4. 故に死者は歩く-5
PDから流れる砂嵐のようなノイズをBGMに、フルール達の行動は三者三様だった。
フルールは何とも言い難い顔で、メトロノームよろしくレイピアを揺し、ラナは胡座をかいてぶつぶつと何かを考え込み、レオルはブレードラックを展開し、装備を引っ張り出している。
「D9にしておけばよかったかな……あ、吸着地雷入ってた」
10センチ大の円盤を手に取るレオルを、フルールが難しい顔で眺める。
D9とは、ロマーニ、リーネア・レガーレ社製の多目的ウェポンラックで、折りたたみ式の砲身を格納したモデルだ。E.C.U.S.T.A.D.の己顕士達が使う事はまずなく、ルーデルヴォルフの己顕士達が使用する事が多い。
「もう十分そうだけど……」
フルールがレオルの前に目を落して呟いた。そこには、フリーマーケットの様相を呈して、様々な武器並べられていた。
先ずは、ガス式単分子カッターエグザキューターが一つ。アルフォード、AGAシステムズ社製。これはガス切れで使えない。そもそも、ブレードラックとセットになっている時点で、動きの速い相手への対応は難しい。
直剣が一つ。リーネア・レガーレ社製チタンロングソード、RSE-GLZ984Tiだ。エントリーモデルの安物だが、使いこなせる己顕士にとっては、オリハルコン製よりもよく切れる。尤も、レオルが使いこなせる訳ではないが。
タクティカルトマホークが二つ。メーカーにより、サイズ、形状はまちまちだ。レオルの物は、アルトリウス共和国アマティス社製、オールドナイト。超小型のハルバード、と言った形状をしている。軽量で取り回しがよく、斬る、突く、叩く、投げる、絡め取る、と、汎用性の高い軍用近接武器だが、己顕士にはあまり使われない。流派も少ない以上、必然と言える。
AGAシステムズ社M22スタングレネードが二つ。筒状の投擲型ノンリーサルウェポンで、強力な閃光と大音響で、対象の視聴覚を奪い平衡感覚を狂わせる。案外効果はあるのだが、対象を絞れない以上、今回は不要だろう。
手榴弾が二つ。球状のオーソドックスな手投げ爆弾で、軍の歩兵には標準装備されている。レオルの物は、ゲルニッツ連邦共和国のコングロマリット、ハルトレーゲン社製DM15。当たれば己顕士だろうと関係はない。とは言え、乱戦には不要だ。
追加された1品、吸着地雷は、同じくハルトレーゲン社製HHL10。対象に貼り付け、超高速の金属噴流で穴を空けた後、爆破する。円盤状に見えるが、中には小型円錐状の成形炸薬弾が敷き詰められ、中心に爆薬が配置されている。高火力の己顕法を持たない己顕士が、対物破壊用に携行する事も多い。
次いで取り出した二つの筒は、共にプラズマトーチ。リーネア・レガーレ社、旧ペトラ・マッキナ製P4フランベールガ。熱プラズマを噴射し、60センチ程のブレードを形成する、と言うシンプルな物。プラズマは温度の上昇に伴い熱伝導率が急激に上がるため、殆どのモデルは熱伝導率の低い3千度までに抑えられているが、それでも十分だろう。保って20秒、と言う持続時間から用途は限られ、工作や奇襲に使用される。使い捨てを前提とするならば、3万度近い超高熱をばら撒くプラズマグレネードとしての使用も選択肢に入る。
展示された武器類を眺めていたフルールは、難しい顔を更に難しいものにして、レオルに声を掛ける。
「……やる気、なの?」
「どうかな。探しに行くにしたって、装備は必要だし。近いだろうけどね。フルールは?」
「……どうだろ……」
曖昧に返すレオルに、フルールもまた曖昧に返した。
通信障害の原因は不明だが、己惚れるならば、フルール達との通信に不都合が生じたのだろう。ならば、合流する事に嫌はない。しかし、妨害の理由が分からなければ、行った所で意味はない。力量だけでは足手纏いになる。
フルールは揺らしている紅い剣身に目を落す。競技用のレイピアとは違い、己顕士用のレイピアは旧来仕様のまま。しなりの少ない1メートル前後の刃を持つ細身の両刃剣だ。最もオーソドックスな武器で、己顕士の5割が使用している、とも言われている。
フルールの手にするこのレイピアも、代々受け継がれてきたとは言え、ありふれたオリハルコン製のレイピア、の筈だった。
