いを叶えるに過ぎないッ!』

「戯れ言をッ!」


 レイロードは吐き捨て、左足を引きながら、柄を引き付けるように抜刀、"籠手切り"。


『精々嗤えッ! 君も同じだろうになッ!』

「それこそがッ!」


 両の剣で受け流すフェイスレスの体を捻り更に押し固め、戯れ言と共に剣を床へと縫い付ける。その背へ、二刀へ、フルールとレオルが剣を振り上げていた。


「これでっ!」

「貰ったっ!」


 フェイスレスは動かない。決まったかと、淡い期待を抱いた真鍮の瞳は、ガラスの壁に注がれるフードの奥を捉える。

 反射かと思う間もなく、フルールが入れ替えられ、その炎を纏った体がレオルに向かって跳ぶ。一つだけ残された円を収める瞳が細められた。


「これじゃっ!?」

「構うなッッッ!」


 制動を掛けようとするフルールへ、その炎熱のカーテンへ、あろう事かレオルが手を伸ばし、フルールの手を取り引き寄せる。炎が剣を歪め、強化樹脂のプロテクターを溶かし、肌を焼き、レオルに苦悶の声を上げさせるが、その瞳は死んではいない。レオルがフルールの剣ごと、その手を握った。


「ッウウゥッ! ッンんのおおオオッ!!」

「ッアアアァァァァアアアアアアッッッ!」


 喊声と共に、炎が二人を隠す程に燃え盛り、そして全ての炎を剣へと集まりながら、渾身の突きが撃ち放たれる。炎の剣は、沈み込んで体を逸らすフェイスレスの肩を焼き胸元を掠め、両手の剣に――届く事なく下から蹴り弾かれ、暖炉から跳ね出す火の粉のように飛ぶ。

 燃える足を振り抜くように、受け身の要領でフェイスレスが縦回転、屈み込んで体勢を立て直し、宙で空しく霧散する炎を見上げる。


『なん――』


 そこから現れたのは、溶けて歪んだレオルの剣、ただ一振り。フルールとレオルの手元に剣はなく、握っているのはレオルのトマホーク。


「まだぁぁあっ!」

「んなぁああっ!」


 最後の得物とも取れるそれを、フルールとレオルが振り上げんとする。


『――だ……?』


 気圧されるように、フェイスレスの左剣が跳ねた。右剣はレイロードの前。しかし、太刀筋からは左に外れている。だが、


――行けるッ!――


 閉じられていたシャッターを、外側から明鴉で削り断てば、同時にフェイスレスの右剣が弾かれ太刀筋と重なる。突如響いた銃声に、フェイスレスの意識が僅かに逸れた。マフラーを外しながら桜花が跳ぶ。

 それを見送り、レイロードは体を落しながら手の内で刀を返し逆風(さかかぜ)に切り上げる、"燕返し"。

 切り上げた刀は、右剣をフルール達へと運び、同時に"それ"を斬る。フェイスレスを包む純白のローブを、アウトスパーダ・常死(とこしに)を。

 舞い散る純白の己顕(ロゼナ)の先で、フェイスレスの瞳が見開かれた。その中に、押し上げられるように、右剣へ近づく左剣が映る。その先には、倒れ込みながらトマホークを振り上げ、


「アアアアァァアァアァアアアアアッッッッッッ!」

「ッン、のオオオォオオオォオオオッッッッッッ!」


 血の一滴まで絞り出すように叫ぶフルールとレオル。二人の手元、その何もない逆手側で、塗装が剥がれ落ちるように、左剣を押し運ぶレイピアが現われる。そして、刻を告げる鐘の音を思わせて、3つの針は交差した。


「やっ……!?」

「ッグゥ……!」


 勢い余ったフルールとレオルが、もんどり打って床を転がり、もつれ合って倒れ込む。

 残響を消さないよう、レイロードは静かに刀を収めて立ち上がると、フェイスレスに背を向け足を踏み出した。

 今ままで殺してきたフェイスレスの力が、アウトスパーダ・常死(とこしに)であるのならば、借りは返した。ならば最早用はなく、後は桜花に任せるだけだ。

 放心然とした力ない呟きを漏らし、フェイスレスが天を仰ぐ。


「……変わらない……変えられない……どれだけの時をやり直し――」

「終わりですよ……」


 フェイスレスを見下ろし告げる桜花、その脚に纏う朱のマフラーが作り出した、渦巻く螺旋の刃が、歪な音を掻き鳴らし、


燧唄(ひきりうた)……」


 蹴り抜かれる。茫然自失と見上げていたフェイスレスの形相が憤怒へと変わり、レイロードの背に向けられた。


「――こノッ、ザマカァアアァァァアアアァァアアアアッッッッッッッッ!」


 去り行く夜色の背へ、迫り来る朱の螺旋へ、湧き出る怨念を叩き付けるが如く、出鱈目に剣が振り下ろされる。背後に向けて抜刀。鍔鳴り一つ、その一撃を黒閃が雑作も無く斬り飛ばし、流れ落ちた螺旋の刃が穿ち斬り貫く。その刹那、見知らぬ記憶が蘇った。

 麗らかな湖畔を、歌いながら巡る赤髪の女、手を引かれる男。雪景色にはしゃぐ女に、苦笑しながらも、穏やかな笑みを向ける男。城の騎士達相手の手合わせに連勝し、得意気に胸を張る女、その姿を困った顔で窘める男。暖炉の前で、新たな命を抱き抱え寄り添う家族の姿。

 懐かしい、暖かな光景を、燧の唄が焼き尽くしてゆく。歪な歌声が止んだ後には、苦渋に満ちた顔で佇む桜花しか、残されてはいなかった。


「……ヘレナ……それが、貴方の奥さんの名、でしたよ……だから貴方は……」


 セントヘレナ総合病院に居たのだろう。それを教える義理はない。義務などあろう筈もない。殺された人々を思えば寧ろ、それは背信とも取れる行為だろう。しかし、手向ける桜花を、レイロードは咎める気になれなかった。

 二度と迷ってくれるなと、レイロードは片合掌で、桜花が合掌で弔う。


――何と我ながら単純な――


 ビルを吹き抜ける風音に紛れて、自嘲気味な、しかし晴れ晴れとしたような、そんな声が、聞こえた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