だが違う。フェイスレスは、フルールが特別だと言っていたが、この剣が特別なのだと。時々感じていた既視感や、違和感。それが、この剣によってもたらされたのではないか、フルールにはそう思えてならなかった。
「……一番、奇妙に感じた事……」
確信にも似た予感に、何か思い浮かばないかと、フルールは声に出して呟いてみたが、考えてもみれば不思議な事だらけだ。寮に現れたフェイスレス、ドラクル城の地下、貌のない不死、桜花とピースメイカー、またも現れるフェイスレス、時折感じた奇妙な既視感、知らない記憶。
「……知らない記憶……? 未来の事? 既視感……?」
その事に奇妙な引っ掛かりを覚え、既視感を覚えたロケーションを思い起こす。その中で、見た事のない筈の場所。
「針のない、時計台……針……?」
思い至るのは、ドラクル城で見た、針のなくなった時計台。その針が今、手に握られているのではないか、唐突にその考えが頭に湧き出る。フェイスレスの持つ二振りの紅い剣は、短針と長針。フルールの手にする剣は秒針。
時計は時を刻む。ならばこの針達は、時に関係した何かを引き起こすのではないか。荒唐無稽に思えるが、そうであれば、フェイスレスの回避性能にも納得がいく。即ち、"躱せるまで繰り返した"のだ。
フルールはそう考え、今この場で、その可能性を知り得そうな人物へ緯線を向ける。件の魔術師は、今も尚、何かを呟き続けていた。
「未来が複数に存在するとして、じゃあそれがパラレルワールドだからって、全宇宙も無限に複製される? それ程莫大な容量が存在し得るの? でも、宇宙そのものが膨張し続けているとするのなら、容れ物だって無限に存在する? ああ、分からん!」
宇宙の真理でも探究しようとしているのか、何やら難しい事を呟いていたラナだが、行き詰まったのか、グシャグシャと髪を掻き毟る。その姿に気圧されながらも、フルールは恐る恐ると尋ねた。
「ね、ねぇ、ラナ……タイムトリップって、あり得る?」
「ん? ん~? あ~え~、タイムトリップ……タイムトリップねぇ。今はどうなんだろ? ロマンだよね~、すっごい昔からあるネタだし。当時のご時世が分かるな~ってヤツだと……」
ラナの声に、ふと、とある言葉が口を衝く。聞き覚えのない言葉だった。そしてそれは、ラナの言葉と重なった。
「……超不変性論……」
「超不変性論とか、って、なにフルール、知ってるの?」
「知らないけど……何となく、ラナが言う気がした」
「ふ~ん、そっか。そっか……」
それだけ言うと、ラナは目を細めて再び何かを考え込む。フルールはレオルと顔を見合わせたが、何か出来る事もなく、ラナが口を開くのを待った。
「ん~とね、詳しくは覚えてないけど、征帝歴初期頃? 100年代? ま、そんな頃に、デジャビュとか、直感とか、予知夢とか、そんな物を引っくるめて、未来から情報を得ているんじゃないかって、唱えた人が居たみたい。
物質は時間により劣化するけど、物質ではないマナや己顕は、時間の干渉を受けず、故に不変であり、時間に干渉されない以上、過去、現在、未来に存在するマナや己顕は同一であり続ける。同一であるならば、現在とは即ち、それは過去であり、そして未来である」
「は、はあ……」
フルールは、レオルもだが、ラナに詐欺師でも見るような胡散臭い眼差しを向ける。それに気が付いたラナが、ビクリと肩を震わせた。
「や、あたしが言ったんじゃないし! マナが情報の媒介に成り得るって話探してたら見つけただけだし! そりゃ、今はマナが量子の一種であると証明されてるし、己顕も近しい物ではないか、とかされているし、そもそも電子の寿命は無限って言われてるしで、こりゃ的外れだな、ってその時思ったんだけど……」
そこで言葉を切ったラナは、顎に手をやり、片眉を顰めて小首を傾げると、ボソリと呟く。
「……でも、案外あり得るのかも……反粒子は時間を逆行するとも言い換えられる、とか何とかって説も聞いた事がある気がするし……己顕がマナの反粒子で、ああ、どっちがどっちでもいいけど、情報を媒介するとすれば……記憶は逆行する……? ……ああっ! そうか! 時空拡散収束論か!」
「え? え? なに?」
「ラナ、一人で納得しないでよ」
何かを閃いたらしいラナに、フルールとレオルは眉根を寄せるが、ラナは一人テンションを上げ続ける。
「ああ、だからね、そだ、レオル、あっち向いてホイ!」
突如指し示されたラナの指先に、レオルが反射的に反応し逆を向くが、直ぐさま向き直るとその指先を掴み上げた。
「ちょ、何だよ!」
「だからこれよ! これが時空拡散収束論! あたしが指す方向は複数あるけど、最終的にレオルが文句言う所は同じ! 未来は一旦無数に拡散するけど、最終的に一つの解に収束する! これよ!」
レオルの手を振り解き、両手を広げるラナに、フルールもレオルも要領を得ず、しきりに首を傾げるばかり。
「いや、だからさ! フェイスレスの能力! オッサンや桜花が交戦して、双方無事って結果に収束しているけど、その過程は様々にあり得るじゃん!? で、個人に限定して、その過程を別の過程と入れ替えてんのよ!」
「む、無茶苦茶だろ、そんなの……対処のしようがない……」
「あ……うん、どうしよ……ああああっ! どうしよっ!」
愕然とするレオルの反応に、それまで嬉々として語っていたラナが、目を見開いて肩を落すと、直ぐさま頭を抱えて蹲る。タイムリープの話が、何時の間にかすり替わっていた。
そんな二人を尻目に、自身の剣を見据えるフルールの心は凪いでいた。
「大丈夫、だと思う……あの二人は、何とか捌いていたし、タイムリープさえ封じる事が出来れば、多分……」
「へ? タイムリープ……? ああ! その話してたんだった! あ~で、どしたの?」
頭を抱えていたラナが、呆けた顔で小首を傾げる。それに頷き返し、フルールは続けた。
「フェイスレスは、ラナの話を聞いて、自分の能力の一つが割れたから、時間を戻して通信を遮断した……んだと思う……。
この剣、ううん、フェイスレスが持つ剣を含めた3振りは、本来は時計の針。この時計、アナザー・デイは、情報を溜めて過去に送信出来る。データソースは持っている間の記憶。
そして、これが重要な事だけど、多分、全ての針を打ち合わせると、初期化される……フェイスレスはそれを、と言うより、時計だった事、針が3本あった事を、忘れているんじゃないかと思う……」
「成程ね、こっちもこっちで無茶苦茶だけど、剣に当てればそれでいい、って事なら、まだ対処出来そう、なのかな? だとしたら、巻き戻しのタイミングに制限があるのか……」
大凡信じられないような話にも関わらず、あっさりと信じたレオルが、顎に手をやり考え込む。そんな姿にフルールの心は綻んだが、そんな事はお構いなしにラナが否定的に首を振る。
「それは考えにくいな~。だって情報だけを送るなら、ハードウェアレベルに変化はない筈じゃん? 例えば、1分前に起動可能な状態を保持して、1分後に1分前に戻したら起動出来る状態だもん……んん? だったら、相互に使えば、永久に時間戻せるって事? あれ? 不変であるから、どの時間上でも格納されている情報は同じ? でもそれだったら制限なんて要らんよね……? やっぱり時間ごとに格納されている情報は同じ……? うおおお! 何だこれ!? 訳分からん!」
ラナが自身の言葉に頭を抱えたが、考えれば考える程思考の迷宮に囚われてしまいそうだと、フルールは一先ず分かりそうな内容を告げる。
「但し、容量が溜まり切らないと実行出来ないんだとは思う。そうでないと、私と剣を交えて初期化された後、桜花の攻撃が直撃した理由が分からなくなるもの」
「そう、だね……再起動に時間が掛かるって可能性もあるけど……それはやってみないと分からないか……ただまぁ、初期化後一定時間は起動出来ないって事に変わりはないし……」
言って、レオルが難しい顔で首を捻り、それ乗り越えて、混乱から復帰したらしいラナが顔を覗かせる。
「ああ、あとあれか、戻せる時間は恐らく、1時間、1分、1秒毎……そんな感じで、時計の針に準じているんじゃない? 昔のってモチーフに機能が影響され易いし。ただ、機能的には、針個別で完結はしていないかな?」
フルールもラナの意見に同意であり、静かに首肯した。
「うん、それぞれの針は同期出来るんだと思う。私が感じた嫌な予感の正体がそれで、何度も巻き戻した事によるメモリーリーク。それに、そうでないと、1分戻して30秒後にまた1分巻き戻したら、30秒間の欠損が生まれる。
フェイスレスは多分、何かある度、1分戻して欠損分を短針から補給。躱せるまで延々と同じ時間を繰り返してる」
「そんなん人間の精神で耐えられるの?」
「ねえ、ラナ、アレが人間の精神構造をしているとでも?」
ラナがさりげない疑問を口したが、レオルによってあっさりと返される。ラナにしても、言われてみれば、とで言うように、納得した表情を見せていた。
フルールは手にしたレイピアに目を落して告げる。
「フェイスレスが忘れている、今しかない。素の能力はそれ程高くない。だから、何が起きたかを把握してから巻き戻している筈。もう一つを使えば、一撃目なら通ると思う……」
能力的な面から言えば、あの二人のどちらかに渡すべきだろう。だが、他の誰かに剣を渡せば、確実に警戒される。思い出してしまうかもしれない。ならば、フルールへ注意を引き付け、秒針から意識を逸らさせる必要がある。クレール家本来の剣法が、それを可能にさせる筈だ。だから、
「私が、やるしか……違う……私が、やる……これ以上、情けない姿は晒せない……」
フルールの瞳を映す、紅い刃に決意を込める。特に愛着がある訳でもない。名がある訳でもない。謂れも知らない。代々使われてきたから使っていただけ。しかし、この瞬間だけは、この世で最も頼もしい剣に思えてならなかった。
「俺も行くよ。囮は多いに越した事はないし。一回で決めないと、次はないだろうしね。サポートするよ、こっちにも取って置きの隠し技がある。アレも合わせれば、確率は上がると思うから」
ウィンク一つ、レオルの右手にはチタンロングソード、左手にはタクティカルトマホーク、腰にはプラズマトーチを二つと、吸着地雷が下げられている。ともすれば、ラナも頭を掻きながら、不承不承と立ち上がる。
「あー、あたしは行かんよ? 流石に戦えるだけの体力残ってないから……」
「分かってる」
「無茶しないでくれた方が安心だしね」
フルールもレオルも、その判断に異存はなかった。
「つっても、あたしだけ何もやらない訳には行かないっしょ。んで、向こうの状況よく分かんないから、今やっとく。ったく、ワンセット幾らすんだと思ってんだか……でもま、Set ready, All arms!, Cartridge0 load! 驚けお前ら!」
ラナが、フルールとレオルの肩に手を乗せる。手足に装備された装甲から、モーターの振動が届き、ディスクカートリッジが回転が振動を増加する。訳が分からないと、目を白黒させる二人に、電子音声が、それを告げた。
『Get set, ClockWorks』
その瞬間、何かが変わった。明らかに何かがオカシイ。それは分かるが、何がオカシイのか分からない。レオルを見ても、首を傾げるだけ。何なのかとラナを見、そして理解する。
「こうかはごふんくらいだから、って、きこえにくいか。ま、いっといで!」
ラナの声が、間延びして聞こえ、動きも遅く見えるのだ。2割か、3割か、それでも驚くべき事だ。同様に、レオルも驚愕の声を上げる。
「おれたちがはやくなってる!? なんだこれ!?」
唇の動きと声の響きが噛み合わず奇妙な感覚が襲うが、聞き取れるなら問題ないと、フルールはラナに向く。
「何だか分からないけど、でもこれならっ! ありがとう! ラナ! 行ってくる!」
自分自身の声は、通常の速度で聞こえたが、木霊のような返しも聞こえる。が、贅沢は言っていられない。
鼻高々と、得意気に腕組みをするラナを背に、二人は駆け出した。流れる景色は何時もと変わらず、加速しているのか疑わしくなるが、跳ね上げた瓦礫が緩やかに飛び跳ね、それを実感する。
有り難い事に、壁には矢印が掘られ行く道を示している。如何にもプライドの高そうなレイロードではなく、桜花の仕業だろうと判断する。お陰で目標は直ぐに見つかった。
防火シャッターの下りた大きめの扉だ。その直前には、アウトスパーダが二振り展開されている。密閉性能は良いらしく音は聞こえないが、象圏の端々に残骸らしきものを捉えていた。間違いはないだろうと、フルールが貫こうとするより早くレオルが動く。
「はなれて」
言うが早いか、吸着地雷の粘着シートをシャッターに貼り付け起爆。シャッターの表面が瞬時に波打ち溶けて内部へ吹き出し、炸裂する爆薬が入り口を広げる。
開かれた視界に飛び込んできたのは、所々に浅い傷を負った桜花、その驚く顔。悪化している状況に気圧され、下がりそうになる足を叱咤し、フルールとレオルは、青白い光に染まる室内へと飛び込んだ。